第3話 途中停車

「ねぇ吉田、この列車本当にどこかで停まるの?」

「うん」

「景色、なんの変化もないね」

「そうね」

「吉田って羊なの? 人なの?」

「人かなぁ?」


 気乗りしていない時の吉田の回答はいつも端的かつ適当だ。


「はーあ」


 変化というものに乏しい世界だった。

 お腹は減らないし、喉の渇きも感じない。もちろんトイレに行きたいなんて思いもしなければ、太陽も月も見えないから、スマホゲームを起動してログインボーナスもらわなきゃという欲求すら湧かなかった。そもそもスマホ自体ないけれど。この世界に持って来れたのは身につけていた物だけだ。


「吉田っていつここに来たの?」

「え? うーん。他の連中に比べたら新人も新人かな」


 なるほど。だから吉田と言う名の羊なんてネタが使えるのか。


「はぁ、退屈」


 こう愚痴ると、吉田は決まって身も蓋もない事をいう。


「だから、その退屈っていう感覚は『生きていた頃のクセに過ぎないの。ストレスに左右される脳も神経も内臓も、時間すらもうないんだから」


 ふん。誰が信じるかそんなの。

 現に吉田も私の繰り返す愚痴にキレ気味ではないか。


「あ、駅に停まるよ。その退屈って妄想を少し取り除けるかも」

「え! ほんとに!?」


 ずっと吉田と会話する以外は座りっぱなしだったからか、少しの変化でも嬉しかった。

 急いで先頭車両の窓に張り付く。


「え? あれが駅?」


 列車が暗い虚空に浮かぶプラットフォームへと向かっていく。


「お客様へご連絡いたします。間もなく駅へ到着いたします。揺れますのでご注意ください」


 私の横で吉田が車掌らしい事を言うが、具体性に欠け過ぎだ。


「何駅か教えてよ」

「うーんフェノールフタレイン溶駅」

「0点」

「さあて、荷物を受け取りに行かないと。降りたらダメだからね」


 0点取った反省は無しか。

 吉田に言われなくても、降りる気など起きなかった。

 駅というよりも、大きなコンクリート板だった。

 でも、吉田は小包を持って戻ってきた。


「これはナコさんの」

「私に?」

「はい、出会えた記念に私からのプレゼントです」


 なんだろう。感触からすると、恐らく衣類だ。早速別の誰もいない車両に移って着替える。


「えと……何これ?」

「この鉄道の制服だよ。着替えてから質問するかね普通?」

「いや、そうじゃなくて、確認したいっていうか……なんか現実感なくて。ありがとう」


 制服。仕事で着る服。もう大学卒業を迎え、既卒で就職活動をしている連敗中の身としては嬉しくならない訳がない。ついに私も職にありつけるのか。


「ん? そういえば吉田はなんで制服じゃなくてスーツなの?」

「それはまぁ、変化を付けたくて」


 なんだ、やはり『退屈』という感情はこの世界にも存在するではないか。

 先程着替えようとした際に気付いたが、吉田は男なのか女なのか、雄なのか雌なのかが分からない。羊の頭には角が生えていないから、雌だと思う。でも、スーツは男物だ。声は中性的でどちらとも判断しづらい。最近はこの手のジェンダーに関する話題はセンシティブになった方が良いので、質問しない方が良いだろう。吉田は吉田だ。


「では、出発進行」

「あれ? 出発しちゃうの? 人は?」

「乗らないよ。ここは補給用の駅だからね。この列車はそもそも営業運転をしていないんだ」

「え? そうなの? 私は客のつもりでいたんだけど」


 吉田の羊顔がにやっと笑った。羊の口角が上がるのは少々不気味だ。


「ナコは今から研修中の身だよ。君はこの列車の招かれざる客なんだ。目的地もないからどこにも連れて行けないんだ」

「そ、それで、私をここで働かせてくれるの? ほんとに!?」

「理解が早くて助かるよ……って、なんでそんな嬉しそうなの? 強制的に働かそうとしているのに」


 就職口が見つかるなんて喜ばずにいられるか。電車にぶつかる寸前まで何年も就職活動を続けていたんだ。大学の卒業を迎えて既卒採用という終わりの始まりを味わっていたのだ。


「えと、その、採用通知は?」

「え? う、うーん。その制服を以て替えさせていただきます。あ、ちょっと泣かないで!」


 泣くよ。

 何度就職セミナーに通ったか、何通エントリーシートを送って、何枚絶対に折りたたまれて返却される履歴書を書いた事か。写真代が馬鹿にならないからフォトプリンターまで買ったんだ。もう二度と己の地味な顔など見たくもない。


「あの、私、頑張ります!」

「え? ええと……うん。よろしく」

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