『異世界』も『未来』も『裏社会』もまとめてピンチなので、俺は物語をみっつ丸ごと救おうと思う。

緯糸ひつじ

1周目。『どの物語も大ピンチ』

 ■異世界、その一■


「バッドエンドにさせねェぞ! 魔王ォオ! 」

 聖剣と魔剣がかち合い、激しい風圧を巻き起こす。

 つばぜり合いに持ち込んだ勇者が見据えた先には、不敵に笑む魔王。

「そんなものか、勇者よ。魔王に嘗めて掛かるとは傲慢な男よ」

 魔王の覇気に、勇者は押し込まれていた。


 この世界の淵たる、魔王城。

 その頂上、魔王の神殿では、今まさに世界の行く末を決める最終決戦が行われている。

 広々とした正方形の神殿は、禍々しい妖気を湛えている。


 水属性の魔法使いが叫ぶ。

「下がってください! 水属性極大魔法、古竜瀑布」

 勇者が飛び退くと、津波のように水の塊が魔王を押し寄せる。

「効かぬわ!」

 魔王の一振りで、水が消し飛んだ。その余波は神殿に濃霧をもたらす。


 パーティは寡黙な勇者、熱血な戦士、セクシーな魔法使い、可憐なシスター。

 パーティ全員、満身創痍に対して、魔王は服すら乱れていない。

 彼等パーティメンバーは思った。

 ──勝利の道筋が、全く無いのではと。


 魔法使いは呟く。

「読むのよ、あの希望の書を」

 ──希望の書。

 大仰な名が付いてはいるが、転生前の世界では、三流小説家の一文庫である。

 表題は『終末の君へ』。隕石墜落間近の地球にいる高校生の男女を描く、終末×青春モノの小説だった。


 勇者は、トラックに弾かれた、ありふれた転生者だった。

 ありふれた『始まりの地』で、ありふれた駄女神に「異世界に一つだけ物を持っていけるとしたら、何を持っていきますか?」と聞かれた。

 奇妙な状況に全く動じない性格の勇者は、考えもせずに読みかけの小説を挙げた。女神は「本当にそれで良いんですか?」とジト目で聞いてくるが、無視したのも勇者にとっては、今は昔。


 しかし、過去を振り返れば、その小説が、冒険の要所でピンチを救ってきた。ドラゴンとの戦闘で、国王の謀略で、ダンジョンの攻略で。

 戦士はシスターに指示をした。

「濃霧の内に、勝利の糸口を、探してくれ!」

「はいッ!」

 シスターが本を開き、見開きは輝く。そのページには、こう記されていた……。


 ■未来、その一■


 ガラス越しの青空に彗星が輝く。あれが地球を滅亡に追いやってしまう事実さえなければ、綺麗だった。


「幹太を、知らない?」

 B-1居住区とB-2居住区を繋ぐ、六角形の通路で、すれ違った友人に聞く。

「幹太? あぁ、井伊幹太か。知らねぇよ、つうか構造体Mt.NOAHに居んじゃねえの?」 と彼は窓の向こうを見る。その先に、風景に霞む山の様な建造物が有った。

 ──構造体Mt.NOAH

 世界各地にそう名付けられた、ずんぐりしたハイパービルディングがある。彗星衝突後の未来を生きるための『ノア・プロジェクト』。その一環で建造されている、宇宙飛行の訓練施設であり、訓練生の管理をする居住区だ。


 構造体そこに居ないから、困ってんのに。私は毒づいた。

 今日、幹太は『宇宙船には乗らない』と言って姿を消したらしい。

 写真で見た、種子島のでっぷりとした巨大宇宙船、方舟。幹太は、それに半年後乗らなければならない。


 幹太は宇宙飛行士として、人類の選ばれた生き残りとして、方舟に乗り込む。幹太は頭が良くて、バカな私の手の届かないくらい高みに居るから。私は技術者として、希望を託し方舟を宇宙に送る。これは人類の決定だった。

 なのに──。

『由衣が死んでしまうのは、嫌だ』

 幹太は過去、そんな言葉を吐露していた。

 そんな女々しいことを幹太には、言って欲しくなかった。


 私はB-2居住区へと走り出す。ずっと一緒に居たから、幹太の好きな場所は知っている。


 幹太とは高1からの付き合いで今年で2年目。同級生で、同じ小説が好きという話題から、仲良くなった。


 その小説は『ダーティワークス』シリーズだ。

 裏家業の二人組による活劇、バディ小説だ。

 揃って好きなシーンがある。

 たしか、その本は、こんな一節から始まる。


 ■裏社会、その一■


 裏路地を乱暴に駆け抜く自動車が、ゴミバケツを吹っ飛ばす。

 助手席の眼鏡男フィンは、ボンネットに乗った生ゴミを見て、眉間にシワを寄せながらバナナを食べている。

「おいおい、もっと丁寧に運転しろよ」

「うるさいな、状況考えろよ!」

 金髪のイーサンが、サイドミラーをちらりと見ると後続車が猛追している。しつこく彼らを追う中国系マフィアだ。

「いやイーサン、これ、俺の車だから。いつも自分のモノみてぇに雑に扱うのをやめろって言ってんだ」

「お前は、のろい!」

「“丁寧”って言え。お前みたいに向こう見ずで直情型じゃないんだ、穏やかで、冷静で──」

「──歯ァ、食いしばれェ!」

 ふわっと2秒浮く。粗暴に着地して、フィンの眼鏡がずれる。

「死ぬな、こりゃ」

 交通量の多い通りを逆走する。ぶんぶんと対向車のヘッドライトの残光が後方に流れた。

「死なねぇよ、俺が運転してんだ」

「いや、死ぬ。30秒後か1分後か、でなけりゃ2分後か。結末を読めずに死ぬんだ」

「結末?」

 フィンはごそごそとバックを漁り、一冊の本を取り出す。

「この本だよ」


 タイトルは『読みかけ転生~愛読してる小説が、異世界では魔導書でしたっ!~』。

 異世界転生した冴えない青年が、愛読する小説を片手に、魔王を倒しに行く。小説の文言が、道中のピンチを救っていく様が面白いらしい。

 ゲームとノベライズが同時発売され、気合いの入った宣伝も相まって、大人気だという。


「ゲームはしないでも本は読むだろ、面白いから読めよ」

「ダサいダサい、嫌いだ、そういうの」

 苦い顔のイーサンに対して、フィンはバナナをごくっと呑み込んで、反論する。

「巷じゃあ、ゲームもノベライズもバカ売れなのに?」

「大衆になびくかよ」

「強情だ」

 フィンは鼻を鳴らし、ぺんっとバナナの皮を、風景がビュンビュン流れる窓の外に、弾いた。

「じゃあ、こうしよう。今、読むぞ。何なら朗読してやる。行くぞ」

 イーサンの舌打ちをよそに、フィンはバサッとページを開いた。そこにはこう書いてあった。


 ■『異世界、その二』に、つづく■

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