サクリファイス

小さな巨神兵(S.G)

第1話

 まだ冷たい朝の空気の中、寒さに耐えつつ丘の上にある高校の正門に向かって三キロの道のりをじっと歩く。それが私立光輝学園学園生の春の日課である。

 そんななか、同じ高等部一年の生徒に埋もれて長い通学路を歩きながら、アキヒサは静かに悩んでた。


 ……おかしい。何かがおかしい。


 アキヒサの脳内を埋め尽くす『?』の原因はただ一つ――――小田切京子。

 容姿端麗のスポーツ万能でクラスのアイドル的存在、学業は今一つなものの、その社交的で明るい性格から多くの友人を持つ。彼女を狙っている男子も少なくないとか。要するに、モテる。

 そんな彼女のことがずっと頭を離れないのだ。

 正確に言えば一週間前の金曜日、五時限目。普段なら誰も拾ってくれない落とした消しゴムを、彼女が拾ってくれた時からだ。いやそれだけではない。なんと驚くことに、彼女はその消しゴムを渡してくれたのだ。


 まさかこの僕の消しゴムを女子が拾って、あまつさえ手渡ししてくれるなんて!


 その時のアキヒサの受けた衝撃と言ったら、地球は青かったレベルだった。

 アキヒサはこれまでに一度たりとものけ者にされなかったことはない。当然である。遊びに誘っても絶対に参加しない、学園祭などクラスで催し物をする際には常に保健室。昨日のテレビも知らなければ流行りの芸人も社会現象になっているようなゲームも知らない。そんな彼と誰が友達になれるだろうか。しかも、当の本人も嫌われるのを仕方のないこととして諦めているのだ。そりゃあだれだってお近づきにはなりたくないだろう。

 彼がそのような状況になったのはワケがある。

 彼の両親は医者であり、その両親も医者。曾祖父母も医者、いとこも医者、はとこも医者。親戚中どこまで行っても医者医者医者医者……………

 そうなってくると後はドラマでよくあるお決まりのコース、先祖代々受け継がれてきた大病院の院長である両親の「跡取りはお前だ!」によるグリップロック。からの英才教育。幼少期から掛け算割り算は当たり前、方程式や因数分解まで学習完了。小学校六年にして数検一級を取った。他教科も同様。全国模試では常に三位以内。神童と呼ばれるにふさわしい、優秀な成績を修めてきた。中学生のころ一度だけ全国五位をとったとき、両親は怒鳴り散らした挙句アキヒサを家の外に放り出した。勝てない自分なんて両親にとっては何の価値もないのだと学んだ。

 そうか、成績を落とすわけにはいかないのか。落としたら叱られるのか。結果としてそういう思考に至る。

 友人?恋人?知らないし、必要としてはいけない。

 小田切も、すぐ離れて行くさ。


 だがしかしさらにその後も、京子はアキヒサに事あるごとに話しかけた。

 例えば新入生研修旅行の時も

『アキヒサ君は班決めどうするつもりなの?良ければ私たちの班においでよ!』

 ことあるごとに

『アキヒサ君外部生なんだから困ったことがあったら何でも言ってね?』

 昼飯だって

『アキヒサ君お弁当一緒に食べない?』

 特に用事もなく話しかけてきては

『アキヒサ君って趣味とかあるの?』

『アキヒサ君!』………………


 なんなんだ?なんで彼女のことしか思い浮かばないんだ?クソッ、今日はテストの日だって言うのに、全く勉強に集中できやしない!


 悩んでいるうちに学校についたのでとりあえず席に座ってはみたものの、広げた参考書の内容が、今日に限って全く頭に入ってこない。

 このままではマズいと思い乱暴に参考書のページをめくるが、焦れば焦るほど集中からは遠のいていき……ついに一行も読めないままにして予鈴が鳴った。

 結局、先生が出席簿を取り終わってテスト用紙を配る頃になっても、アキヒサは全く集中できていなかった。

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