Track5、『俺達の音楽』

1


「き、決まらない……」


(というか、なにも思いつかない……)


 目の前の真っ白な紙を睨むものの、それで何か思いつくわけでもなく、ただただひたすらに、芯の出ていないシャープペンの先が紙の上を叩く音だけが、私の手の中からむなしく鳴り、狭い自室内に響くこともなく消えていく。

 CDジャケットの依頼を受けると決めたはいいもの、アイデアらしいアイデアが出ることはなく、時間ばかりが過ぎていく。気がつけば、今日で丸三日。土日という丸一日時間がある日も挟まれたのに、なんのアイデアも出ないままだ。


(一応、これでも色々調べてはみたけど……)


 スマホをいじり、ネット画面を開く。パッと、一瞬にして、画面がいくつものCDのジャケット絵で埋め尽くされる。『邦楽ロック、CD、ジャケット』そう、検索して出てきた画像の山達だ。

 ギターを弾いている人の写真、アメリカンタッチな絵柄の人間が大口を開けているだけの意味不明なイラスト、様々なフォントが指先からぼれ落ちている写真とイラストをタッグさせたもの、バンドモチーフのキャラだと思われるキャラが描かれたもの、バンドの名前だけをでかでかと載せたシンプルなもの――とにかく、色々なジャケット絵が現れる。

 写真……、はてっとり早そうだけど、高島くんは私の絵を見て依頼をしてくれたので、却下だ。私もできるなら、自分の絵で勝負したい。

 いくつかネットのジャケットを真似しながらラフを描いてみたものの、全てなにかが違う気がして没にしてしまった。それっぽいものができても、やはりなにかが違う気がして、結局最後にはゴミ箱へ投げてしまう。たった三日だけど、私の部屋から出た燃えるゴミの量はきっと、過去最多だと思う。


 やっぱり、無理だったのかなぁ……。そんな不安が、また胸中の中で湧きあがる。


「んーっ、やめやめっ! 一回、ストップ!」


 疲れたぁ、とペンを机の上に放り投げて、座っている椅子の背もたれに寄りかかる。勉強机を買った時についてきた、ピンクのオフィスチェア。長年連れ添って来たその椅子の背もたれが、私の体重に負けて、ギィッ、と怪しい音をたてながら軽く後ろに傾く。


(少し休もう……)


 耳元につけっぱなしにしていたイヤフォンも外す。長時間つけっぱなしにしていたせいか、なんとなく耳元に少し違和感を覚える。


「せっかく音源も貰ったのになぁ……」


 机の上に手を伸ばし、イヤフォンの先が繋がっているスマホを手に取る。電源をいれ、暗い画面に浮き上がった音楽マークの上の一時停止ボタンを押して、流れていた音楽を止めた。


『これ、新作CD、の、仮音源……』


 よかったら、と高島くんから一枚のCDを渡されたのはスタジオでのライブが終わったあとのこと。透明なケースに入れられた、真っ白なCD。その上に、少しななめった字で『新作、仮音源』と書かれていた。


『まだ、一曲……、最後の曲、が、できてない、けど……。それ以外、は、完成形、だから……。あった方が、イメージ、つきやすい、でしょ?』


 まあ、絵のことは、俺、よくわからない、けど……、と高島くんが頭を掻く。そんな高島くんに、ううん、ありがとうっ、と首を横に振って、私はCDを受け取った。CDジャケットの絵なんて描いたことも想像したこともないのだ。少しでも発想の元になるような物が手元にあってくれれば、心強いことはない。

 帰宅すると共に、すぐさまiPhoneにデータを取り入れた。こうしておけば、いつでも聴けるからだ。それにこれならば、父に聴かれる心配も画面を覗かれる可能性も起きない。

 作業中は基本的にそれを聴いた。生演奏のときとは違う、バランスの取れた音が耳元に届く。

 CDの中に入っていた曲は、どれもこれもなんだか違う雰囲気を持った曲だった。この間のスタジオでのライブで歌っていたような朗らかな曲調のものもあれば、王道的なロックの曲もあって、けどどういうジャンルだと明確できそうにない不思議なメロディの曲もあって、まるで絵の具のパレットだ。色んな絵が混ざり合って、何か一つの色を生み出そうとしている、そんな感じだ。

 後日、それを高島くんに告げると、凄いな、という返事がきた。なんで? と尋ね返せば、だって、と高島くんは口を開いた。


『俺らは、まだ、これだってもの、を、見つけてない、から……。まさか、そこを、見抜かれる、とは、思って、なかった……』

『これだってもの?』

『……俺達は、さ、オルタナティブロック、をやりたい、んだ』


 オルタナティブロック――正しくは、『Alternative Rock』。


 型にはまらないもの、異質な、そういった意味を持つ『Alternative』を名前においたこのロックジャンルは、その名前の通り、従来の王道的なロック、またはジャンルという枠組みにあてはまらないロックのことをいうのだという。

 明確な定義、みたいなものは存在してないらしく、しいて共通点をあげるのならば、『時代の流行にのらない、自己のスタイル』、とのことらしい。


『日本で、言う、なら……、スピッツ、とか、the pillows、とか、THE BACK HORN……。近年の、有名どこ、だったら……、9mm Parabellum Bullet、[Alexandros]、夜の本気ダンス……、かな?』

『ごめん。わからない』


 あ、さすがにスピッツはわかるけど……、とつけ足せば、そっか、と高島くんが頷いた。

 怒らせたかな、と少し不安になったものの、特にそんなことはなかったらしく、高島くんはさらに言葉を続けた。


『俺達、は……、皆、好きな音楽、が、バラバラ、なんだ……。例えば、斎藤さん、は、女の子、が出てるバンド、が好き。Silent Sirenとか、SHISHAMOとか……。アイドル、、も、好きで、女の子、がいれば、なんでも、聴いちゃう……。対して、一は、エレクトリック、というか、テクノ、というか……。電子音、とか、リズムが特殊的、なバンド、が好きなんだ……。サカナクション、とか……。ボカロも、聴くって言ってたかな……』


 ついでに、俺、は、ハードコア系、が好き……。ONE OK ROCKとか……と、高島くんがボソッと続ける。ハードコアって、過激なものにつける単語だよね。もしや高島くんって、ライブで頭振る感じの人だったりするのかな。

 ……あの金髪、振るの?


『皆、違うもの、が好き、なんだ……。だから、皆で、音楽を作る、と、全員の好きなもの、がミックスされる……。俺達、は、そんな俺達、だから、生み出せる音楽、を、やりたい。全員が、違う方向、を見てる、から生まれる……。俺達、だけの、音楽を、したい』


 でも、それが、まだ、よくわからない……、から、探してる途中……――そう言って、高島くんはあのニヒルな笑みをその顔に浮かべた。


「全員が違う方向を見てるから生まれる、か……」


 確かに、あの色々なものが混ざってる感じは、一つのジャンルを突き詰めているというよりも、いろいろなものに手を出している、と言った感じに近い気がする。先程のパレットを例にするなら、色んな絵の具をかたっぱしから出して、とにかく混ぜてみようぜ、と言った感じに。

 それでどんな色ができるかは、できてからのお楽しみ。そんな感じだ。


(でも、音楽って同じジャンル同士で組んで作った方がいい気がするんだけど……)


 だって、全員が全員、違う方向を見てたら、どこを目指せばいいかわからない。グループものは、皆でやるから意味があるものじゃないだろうか。

 上手く空気を読めなかったり、話を合わせられなかったりする人はいつだってハブかれる。集団に馴染めない人は、集団の一員にはなれない。――だから、私みたいに浮いてしまう人がいる。


 ……別に、自虐してるわけじゃないけど。


「なにしてるんだ」

「わっ⁉ お、お父さん⁉」


 急にかけられた声に、思わずドキッと身体を揺らしてしまう。

 あわてて声がした方を振り返ると、開いたドアの先に見慣れた父の姿があった。けど、先日見たようなヨレヨレ姿ではなく、すでに寝巻きに着替えた状態だ。首下にタオルをかけ、ぬれた頭からはほのかな湯気がただよっている。


(やばい、忘れてた! 今日からはお父さん、家にいるんだった!)


 昨日までいなかったから、どうもその感覚が抜けてなかったらしい。急いで、机の上の白い紙達をその辺のノートや散らばったままにしている文房具などで隠す。 


「……一応、ノックはしたからな」

 聞こえてはいなかったようだがな、とその眉間にしわを寄せながら、父が机の上のiPhoneとイヤフォンを見た。


「ご、ごめんねっ。勉強してたのっ。きょ、今日は、その、課題が多くて……っ」

「……音楽を聴きながらやるのはいいが、他の音が聴こえる範囲の音量にしておきなさい」


 風呂、空いたから入るように――そう言って、父は部屋から出て行った。


「………………はあぁ~……」


 びっ、びっくりしたぁ。ちょっと怪しまれてた気もしなくはないけど、変に追求されなくってよかった……。 


「お父さんには、バレないようにしないとだもんね」


 ロックが嫌いなのに、そのロックの手伝いをしているだなんて言えるはずがない。ただでさえ、父は私が絵を描くこと自体をあまり好んでいないのだ。見つからないように、極力注意を払わなければ……。


(そういえば、お父さんはどうしてロックが嫌いなんだろう)


 音楽自体が嫌いというわけじゃないらしい、というのは、日常的にクラシック音楽を聴いているところを度々目にするから知っている。CDのCMや音楽番組が始まっても特に気にしている様子はない。


 けど、ロックだけは違う。


 絶対にロックを父は聴かない。テレビで見ようものならチャンネルを変え、街中のスクリーンで流されれば顔をしかめる。

 ずっとうるさいものが嫌いなせいだと思っていたけれど、でも、それだったならクラシック音楽以外のジャンルはほとんど嫌いな部類に入るのでは――……。

 それに、ロックと言えば、高島くんの言った『ロックの神様』というのも、いまだにわからないままだ。結局、あれはどういう意味だったんだろう。


「わからないこと、ばっかだなぁ」


 とりあえず、CDジャケットの件に関しては、また高島くんに相談してみよう。ちょうどまた明日から学校が始まる。何かCDのテーマだとか、そういうものがあれば、また話が変わってくるかもしれないし。

 そう考えると、父に言われた通り、お風呂に入るために、私は立ちあがったのだった。


       *******


 が、しかし――……。

 翌日、月曜日。学校にて、その事件は起こった。


「古賀さん……。今日、は、その、ちょっと、部室に、こないで……」

「え?」


 朝。まだ他のクラスメイト達がいない時間帯。教室にきた私に、高島くんは関口一番にそう口を開いた。

 この時間帯にきたのは、CDジャケットの件について相談する為だった。放課後の軽音部まで待ってもいいのだけど、でも早く相談できるならそれに越したことはない。

 だからこうして、誰にも訊かれる心配のないこの時間帯にわざわざきたわけだったんだけど――……。


「ど、どうして?」

「それは……、ちょっと……」


 高島くんがなんて言えばいいかわからない、と言った風に口をへの字に曲げる。しばらくそのままモゴモモと口先を動かし続けたのち、あと、で、話す……、と小さな声で、そう口にした。


(なんだろう。また、なにかやるのかな)


 先日のスタジオライブが思いだされる。

 けど、今の雰囲気は、あのときのそれとなにか違う。あのときはもっとウキウキしたような感じだったけど、今の高島くんは、なんだか凄く暗い。

 けれど、結局、高島くんがそれについて口を開くことはなかった。そのまま、なんとも空気の悪い感じが続いたまま、朝の時間は終えることとなった。

 そのあとは、いつも通り、他人がいるところではバンドの話は一切しない為、そのことについて触れる機会自体が起きなかった。


 そうして、放課後――。


「あ、高島くん、」


 HRが終わると同時に、高島くんが教室を速やかに出ていく。あわてて声をかけたものの、それより先に教室から出ていかれてしまう。


(なにか、あせってる……?)


 急いでる、というよりも、その歩いていく姿は、焦燥感に駆られているようだった。鞄の背負い方もいつもより乱雑だったし、歩みも彼にしてはひどく速い。

(こないで、って言われたけど……。)

 ダメだ。あんな高島くんの姿見て、気にならないわけがない。

 ごめん、高島くん、と心の中で謝りつつ、あとを追いかけるように私も教室を飛び出したのだった。

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