第3話 ダメ女と王子様

 たくみと再会してから、1年になる。

 つまりわたしはこの関係を、1年も続けているわけだ。最近では開き直って、「ダメ女」と心の中で自分を呼んでいる。


瑠宇るう?」

「はい」

 れいがため息をついて笑う。仕方がないなぁ、という表情。

「考え事、してたでしょう?」

「あ、そうなの! さっき通り過ぎたお店に好きそうなワンピースが」

「オレも見たよ。好きそうだと思った」

 手を引かれて、さっきの店に戻る。マネキンが、アイボリーの綿麻のワンピースを着ていた。夏の終わりなので、半額だ。


「買ってあげようか?」

「え、いいよ。こういうのいっぱいあるし」

「半額だし。試着しておいでよ」

 こういうときの黎は少し強引だ。なんでも尻込みしてしまうわたしの性格を後押ししてくれる。

「……どう?」

 カーテンを中途半端に開けて、見てもらう。


「どうせなら、ちゃんと見せてくれないと」

 用意されていたサンダルを借りて、黎に向き直る。ローウエストが、今風じゃなくてかわいい。

「ほら、やっぱり似合うじゃん。瑠宇のこと、待ってたんだね、服が」

「……着替える」

 何年つき合ってても、恥ずかしくて顔が上げられないことはよくある。黎は申し分のない旦那様だ。


 マンションのおば様たちをうならせる程、イケメンで、優しくて、ちょっと嫉妬深い。いつでも王子様みたいな人だ。

 わたしのワンピースをさらっとゴールドカードで払ってしまうあたり、ほれぼれしてしまう。




「ご飯、行く?」

「うん、ここ何があったっけ?」

 ふたりでフロアマップを見ていると、偶然、巧と千寿ちずちゃんに会った。……ばったり、とはまさにこのこと。

「巧、久しぶりだな」

「おお、黎、仕事上手くいってる?」

「ミスしないかドキドキだよ」


 ……わたしにはそういうこと、話さないのになぁ。また目眩起こすかもしれないから? それくらいで目眩起こさないよ。

 フロアマップを見ていたわたしと黎もかなり近い距離にいたけど、巧と千寿ちゃんは恋人つなぎだった。要するに、指を絡めて……。

 つい、ガン見してしまう。


「高品先輩、この前はケーキ、ありがとうございました! みんなすごく喜んでましたよ」

 わたしはギョッとした。

「い、いいのよ別に。わたしもたまには外に出ないとね」

「瑠宇は家に居すぎる。けど、ちゃんと涼しくして行ったの?」

「うん、日傘もさしていったし」

「アスファルトからの照り返しが怖いんだから、水分摂って行きなさい」

「はぁい」


 黎はわたしの保護者でもある。

 まぁ、わたしが体調を崩しやすいのがいけないんだけども。ひとりで外に出るとすごく心配する。


「お前たち、昼食べた?」

 黎が声をかけた。

「まだ。どこか一緒に行く?」

「んー、迷ってるんだよな」

 男ふたりでマップを延々と見ている。


 千寿ちゃんと目が合った。

「……黎先輩って、やっぱりかっこいいですね?

 わたしもあんな風に言われてみたいけど、巧くんはあんまり喋らないからなぁ、無理かも 」

 ずきん、とする。

 人から巧の普段の姿を聞くのも嫌だったし、黎の何も知らないくせにとも思った。欲張りだ……。


 ごめん、千寿ちゃん。

 わたしたちのトライアングルにあなたは入ってない。

 だって巧はわたしといるときは普通に喋るし、黎にも欠点があることをわたしと巧はよく知ってる。




「女子ー、移動」

 黎がもやもやしていたわたしを引っ張って、腰に手を回した。知り合いの目の前でそれはやりすぎじゃないの、と思ったけれど、黎は誰の前でも関係ない人だ。猫のような気ままさが、彼にはある。

 仕方がないのであきらめて、されるがままになる。自然、彼の肩に頭を寄せる形になる。


「何食べるの?」

「美味しいもの」

「黎のいじわるー」

 世の中の人たちはわたしたちをさぞイチャついたカップルだと思うだろう。イチャついているのだから、仕方がない。


 巧と千寿ちゃんは言葉少なげに後をついてくる。千寿ちゃんが、

「先輩たち、仲がいいよね、むかしから」

 と言うのが聞こえる。そうなの。だから、断ち切れるものは断ち切れればいいのに……。




「えー? ピザのビュッフェ、ムリだって!」

「先輩だけですよ、わたしこの前、巧くんと来て、けっこう食べました」

「大丈夫、元はオレが取るから……瑠宇とは普段、こういうとこ来ないから、たまにはいいじゃん」

 まあ、確かにわたしは少食だから、いつもならこういうとこは絶対パスなわけで。観念して、番号札を取る。


 お店の壁沿いに腰を下ろす。

「ごめんよ、ふざけすぎた? 巧がいるから学生時代みたいに盛り上がっちゃって」

「大丈夫だよ、そんなこと気にしてないから」

 髪の先をつまんで見ていた。

 しゃがんでいると、世の中の大半のカップルと思われる人たちが目の前を通って行った。

 ちらり、と見ると千寿ちゃんはご機嫌だ。巧は……わたしと同じように壁にもたれて、言葉少なげだった。


「巧たちのこと、気になる?」

「え? ……よそのカップルってどうなのかなー、とか?」

「じゃあさ」

 黎はしゃがんで、まるできちんとした仕事をしているサラリーマンとは思えないようなキスをした。気づいた人たちは、小さい声で「きゃー」と言って行った。

「黎……こんなところで」

「関係ないよ、瑠宇はオレのだもん」


 抗う間もなく、柔らかい舌先が入ってきて頭の中がぐちゃぐちゃになる。……人前じゃなければ、このまま溶けてしまってもかまわないのに……。

 黎の後ろ頭を、巧が持っていた情報誌で思いっきり殴られる。

「おい、そこの。公衆の面前だぞ。うちでやれ、うちで」

「ごめん、ごめん。疲れてる瑠宇もかわいくって」

「変態か、お前は」

「瑠宇に関してはね」


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