第七話 ACORN★JAPAN

 手のひらサイズの一団が、宝石みたいな瞳をきらめかせて俺を睨んでいた。


 玉子形のお尻に添わせた長いシッポ。

 花びらみたいな耳と、放射状にのびる繊細なヒゲ。

 柔らかそうな背中は熟した柿みたいに赤く、おなかの毛並みは真っ白だ。


 野ネズミだ。たぶんアカネズミかヒメネズミ。木登りの上手な草食系だ。ややずんぐりしたのはニイガタヤチネズミかも知れない。自由研究で調べたことがある。


 数えたら二十匹いた。

 玉子のパックの上下を使えば、お持ち帰りできそうな可憐な小動物。


 ただ。全員がコテコテのパンクファッションで攻めている。

 ゴマ粒大のびょうを打った極小革ジャンには目を奪われる。一着欲しい。

 よく見ると、野ネズミたちは小さなベースやギターを担いでいる。


 ――俺は夢を見ているんだろうか。


「ヘイヘーイ。どこのガキだ、てめえ? 覚悟はできてんだろうな?」


 鼻面にVの剃り込みを入れてサングラス(直径約7mm)をかけた一匹が、スタッドグローブ(米粒大)の拳を俺に突きつける。背中で真っ赤なエレキギター(約47mm)が光を弾いていた。


「俺らのステージに、アニソンで乱入たあ、良い度胸だな? ああん?」


 ちゅーひーひー!!! ちゅーひーひー!!!


 他の野ネズミたちも、一斉にブーイングした。


 ――ちがうっ!


 俺の歌はアニソンじゃないのに。文明批判のロックなのに。

 たしかに曲は某ヒーローの主題歌に似てるけど。

 言葉に詰まっていると、そいつが頭に飛び乗ってきた。


「うえっ」と首をすくめると、野ネズミは下卑た笑い声をあげた。


「ひゃっひゃっ! こいつ、ビビりだぜ!」


「もっと苛めてやれ!」


 ちゅーひーひー!!! えい、あー!!!


 ちゅーひーひー!!! えい、あー!!!


 地上と俺の頭の上で、野ネズミたちがステップを踏んでいる。

 だんだん恐くなくなってきたけど、どうしよう。


「おい。そのへんにしてやれよ、バルトーク!」


 ホイッスルのように鋭い鳴き声が響くと、野ネズミたちのダンスが止まった。

 仲間をかき分けるようにして、金色のサルエルパンツをはいた野ネズミが大股に現れた。ジャケットを着ていないが、これは上裸と同義なんだろうか。


「泣いたら苛めないのが、俺たちの掟だろう?」


「ちっ! わかってるよ。エルガー!」


 サングラスのバルトークが肩をすくめて地面に飛び下りる。すると、エルガーと呼ばれたネズミが俺の顔を見上げて目を細めた。


「坊や、悪いな」


 ほろ苦い笑顔が渋い。胸がキュンとする。


「これから俺たちの単独ライヴでな。うちの連中、気が立ってるんだ」


「ライヴ? え、バンドなんですか?」


 ライヴと聞いただけで胸が高鳴った。


「おう。『ACORNドングリ★JAPAN』てのさ。俺はボーカルのエルガー。よろしく』


 エルガーさんの差し出した前足に、俺はそっと人差し指の先で触れた。

 めっちゃカッケー。憧れがとまらない。


「よろしくお願いします。俺、津雲つくもすばるっていいます」


「OK。昴、あれが今夜のステージだ」


 さっきまで俺が立っていたスポットライトの円い光を、エルガーさんは尖った鼻先で示した。

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