10th NUMBER『分かち合いたかった』


 何かに気付くや否や、クー・シーさんはこの星幽神殿を飛び出していった。


――もし君が信頼を置いていた人物が容疑に問われることになっても、庇うなんてことはしないでほしい――


 明確さとは程遠い不穏な言葉を雪那ぼくに残して。



 夜が近いけど、クー・シーさんが星幽神殿に戻ってくる様子は無い。予定通りなら次に会えるのは明日。だけど実際のところ、それも捜査の状況次第なのだろうし、質問責めにしたところでごく一部しか答えてくれないのだろう。



 厚かましいのは承知の上なんだけど、稀少生物研究所は僕にとっても思い出深い大切な場所。ナツメと過ごしたかけがえのない日々はもちろん、多くの人に支えられ、微弱ながらも精神の成長を遂げられた場所だと思う。


 三度目の雪之丞が息絶えた場所でもあった。


 それは恩を仇で返すような行為だっただろう。何せ自分で命を絶ったのだから。



 死の間際で見たナツメの表情、あれをみんなも見たということだろう。僕が恨まれたとするならきっとナツメを置いていったこと。



 僕はからになった二本の瓶の首を合わせて握り締める。キリキリ耳障りな軋みの音がこの胸の痛みと重なる。



――不安だとは思うけど、今の君が最も大切にしているお客様の為でもあるんだよ。わかるよね?――



 うん、わかるんだ。クー・シーさんの言葉はどれもこれも尤もだと思う。罪は罪。関係のないお客様や現在僕の周りに居る人が巻き込まれるなんてことはあってはならない。止めなきゃならない。



 窓は白く曇って氷のよう。下弦の月は氷に閉じ込められた果実のよう。触れたら砕けてしまいそうだ。


「ワダツミ、様」


 何かあったらその人を頼るように言われた。僕は何も無いのにその人の名を呼んでしまった。限界まで震えた声で。



――私を呼んだか、雪那よ。



 一体いつ来て下さったのだろう。戸を開く音さえ聞こえなかったのに背後からその人の声がした。僕は四つん這いの体勢のまま肩を震わせた。



 背中にそっと寄り添うぬくもり。



「何も無いのに呼ぶ者はおらぬ。雪那よ、今宵は私を頼りなさい」


「ワダツミ様……これは……」



 僕の背中から胸へと回った手は、白魚のようなしなやかさ。いつもの少女の手の形とは違うことに僕は驚いた。


 不可思議な現象に恐る恐る振り返ると、慈しむ眼差しで微笑む天女の姿があった。白銀の髪の輪郭に沿って陽炎かげろうのように揺らめく波長がはっきりと見える。



「ああ、この姿か。私も驚いておるよ。ナツメからの特殊申請を受け入れたとき、私も相当な量の霊力を使っての、しばらくはわらしの姿のままだったのじゃが……こうして触れ合うのは初めてじゃな、雪那。磐座家に生まれたことのある其方そなたは私の能力を受け継ぐ子孫でもある。触れていると私もいくらか蘇るらしい」


「磐座家の先祖がワダツミ様なのですか……!?」


「ああ、まだ話しておらんかったかの。そうじゃよ。逢引転生の力を確かなものにしたのは私じゃった。先日もう一人磐座家の生まれ変わりに会ったものでな、そちらの波長とも共鳴したのやも知れぬ」


「何処までも神秘な存在なのですね、あなた様は」



 先祖と子孫。たった今その事実がわかったばかりだけど、頭より先に身体が理解していくようだった。恋人の情とは違う形でワダツミ様と僕は自然と寄り添った。同じ魂の器に還るように。



「特殊申請については、雪那に生まれ変わってから初めてナツメのお墓に行ったときヤナギさんが少しだけ話していました。僕を転生へ導く為にナツメが自らの寿命を削ったっていう……やはりワダツミ様がその申請を受け入れたのですか? いや、実を言うと、そんなことが出来るのはあなた様しかいないとは思っていたのですが……」


「私が憎いか。ナツメが生き延びられる方法は無かったのかと、そう問いたいか」


「……いえ、仕方なかったんですよね。あなた様もきっと苦渋の決断をなされた」



「もちろんじゃよ」



 僕の頰を手繰り寄せ見つめる、青と紅の瞳から雫が伝う。純度の高い宝石のような清らかさ。疑う余地など何処にも無い。



「逢引転生はかつてフィジカルに生きていた私自身の悲恋が発端じゃ。アストラルからやってきたシャーマンの男と交わり、子を産んだ後、心中したことによって特殊な能力を磐座家に遺すこととなってしまった。あの頃の私は脆かった。母であることより女であることを選んだ。生きる世界が違う、許されぬ関係ならば彼と共に散りたいと強く願った」


「そんな、ことが……似ている。僕たちと、凄く」


「ああ、だから片割れの魂と同じ世に生きられぬ苦しさは誰よりも知っておる。其方そなたとナツメは強い絆で結ばれた※双子の光ツインレイ。私たちのようにはならず寄り添って生きていける姿を本当は見たかったよ。すまんのう、雪那。何度生まれ変わっても魂の脆い部分はなかなか変わらぬのやも知れぬ。今宵は私も、心の拠り所を必要としていたのやも知れぬ」



 凄く美しい天女の姿なのに、ワダツミ様の瞳は頼りなげに揺れている。少女の姿のときより遥かに幼い、だけど慈悲深い色をしてる。


 だからこそ、この言葉を伝えておきたくなった。


 今なら強がりでもなんでもなく、心の底から、言える。



「逢引転生の力を遺してくれてありがとうございます」



「雪那……」



「あの力があったから、冬樹はナツメに再会できたんです。切ない関係だったけど、ナツメと離れ離れのままよりかは、ずっと……良かった……!」



 僕を恨む犯人には到底聞かせられないここだけの言葉。


 皮肉だね。やっぱりこの世というのは、なんの犠牲も無しに幸福に触れることなど出来ない仕組みなのか。



 溶け合った波長の中で揺蕩たゆたうワダツミ様と僕は、今まで出来なかった話を沢山、沢山、した。涙混じりの微笑みを交わしながら。



「ワダツミ様はどうなったのですか? 片割れの魂との再会は?」


「ああ、叶ったよ。実を言うと今の私に性別の括りなどというものは無い。彼と私の魂は一つになって今の“ワダツミ”となっておる」


「彼があなた様の中にいらっしゃるのですか」


「そうじゃ。だから信じて良いのじゃぞ。其方そなたとナツメもいずれはこうなるのじゃからな」



 束の間ばかりなんだろうけど、本来の自分が放たれていく優しい夜。



「のう、雪那。捜査の目的とは違うが、私にも聞かせてはくれぬか? 其方そなたたちツインレイの歩みを。先祖としてこの胸に留めておきたいのじゃ」



 ご先祖様が全部受け止めてくれた。喜びも罪も痛みも、全部。


 窓の外からは優しい音色。冬を司る霊力の僕だからはっきり聞こえた。時に容赦のない雪が、今宵はひらひら軽やかに舞う慈しみの天使となって僕らを見守ってくれるようだ。




 ※ツインレイ(双子の光)・・・スピリチュアルな世界を語る際によく用いられる言葉。同じ器から世へ放たれた魂(同じ故郷を持つ魂)をソウルメイト、元が一つであった魂をツインソウルと言います。ツインレイはツインソウルの中でも唯一無二の存在、故に双子なのです。多くは異性として生まれ、稀に同性の組み合わせがあるとされています(生まれ変わったときに性別が変わるのは稀、という設定については著者が独自に考えたものです)



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 犠牲が付き纏うこの世の幸せ

 誰も傷付けずに済めば良かった

 だけどそれを出来た人はきっと居ない


 叶わぬ願い

 何故

 嗚呼 何故に

 願いとして存在するのか


 叶いもしないことを

 何故

 嗚呼 何故に

 人は天へ願うのか


 永遠なんて言葉が何故存在するのか

 いつかは終わるとわかっていて


 犠牲無くしては手に入れられないものばかり

 上手に共存できない

 理想と我儘


 生きているだけで罪を背負う

 ならば君は如何にして天使の翼を手にしたの


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る