第二話 墓場のスポットライト

 塾の帰りにカラオケ寄って、一人でこっそり歌ってんだよ。

 ギターなら年中担いでるよ。悪かったな。


 そしたら今日、はっと気がついたら。

 個室のドアのガラスに、女の笑顔が貼りついてて。

 マジで心臓止まるかと思った。


 よく見たら、知ってるヤツだった。

 あろうことか妹だ。

 なぜ、うちの小学五年生が21時のカラオケに。


「すばピョン! 一緒にあそぼー♪」 だと?


 勝手にピョンつけてんじゃねえよ。人格疑われんだろ。

 今すぐ、その息止めろ!


 うちの妹は変なヤツなんだ。


 ときどき別の『扉』を開けて変な世界に行くって言うんだ。ヤバいだろ。

 カピバラのパンが美味かったとか、ハシビロコウのラーメンはかつお出汁だしだとか。

 熱く語ってくる妄想が超誇大メルヘンで、それでも信じろとか言うし。

 こいつはネットで小説でも書いてりゃいいんだ。


「すばピョン! ねー! ねー! なに歌ってんのー?」


 首180度でシカトしてんのに、妹が離れない、てか剥がれない。

 罵詈雑言浴びせても、どこまでも笑いながら追ってくる。おまえはゾンビか。


 店を出た俺は全速力で逃げた。言っておくが足は早い。

 ところが、ヤツは俺を上回る俊足で追ってきた。ホラーか。


 悪夢の行き止まりが、この墓地だ。都内でも有名な心霊スポットじゃねえか。

 なんてこったい。ゾンビと二択かよ。


 そしたら垣根の隙間に、ビックリマークの標識が立ってたのさ。


 「すばピョン! そこはダメだよ!」


 ゾンビがなんか叫んでる。その手にのるか。

 こいつ、オバケは苦手だったな。まあ、俺も同じだけどな。

 しかし。不死身の妹より、まっとうな死人の方がはるかにましだ。

 臆病者チキンをそこに残して、俺は墓地にダイブした。



 見上げた空が広かった。雲って夜も流れるんだな。

 ドームの形に梢を広げたけやきの木が大きな影絵みたいだ。

 夜のスクリーンの裏に六本木の夜景が瞬いていた。


 木立と墓石の重なるシルエットは、古代の遺跡のようだった。

 あちこちに街灯がともり、思ったほど暗くはなかった。


 頬を冷やす風に、湿った枯葉の匂いがする。

 なんてきれいなところだろうって思った。

 碁盤目みたいな小径を歩いてゆくと、足元で落ち葉が鳴った。


 十字路に古びた街灯が佇んでいた。

 暗い石畳に落ちた光の輪は、舞台ステージを照らすスポットライトみたいで、そこには誰もいなかった。まるで俺の出番を待っているように。


 だから。俺はこの場所で歌ったんだ。

 たった一人。俺だけのライヴ。

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