15th NUMBER『安らぎの中で』


「実際のところ、逢引転生は来々世で効力を発揮するものなんです。フィジカルに生きる磐座家はアストラルの存在を知らないから来世で巡り逢えると思ってるけどそうじゃない。僕が二度同じ世界に生まれたのは、能力を引き継いだ状態のまま元の世界に還らなかったからなんです」


「それでナツメさんと君は異なる世界に引き離された。だけど巡り合う力が発揮されて、お互いが世界を行き来するということに……?」


「……おそらく、そうだと思います。ナツメは任務の為だと思っていたけれど」


 そこまで伝えたところでおのずと深いため息が零れた。夏南汰への暴力、遺骨の窃盗、そして身勝手な自殺。罪に塗れた過去の記憶がこの胸をきつく締め付ける。



 これが春日雪之丞の生涯。かつての僕が二度死ぬことになった経緯。僕自身のことだからなのか可哀想とは思わない。いや、僕でなくたって思わないでしょう、こんな救いようのない男。


 ひたすら弱く惨めで無様で、ただ……そんな中で目に映る夏南汰の姿だけが最期まで美しかったんだ。



 実際この感想は口に出していないけれど、向かい合うクー・シーさんは何か悟ったような神妙な面持ちで雪那ぼくの手を握る。


「よく話してくれたね。よく頑張った」


 これまでよりも低い声でそう呟くと、次なる提案を僕に示してくれた。



「正直まだ気になることがある。君はさっき、二度と死んだと言った後に“三度”と言い直した。何かまだ事情があるんだと思う。だけど一度に大量の記憶を引っ張り出すのは心にも身体にも負担がかかるものだ。ゆっくり休んで落ち着いたらまた聞かせてくれるかい?」


「僕は十分休みました。まだ力になれるかも知れない」


「ふふ、全然足りてないよ。ワダツミ様がくれた休暇でしょう? あのお方はほとんど全てを見抜いているさ」


 青々とした毛に覆われた大きな手の甲が僕の頰を撫でる。いや、掬い取ったらしい。


「こんな塩辛い涙。こんなにいっぱい溜め込んでいたんだね。流し切ったらちゃんと水分を補給をしなさい。新鮮な水を与えてあげなきゃ育つものも育たないと妻が言っていたよ」


 ごめんなさい、クー・シーさん。けがれた記憶を思い出したせいなのかな。貴方のその慈しみの心はきっと愛する人が傍に居てこそ、とか羨んでしまうんだ……ごめんなさい。



 確かに今の僕はもう眠るくらいしか手段が無いのかも知れないと思った。負の言霊しか放てないこんな状態ではと。


 クー・シーさんが持ってきてくれた水の入った瓶に少しだけ口をつけて、本を押し退け寝床の隅で丸まった。


 ごめんなさい、ごめんなさい……


 もはや誰に宛てたものかもわからない詫びを性懲りもなく繰り返しながら。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



――ごめんね、雪那くん。



 扉を閉ざしたところでクー・シーはぽつりと呟いた。微笑を浮かべたまま自責の言葉が後に続く。


「僕はどうやったって妻の一番にはなれない。ツインレイである君たちは必ず巡り逢える、どんなに遠くに居ても魂が繋がっている。君はこんなに苦しんでいるのにね……ごめんね」


 それは現世、身体が傍に在るだけでは拭い去れない苦悩。自分に成し得ないことを羨む気持ちもまた、簡単に手放せるものではないのだ。



彼奴あやつに感化されたか、若き親衛隊長よ」


「ワダツミ様」



 気が付けばその人はすぐ近くまで歩みを進めていた。聞かれてしまっただろうか。なんでも声に出てしまいがちな己を叱咤しつつ、クー・シーは爽やかな微笑みを作ってそちらへ向かい合う。


「はい、少々。だけど全力を尽くすと決めた任務です」


 言葉そのものはやはり正直であったが、煌めくガーネットの瞳は逃げ場など求めていなかった。




 応接間へ場所を移したクー・シーとワダツミは、向かい合わせの席に着くなり早速打ち合わせを始めた。冬らしくひんやり冴えた空気が程よい緊張感を持たせてくれる。



「犯人の目星はつきそうか?」


「そうですね、雪之丞くんの罪を知る人物……いや、それは必ずしも万人が罪と解釈するものではないかも知れません。実際雪那くんなんか、自分の過去の何から何までもが罪だと思っていますしね」


「解釈はそれぞれにあり、か」


「はい。優先的に探るべき人物が何人かいます」



 クー・シーは絞り出すようにして告げた。


 まず最優先として『秋瀬陽南汰』。彼は学生時代より雪之丞を目の敵にしていた。雪那がわかっているかどうかは定かでないが、弟に対する執着心は恋慕であった可能性も考えられる。


彼奴あやつの転生先なら知っておるぞ」


「本当ですか! それはなんとか自然に接触を試みたい」


「力を貸そう」


 早速心強い反応が得られた。クー・シーは次なる可能性を探り出す。


「夏呼さん」


「それは無い」


「!? 随分信頼しているのですね」


「あの淑女とは他でもないこの私が今でも交流を保っておる。彼女は雪之丞を恨んでなどいない。かつては恋敵であったが、いいやそれ故なのか、二人はなんとも示し難い固い絆で結ばれておるのじゃ」


「そうですか……」


 いや、むしろここは安堵するところだろうとかぶりを振るクー・シー。真相に辿り着く為に模索を繰り返す。必要なこと。そう自分に言い聞かせながら。


「秋瀬家の親族。夏南汰くんを溺愛していた母親は」


「探る価値がありそうじゃな」


「やはり考えられるのはそちら側ですよね。父親の方という可能性もある」


「うむ……」



 そうやって並べていた途中のことだ。クー・シーはふと気が付いた。


――――っ。


 ワダツミの射るような視線。静寂と情熱を模したような二色の瞳が何かを尋ねているように思えて息が詰まった。もう一人見えているだろう、と。



 すでにことの経緯を一通り聞いているクー・シーは胸が痛んだ。それでもこの扉は開かねばならないと覚悟を決めて……絞り出す。



「……磐座命」



 本当は言いたくなかった。



「彼の行い、確かに始めこそは善意だったと思います。だけど彼もまた冷静な判断が出来ない状態にあった。男性として生きたかった彼は女性としてその身体を奪われた。自分のしてしまったことが受け入れられなくて、怒りのやり場が相手へ向かう。逆恨みに近い状態に陥ることも……あり得ると思います」



 もしそうならばなんて悲しいことだろう。心の傷を癒す為、与え合うつもりで重なった二人は、結局奪い合っただけだというのか……?


 やるせなさに呻いたクー・シーからいつもの癖が転がり落ちた。



「人を疑うって、苦しいですね……レグルスさん」



 かつて慕ってきた元親衛隊長。現アストラル王太子の凛々しい姿が目に浮かんで苦笑した。




「ここまで聞いておいて今更なのじゃが」


「?」



 ワダツミが唐突に切り出すものだから、クー・シーはただそちらに顔を向けるくらいしか出来なかった。思いもしない事実が舞い降りるとも知らず。



「ここに一つの文書がある。稀少生物研究所から借りてきた研究記録じゃ」



「この筆跡……!」



 クー・シーはがたんと音を立てて前のめりになった。食い入るようにそれを見つめた。


 似ている。あまりに似ている。ここ数日間、穴が空くほど睨み続けてきたあの脅迫状の筆跡に。



「稀少生物研究所に犯人と思しき人物が居るということですね!?」


 それしかないと確信したくらいだった。しかし……





「これを書いたのはな、春日雪之丞じゃ。三度目のな」




 …………




「な…………っ!?」




 クー・シーの脳内はもはや理解が追いつかない。こんな間抜けな声が出てしまうのも仕方ないと言えるだろう。



「散々聞いておいてすまんのう」


「ほ、本当に……」



(今更ですよっ!!)



 相手が相手だけに、なんとかその言葉だけは飲み下した。今まさに心身を休めている雪那。しかしやはり“三度目”の話は何がなんでも必須なのだと予感した。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 束の間の安らぎの中で

 僕はよく君の夢を見る

 君と寄り添い眠る夢を

 ぬくもりだけで満たされる時間を


 過去でこそあれど

 あれは幻なんかじゃなかった

 今でもちゃんと覚えてる


 覚えてる……


 そう思っていたんだけど



 ねぇ

 今夜

 僕は思い出したんだ

 今更になって思い出したんだ


 熱にうなされる君を抱き締めた夜

 あの日

 あの日には

 もう予感していたんだ



 寝返りをうった君と

 指先が触れ合った

 僕はとっさに握り締めた

 君が消えてしまいそうに見えたから



 その一方で


 予感した


 安らぎの中を駆け抜けた戦慄



 きっとすれ違ってるばかりじゃない

 僕らには何処か通じてる部分がある


 それは皮肉なくらい固く結ばれていて

 簡単には解けない


 成就することはないのだろう

 だけど



 君と僕は


 この人生一度きりでは終わらない



 ……終わらせない





『真夏の笑顔に届くまで〜Spring〜』〜終〜

(次回、新章「Summer」へと進みます)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る