第7話 ゆらゆら漂うように
買い物を少ししてから、巧の部屋に行く。
「何、買ってきたの?」
「……シーツ。
「……」
「……」
「変なこと気にするよなぁ。こうして会ってることのほうが、さ」
「はい……後ろめたいですよねぇ」
正座のまま、うつむきがちな姿勢になる。巧がアイスティーを入れてくれる。
「紅茶、珍しくない?」
「ん? 前に
「そう……」
ティーポットでいれたわけではなかったので、ペットボトルの紅茶はほどほどの味だった。
「シーツ、替えていいかな?」
「……勘違いしてるみたいだけど。千寿、毎日来てるわけじゃないから、瑠宇の来た翌日にはちゃんと洗ってるよ」
「あー、そうなの? じゃああげる。うち、サイズ違うから。今度、買い替えるの」
「俺の趣味じゃないってすぐバレるよ」
ふたりでシーツを挟んで、じっと黙り込んだ。
虚しい時間だけが確かに過ぎていった。
「なんか、なんだからわたし、帰るわ」
「何それ?」
「ひとりでバカみたいだなぁって思って」
手首をがっちりと掴まれる。ちょっとやそっとじゃ解けない。
「瑠宇、千寿と別れる」
「何それ?」
「別れるよ。変な気、遣わせたくないし……。元々、瑠宇と離れられるかもと思ってつき合ったんだし。……なんか合わないし、さ」
「それはそっちの問題じゃん。わたし、別れてくれって頼んでないよ?」
「頼まれてないから大丈夫だよ」
そのまま手首を引かれて、がくんと
「……キスしたいから、そのまま膝の上に座ってて」
甘く囁かれてドキドキする。やっぱりここに来たことは間違いだったんだという思いが頭から離れない。
「俺と千寿が別れるからって、何も瑠宇に要求しないよ。ただ、瑠宇が何かあったときの逃げ場所になりたいし、すぐに駆けつけたいだけだよ」
そんな風に言われると……とても気分がよくなって、巧にすべてを委ねたくなる。
「……大学のときみたいに?」
「そう。『 何かあったらいつでもおいで、俺はいつでもここに居るから』って、言ってやれるじゃん?」
巧の目を見て話を聞いていると、本当にそんな日が来るのかもしれないと思ってしまう。そしてやっぱり怖くなる。そうなったら、わたしは本当に
どっちも選ぶのは、絶対に無理なんだ……。
ゆらゆら水槽の中を漂うようにマンションの前まで歩いて帰った。千寿ちゃんは帰ってこなかったけど、黎が早く帰ることはあるかもしれない。
……今日は、秋刀魚と肉じゃがにしよう。この時期の大根は高いけど、おろしにするなら仕方がない。
大根と秋刀魚を引きずるようにしてマンションまで来た。
ああ、まただ。
こんなに大きな地震じゃ立ってられない。
しゃがみこむ。それでもバランスを崩してお尻からひっくり返る。耳が、ツーンというハイトーンの音を響かせる。
スマホ、スマホは……。
いっそ床に横になってスマホを開く。
『今日は遅くなる、ごめんね。夕飯、食べてから帰るよ 』
滅多にないことなのに、黎は残業だ。
……巧。本当に来てくれるの?
直接、電話する。
怖くて涙が止まらなかった。
「瑠宇? どうした?」
「巧……怖い」
今の状況を話すと、「すぐ行く」と彼は言った。その裏で甘えた声で「どこに?」と千寿ちゃんが聞いたけれど、通話は途切れた。
どうなるのかわかんない。
ああ、でも今はとにかく休んでいよう。
わたしはそう思って、重い体をソファまで運んだ。
『鍵、開けられる? 』
あ、と思ってふらふらしながら玄関に向かって鍵を開ける。鍵を開けると、巧の顔が見えた。
「……ありがとう」
「めんどくさいから、チャリで来た。お前……すごく顔色悪い」
巧は靴を脱ぐと、わたしの脇の下から腕を回して、わたしをベッドに運んだ。
そうしてベッドの横に座ると、話し始めた。
「秋刀魚……チルドにしまってくれる?」
「あとは?」
「お肉としらたき」
巧がうちの冷蔵庫を開けているなんて、予想もしなかった。
「で、何があったの?」
「……買い物したの。それで家に入ったら、いつものが。いつもより酷くて」
巧はベッドサイドに腰掛けて、わたしの髪をくしゃっと撫でた。
「こういうの見てると、いつでもそばにいてやりたい、守ってやりたいって思う。黎だって同じだと思う。……でもさ、俺がいると、瑠宇は辛いんじゃないの? それがストレスなんじゃないの?」
わたしは小さな子供のように布団の中に隠れることしかできなかった。耳鳴りと頭痛がした。
「瑠宇。愛してるよ、ずっと前から。あいつより前から。絶対に不安にさせない。一生をかけて守るって誓うよ。いろんなことを精算して、俺と結婚しよう」
「なんか、狡い……」
「男は狡い生き物なんだよ」
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