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 黒髪ロング、チャコールグレーのブレザーに赤いリボン、チェックのスカートという王道美少女のスタイルにふさわしく、顔のパーツもきれいに整っている。

 名前を水瀬あかりという。超有名ゲームヒロインからそれぞれ名字と名前を引っこ抜いた感じのこの少女は、見た目だけなら立派に名前負けしない要素を誇っていた。


「はあ……、だるいなあ。仕事したくないなあ」


 だけどこいつも、内面は色々とアレでソレだった。出社して開口一番にこんなことを言ってこられても、こちらとしては「はあ、さいですか」ぐらいしか言うことがない。


「あ、小久保くんおはよう。どうしたの、頭抱えちゃって」


 そしてこいつも俺をまともに呼ばない。名字の久保の前に、その日の気分で大中小を付けて呼んでくる。大久保は上機嫌、中久保は普通、そして小久保は不機嫌。つまり今日はあまり虫の居所が良くないか、もしくは倦怠感に包まれているかのどちらかだと思われる。


「俺は久保だ。そしてお前はなんでこんな時間に出社してきてるんだ」


 あかりは壁にかけられた時計を見ると、


「15時でしょ。全然OKでしょう、別に今、急いで進める仕事もないし」


「それは下請けの仕事だろうが。肝心の弊社のゲームを作らないことには俺たちの収入が先細るだけなんだぞ」


「いいじゃない、飢えなければ特に問題もないし。何より線画を描こうにも指定もないしね」


「……まあ、そうなんだけど」


「あれ? そういやアイ子は?」


 アイ子というのは、あかり独自のアイリスの呼び方だ。こいつは俺以外の人間もカジュアルにニックネームで呼ぶ。


「そこにあるポーションの飲み過ぎで体調不良。さっきトイレで吐いてたから、仮眠室にでも転がり込んだんだろう」


 あかりは片隅にまとめられたポーションの空き瓶を見るとため息をこぼした。


「……そりゃ、トイレとお友達になるよねっていう」


「あいつのアルコエーテルの摂取量減らすってミーティングで話したから、二日酔いで動けないって事態は減るはずだったんだが……まさかまた新しい方法で体調を崩してくるとはな」


「ま、多少は入っちゃってるとは思うわよ」


「何?」


「だって、そこのポーション、アイ子が自分でこれは蒸留式アルコエーテルを割るのに最適なポーションなのって言って前に見繕ってきたやつだから、どうせ割って飲んでるわよ」


 頭痛が再発しそうだった。あいつ、席に戻ってきたらまた耳引っ張ってやる。


「アイ子がいないんじゃ、塗りのチェックとかもできないんだけど、とりあえず待機ってことでいい?」


「……ああ、あいつが戻ってきたらチェックしてくれ」


「了解」


 あかりは事もなげに言うと、デスクの前に座って付けっぱなしのブラウザを開いた。


「ふふっ、この人また変な物買ってるわ」


 そしてSNSで定期的に通販レビューをしている人のつぶやきを見て、ケタケタと笑っている。

 あかりは原画担当、そしてアイリスは彩色担当だ。

 ゲームを作る上で、この二人はとても大切なポジションにいる。どちらが欠けても成り立たないというぐらいに重要なのだけれど、今は揃って別の会社の下請け業務を行っている。

 そう、実はゲーム制作における最も重要な、すべての設計にあたる部分がうちのメーカーには欠落しているのだ。それゆえ、制作は延々と長引き、未だに工程をしっかりと立てられない状況にある。


「シュン、ちょっといいですか……?」


 またしてもモニカが申し訳なさそうな顔で裾を引っ張った。


「今度はなんだ、「僕をプロデューサーで雇ってください」か? それとも浄水器の売り込みか? どっちも今間に合ってるって伝え……」


 モニカは青い顔で首を横に振ると、


「キューブリック社長から……です……お電話……」


 俺は一瞬で血の気が引いたのだった。

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