第5章 退屈な夏休み

第9話 退屈な夏休み

 夏休みがやってきた。

 前半こそゆきちゃんや美咲と遊んでいたけれど、後半になると二人とも家族旅行やおじいちゃんちに行くとかで、私は一人退屈な毎日を送っていた。

 宿題でもしようかと思った日もあったけれど、それも数日で飽きて半分以上が真っ白なまま残っていた。


「いってきまーす」


 そんな中、今日は珍しく出かける用事があった。

 夏休みだというのに、朝から制服を着こむ私に、お母さんが不思議そうな顔をしていた。


「今日、登校日じゃないわよ……?」

「わかってるよ。今日は図書委員なの」

「あ、そうなのね。お昼は? 食べる?」

「うん、その頃には帰ってくるよ」

「わかった、いってらっしゃい」


 お母さんに見送られると、私は久しぶりに学校までの道のりを、のんびり歩いて向かった。


「失礼しまーす」


 図書室の鍵を取りに職員室に向かうと、そこには意外な人がいた。


「たも……藤原先生?」

「おー、どうした? 何か忘れものか?」

「違いますー図書委員ですー」

「そっか、お疲れ様」


 図書室の鍵を私に渡すと、たもっちゃんは笑う。


「図書室が涼しいからって寝るなよー」

「寝ません! 失礼しました!」


 ハハハと、たもっちゃんの笑い声が聞こえてくるけれど、その声を無視して私は図書室へと向かった。



 クーラーを付けると、カウンターの中に座る。

 外の暑さが嘘かと思えるぐらい、図書室は居心地がよかった。

 とはいえ―――夏休み中の図書室に来る人なんてほとんどいなくて……結局二時間が経った時点で、二人しか利用者はいなかった。


「はー退屈。あと一時間もあるよ」


 時計を見上げてため息をついた私は……視線を感じて、ふと窓の外を見た。

 すると、そこには……図書室の中を見るたもっちゃんの姿があった。


「たもっちゃん? どうしたの?」

「んー? 美優がちゃんとやってるかなーって思って」

「やってますー」

「知ってますー」


 私の声を真似てそう言うと、たもっちゃんは笑う。


「ちょっとそこどいて」

「え……?」


 余程暑かったのか、窓に足をかけてたもっちゃんは図書室へと入ってきた。

 突然のことに、ドギマギしていると……たもっちゃんは内緒な、と言って笑った。


「あーここ涼しいな」

「外で何してたの?」

「んー、見回り?」

「そんなのもするんだ。ってか、夏休みなのに先生は学校に来てるんだね」

「まあ仕事もあるしな。休みは生徒だけだよー」

「そうなんだ」


 なんとなく先生たちも休みかと思っていたから、ちらほらといる先生たちの姿に驚いたんだけど、それはそういうわけだったんだ。

 たもっちゃんの言葉に疑問が晴れてすっきりしていると、ところで、とたもっちゃんは言った。


「そんな美優は?」

「え?」

「夏休みの宿題、終わったのか?」

「……半分ぐらい?」

「ホントかー? さっさと終わらせろよー?」


 先生みたいなことをたもっちゃんは言う。

 先生なんだけど……なんとなく、こういう顔をしているときのたもっちゃんの隣は、大人と子供という線が明確に引かれているようで寂しい。


「……でも、数学は、終わったよ」

「美優は数学の成績は、いいもんなー」


 ぐりぐりと私の頭を撫でながら、たもっちゃんは苦笑いをする。


「他の教科も、もうちょーっとだけでも頑張ってくれると、担任としては嬉しいんだけど……」

「けど?」

「まあ、俺個人としては? 俺の教科で美優がいい点とってくれると鼻が高い。だから、何とも言い難いところだ」


 難しい顔をした後で、いたずらっぽくたもっちゃんは笑う。

 そんなたもっちゃんの表情に、ドキドキしてしまう気持ちを誤魔化すかのように、私は口を開いた。


「全教科……」

「え?」

「全教科たもっちゃんが担当だったら、頑張れるのになぁ」


 遠回しに、たもっちゃんが担当だから、数学は頑張ってるんだよと伝えてみたのに……その真意がたもっちゃんに伝わることはなかった。それどころか。


「そんなことしたら俺、過労死しちゃうよー」

「個人的に教えてくれるとかでもいいんだよ?」

「無理無理―」


 冗談だと思ったのかひとしきり笑うと……そうそうと言って、たもっちゃんは話題を変えた。


「っ……」


 私にしては珍しく、素直に言えたと思う。

 なのに、伝わらないだなんて……。

 ううん、もしかしたら……伝わってるのに、伝わっていないふりをしているのかもしれない。

 私の気持ちに、気付かないふりをするのと同じように――。


「美優?」

「あ……」

「どうかしたの?」

「ご、ごめんね……。なんでもない。えっと、なんだっけ」


 誤魔化すように笑うと、そうか? とたもっちゃんは言う。そして――。


「だから時間だよ。図書委員って何時まで? 昼からもやるの?」

「え、あ……十二時までだからあと1時間ぐらいかな」

「そっか。んじゃ、帰りは車で送ってやるよ」

「え……ど、どういう風の吹き回し? だって、一緒はダメだって……」


 そう、一緒に登校するのを拒否していたのはたもっちゃんなのに、どうして――。


「まあ、夏休みだしな。大丈夫だろ。……それに、美優にちょっと話もあったし」

「話って?」

「ん? まあ後で話すよ。それじゃあ、ここ締めたら鍵持って職員室に来いよ」


 そう言うと、たもっちゃんは図書室をあとにした。

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