〜Autumn〜

1st NUMBER『もっと強くなりたかった』


 星幽神殿からは割と離れた海辺の教会でボヤ騒ぎが起こったのは、クー・シーさんと話した二日後のことだった。


 表向きには無差別の放火犯ではないかと報道されているけど、雪那ぼくは脅迫状の件と無関係には思えなかった。何故ならそこは、近々行われる聖歌隊の子どもたちとの交流会の打ち合わせに訪れる予定だった場所だからだ。


 幸い打ち合わせも交流会もキャンセルの連絡を入れていたばかりだったし、早期に発見されて負傷者も出なかった。外壁と植木が焦げたけど、建物の損傷は少なくて済んだ。でももしかすると、キャンセルしたからこうなったのかも知れないんだ。



 泣きたい。本当は声を上げて泣き叫びたい。


 何故真っ直ぐ僕を狙わないのだと。何故じわじわと周りから攻めるようなやり方をするんだ、何故関係の無い人たちを巻き込むんだと。



「もし脅迫状の犯人と同一だとしたら精神攻撃のつもりなんだろうね」



 さすがに僕にまで誤魔化すつもりはないらしい。鎮火して間もなくの夕方に僕の部屋を訪ねてきたクー・シーさんは、同一犯と睨んで捜査していることをあっさりと打ち明けてきた。


「はい、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」


「君が謝ることじゃないよ」


 そう言われたって。前世かつての僕は散々恨みを買うようなことをしてきてしまった。考えたくはないけれど、夏南汰の遺族であった人、磐座家の親族であった人、ナツメを奪われた稀少生物研究所の関係者、友人……誰が僕を恨んでたっておかしくない。



 そしてクー・シーさんが静かに切り出した。少し躊躇ためらった様子だったけど、しっかりと僕の目を見据えて言ったんだ。ガーネット色の瞳が強く光る。


「一つ、作戦を考えているんだ。怖いとは思うけど、一度聞いてくれるかい? 無理強いするつもりは無いから」


 内容は十二月二十四日に、ここ星幽神殿のコンサートホールで予定している冬の公演をあえて開催し、観客を親衛隊が務めるというものだ。犯人はこちらのスケジュールを把握している可能性があるから、そのまま騙して誘き寄せる戦略。


「公演を中止しないのなら、一般の観客も来てしまうのではないですか?」


 僕が疑問を投げかけるとクー・シーさんがうんと頷く。


「そうなんだ。だからね、今年は急遽予約制になったということで発表しようと考えてる。最近物騒な事件が起こったから念の為、予約のとれた人だけ手荷物検査をした上で招き入れると。なんたってイヴェールの公演だ。当然申し込みが殺到するだろうけど、全員に予約は全て埋まったと返信する」


「……苦情が来そうですね」


「仕方ないよ。年に一度だけ誰でも無償で招いていた冬の公演だけど、一般人は危険に晒せない。予約を全部断ったとしても犯人はなんらかの手を使って潜入しようとするだろう。そこを僕らがしっかり目を光らせて捕獲する」


 一般の観客に申し訳ないな……僕はそればかり考えていた。クー・シーさんが心配そうに眉を寄せたところで、自分が何かズレた反応をしていたことに気付く。



「あのね、雪那くん。君はいつも周りの心配ばかりするからはっきり言うよ。一般人は危険に晒せないと言ったけど、この場合一人だけ例外が出るんだ」


「え?」



「君だよ。君は舞台に立ってもらわなきゃいけなくなる。訳あって、代わりはきかないんだ」



 背筋は少しだけゾクッと逆立った。クー・シーさんが続けた説明で納得した。


「結局こんな提案をしてしまってごめん。だけど……」


 犯人の目的は僕。それも捨て身で向かってくるタイプの犯人像が予想されている。観客が親衛隊だと気付かれることよりも、僕がダミーだとわかった方がもっと被害が大きくなる可能性があると。



「今まで届いた脅迫状は全て優秀な心理分析官にも見てもらっているんだけど、この犯人はなんだか妙だって。どうも途中から目的を変えているようだとも言っていた。どんな方向へ変えたのかその分析がまだ追いついてないんだ。もし今まで以上に凶悪な計画を考えていたとしたら」


「やります」


「雪那くん……」



 きっぱりとした口調で返した僕をクー・シーさんは申し訳なさそうに見つめる。でもいいんだ、それこそ貴方が申し訳なく思うことじゃない。僕に迷いは無い。元より覚悟していたことだ。



「例えそれで僕が死んだとしても、犯人の暴走を止められるのなら構いません」


「そんなことさせないよ! 雪那くん、我々が絶対に守るから」



 クー・シーさんの目に水の膜が張った。思いつめたように下を向いたと思ったら、今度はぐっと上向き加減になった。滴り落ちないようにしようとしてるんだ。


「君に怖い思いはさせたくなかったのに」


 掠れた声で呟く彼の大きな手を僕はそっと握った。長く息を吐く音を間近で聞いた。気持ちを切り替えようとするかのような音を。


「ごめ……ううん、ありがとう。雪那くん」


 生意気かも知れないけどだんだんわかってきたんだ。一概に強い人扱いするのも良くないかもと。彼には彼の脆さがある。僕がしっかりしなきゃと思った。



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「……辛い役を押し付けてごめんなさい、アリエス親衛隊長」



 祈りの間の入り口にぽつりと佇むミモザが、高みのステンドグラスを仰ぐ。七色を通してもわかる夜のて空。周囲の窓には星がちらつき、皮肉なくらいの幻想を見せつける。


 遠くの足音がカツンカツン、と。物悲しく響く。罪悪感に苛まれるミモザには氷のひび割れるような音に感じられた。



――その者、祈りを捧げに参ったか。



 背後からの声にミモザは驚いて振り返った。艶やかな金髪が弧を描くようにして揺れた。


 エメラルドグリーンの双眼が捉えたのは、真後ろではなく足元の方。白い布で全身を覆い隠した占い師のようなシスターのような人物。幼い少女と思しき顔も半分くらいまで覆われている。


「そのようなところに佇んでいたら神が心配なさる。入ったらどうじゃ」


 音も立てず隣をすり抜け前方へと向かっていく少女。声そのものは幼いのに厳かな雰囲気。白い布の隙間から絹糸のような白銀の髪が覗いた。ミモザはその瞬間にピンときた。



「もしかして神官様ですか?」


「ああ、そうじゃ」


「イヴェールさんのお師匠様!?」


「そんなところじゃ」



 ああ、とミモザはため息混じりに呟き、神官の背中へ敬意を込めて一礼をする。


「申し遅れました。私、アストラル王室親衛隊員のミモザ・I・レーヴェンガルドと申します」


「うむ」


 ミモザは知らない。ちらりと振り返り返事だけをしたこの神官の少女こそが、てんと星幽の中間に立つ存在とされる『ワダツミ』であるなど。


 だけど何故か心がいくらか救われたような安心感を得ていた。恐れ多さを感じながらも自然と後を付いて行きたいと思った。



其方そなた、イヴェールのファンだと聞いた。彼奴あやつを大切に思ってくれておるんじゃな」


「はい……子どもの頃からの憧れで」


「誠にそれだけか?」



「えっ」



 突き刺さるような問いにミモザはその大きな目を見開いた。どういう意味かとしばらく考えた後、自分なりの推測に辿り着いて顔を真っ赤にする。



「まっ、まさか! 恋ではございません! そんな恐れ多い……私には……っ」


 ベールの隙間から青と紅の瞳が密かにミモザの姿を捉えた。奥深くまで見通すような強い眼差しだった。



「私には彼女がいます!!」



 その一言を待っていたかのように。




「あ……すっ、すみません、そこまで聞いてないですよね」


 つい勢いで打ち明けてしまったミモザの顔に熱が込み上げる。前で組んだ手は無意識に右手薬指の指輪を弄り出した。恋人とお揃いのものだ。


「イヴェールさんに対しては、ただ……また笑ってくれたらいいなって」


「うむ。確かに彼奴あやつは笑顔で歌ったことが無い」


「はい、泣きながら祈りを捧げるお姿も素敵です。でも出来ればまた、温かい笑顔を見せてほしい」


 祈りの間の中央まで辿り着くとミモザはそっとひざまずき、胸の前で手を組み瞼を伏せた。



「ああ、神様。どうかあの方を罪悪感から解放して下さい。最愛の人と寄り添っていたときのような幸福をあの方へ。私は最初から恨んでなどおりません。詫びるべきはこの私なのです」



 願いを声に出している自覚などミモザには無かった。ワダツミの隣に居ると自然と心が解放的になる。全身から涙が流れるように浄化されていく。その意味ももちろんわからなかった。



「神官様、ありがとうございました。私、上司のところへ戻ります」


 いくらかスッキリした笑顔を残して去っていくミモザ。親衛隊の制服を着た後ろ姿にワダツミは呟く。




――やはり私の子孫であったか。



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 僕は変わりたい

 強き者の中にも脆いところはある


 それはヒビであったり

 ぬかるみであったり

 触れれば弾ける泡であったり

 様々な形

 だんだんと見えてきたから


 表面上の長けたところを

 羨むばかりの僕だった

 相手は自分より優れていると決めつけて

 真に相手をわかろうとはしなかった


 このままでは真の強さになど辿り着けないだろう

 君との約束が果たせなくなってしまう


 僕は変わりたい

 時間がかかってしまったけど

 いつかまた

 天使の君を見たときに

 恥ずかしくない自分でいたいんだ


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