戦い

第28話 開戦

 帝国の東端を護っていた防衛部隊が一撃で壊滅した。指示を出す間もなく、開戦の次にもたらされた情報がそれだった。


 何が起きたか分からなかったというのが正直な感想だった。

 たしかに異界からの侵攻があるというのは想定していた。だが、ミルザーム国が異界の魔獣を使って攻めてくるというのがどういう事なのか想像できていなかった。その規模は想定の範囲を超えていたのである。


「リヒト将軍。防衛に出ていた軍はほぼ壊滅し、撤退が始まっています」

「各地よりかき集めろ、西側は最低限の兵を残せばよい。まだ、人間に侵略されるならば帝国の民も生きていける」


 帝国東部の防衛部隊は真っ先に壊滅し、帝都にはすぐに対策本部が設置された。迎撃の部隊を率いるのは俺になった。前回の戦いでの功績を考えれば誰からも反対意見は出なかった。しかし、それは俺の他に使える指揮官が皆無という事を露呈していた。


「ダン殿たちに帰ってくるように連絡を入れましょうか」

「間に合わん、間に合ったとしてもダンの力で覆るような戦局ではない」


 情報は錯綜している。だが、確実なのはただでさえ強いソードマンを擁するミルザーム国に異界の魔獣で編成された部隊が先発となって襲い掛かってきているという事と、見たこともない異界からの者たちがそれに混じっているということだった。


 狼と虎を合わせたようで、黒色の毛に覆われた四足獣を我々の世界では魔獣と呼ぶ。だが、それ以外のものを何と呼べばよいのか、古い文献に名前があるものもあれば初めて目撃されるであろうそれもいた。


 帝都より東は諦めるしかない。総力を集中させることで各個撃破を阻止させ、他国からの援軍を期待する。その援軍というのがどこから来るのかは知らないが、それでも現状でできることとはそれだけだった。


 こういった時に奇策というのは悪手でしかない。また、異界からの魔獣と言えども補給がなくては活動できるはずもない。東側には撤退の指示を、西側には集合の指示を出し、防衛線を構築することにした。帝国の領土の大半が蹂躙されるこの案に、明らかに反対してくる者たちが多かったが、すべて黙らせることができた。それだけの功績を俺は積んだということだった。


「過去の、異界の資料を集めろ」


 命令した後に気づく。この数か月はそれを集めて読みふけっていたのだ。

これ以上の情報というのはない。


「ダン、急げ」


 聞こえるはずもない命令を、忠実な護衛は遂行してくれるのだろうか。すでに知り得た情報を元に考えると、フェニックスが到着するまでに戦線を保たせることができるかどうか、俺は親友を相手にそれができる自信は全くなかったのである。


 だが、やらねばならない。これから先、少しのミスですら命とりになる。すでに分かり切っている事を、自分に言い聞かせた。



 ***



「賢者エイジを頼ろう」


 フジテ国へと戻った僕たちの結論はそうなった。すでにミルザーム国は帝国に侵攻を始めている。周辺諸国にまで攻め込もうとしているミルザーム国は孤立無援のはずであるが、どの国もその勢いを止められない。

 兵の数においては数倍から十数倍を誇る帝国ですら、初戦で撃滅されたことで士気の衰えは隠しきれていなかった。現在はリヒトが指揮する防衛線でなんとか食い止めている所なのだという。フジテ国で手に入る情報というのはこのくらいだった。


 本格的にはフジテ国には攻め入られていない。だが、国境付近ではすでに魔獣による村々の被害が出ており、フジテ国王都には難民たちが詰めかけていた。皆、ミルザーム国から離れて北へと逃げようとしている。だが、これ以上北には険しい山々しかない。どこへ行こうというのだろうか。


「帝国がいつまでもつか分からん。いま、俺たちが帰ったところで戦力になるかどうかも分からんしな」

 ラングウェイは、それよりも異界の入り口をどうにかしなければ、異界からの援軍を止められないだろうと予想した。しかし、その異界の入り口というのはミルザーム国のどこにあるのか分からない。


「それで、いけ好かない案ではあるが賢者エイジを頼ろうというのだ」

 ラングウェイはその賢者エイジの事があまり好きではないのだという。だが、その知性と知識には一目置いているようだ。特に自分の知らない事を多く知っているというのを評価しているという。


「その、賢者エイジはどんな奴なんだ?」

 他の仲間を代表してコラッドが聞いた。僕とラングウェイ以外は賢者エイジに会ったことがない。フジテ国の山中に引きこもっている賢者エイジにはそれなりの理由がある。


「最初は、そんな田舎にこもっている時点で賢者と呼ばれるべきではないと思っていたんだがな……」


 自分自身もその賢者エイジを胡散臭いと言っていたラングウェイが、宰相と同様に賢者エイジの正体を言い渋った。たしかに、会ってみれば分かる。僕も他の仲間にはそう言うしかなかった。なにせ、……どうせ信じてもらえない。


「それで、その賢者エイジってのは、異界の入り口を知っているというのか?」

「知っていないかもしれない。だが、それを探る術をしっているはずだ」

 僕もそのラングウェイの意見に賛同である。賢者エイジであれば、という想いが強い。それ以外に僕らのこの現状を打破する方法が思いつかなかった。


 帝国に急ぎ帰ったとしてもミルザーム国の軍勢は帝都に迫っているだろう。そこでフェニックスが活躍したとしても、異界から援軍がくるこの状況ではジリ貧だった。まずは、僕らで異界の入り口を潰し、それから世界中でまとまって異界からの侵攻を抑えなければならない。


 世界をまとめる役はリヒトがやるだろう。彼にならば、それができると僕は信じている。ならば、僕の役目は決まった。


「急ごう」

 すでに仲間たちが反対しないだろうという事は雰囲気で感じ取っていた。まさか、僕がこんな事を思う日が来るなんて想像もできなかったが、それだけにこの仲間たちは大切だ。


「どうせ、異界の入り口なんてミルザーム国の中心部にあるんだろうがな」

「情報ってのは非常に重要なものよ」

「一番敵が多いところに向かえばいいんじゃないか?」

 冗談とも本気ともとれる言葉を発しながら、皆が立ち上がる。ここから賢者エイジのところにまでは二日といったところだろう。準備は問題ない。


「ダン。帰ってきたら、大変な戦いが待ってるぞ」

「ああ、だがもう僕には死地は必要ない」

「それを聞いて安心した。お前がいなければ異界の入り口までたどり着かんかもしれんしな。カスミのためにも働いてもらおう」


 そっと刀に手を触れる。あと、どのくらい輩を斬ればよいのだろうか。だが、それを躊躇しても輩たちのためにはならない。早く、この元凶を突き止めて、切り裂くしかない。



 僕が先に宿を出ようとした時にミルティーレアがラングウェイに話しかけた。僕はその内容までは聞きとることができなかったが。


「信頼してるんだな」

「……あいつも、俺も、唯一無二だ。コラッドもアイリもそうだ。お前はどうだ?」


「…………ゆい……いつ…………?」

「なんでもない。気にするな」



 二日後、僕たちは賢者エイジの許にいた。

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