さらさら

 さらりと糸のように流れる長い髪に目が釘付けになる。


 夏はどうしたって汗をかく。服は汗を吸い込んで頻繁に洗濯しなければいけないし、肌はベトベトして気持ち悪い。汗をかくたびに川に飛び込むわけにもいかず、この時期になると村の女性たちは汗の匂いをごまかすために匂い袋を持ち歩いたりする。


 なかでも一番女性を悩ませるのは髪だ。髪が長ければ長いほど手入れは大変となり、夏場に綺麗な髪を維持しているのは一種のステータスとなる。


 そんな綺麗な髪が今リーナの目の前にあった。しかもリーナが今まで見てきたどんな髪よりも美しい。

 女の子なんだからもっとおしとやかにしろとか、落ち着けとか、もうちょっと身だしなみを整えろとか散々いわれてきたリーナでも思わず見とれてしまうような髪。


「クレア、それどうやって維持してるの」


 リーナの呼びかけに洗濯ものを干していたクレアが振り返る。その動きに合わせて桃色の長い髪が弧を描く。一本、一本、目で追えるほどはっきりと流れる髪にリーナはまたもや釘付けになった。


「それって?」

「クレアってすごく髪綺麗だよね。夏場は綺麗にするの大変だって、村の人達がぼやいてたのに」


 リーナの視線に気づいたクレアは目を丸くして、自分の髪をまじまじと見つめる。言われるまで全く意識していなかったという様子にリーナは驚いた。これほど髪を綺麗に維持しているのだから、日々相当な手入れをしているはずだ。


 村一番の美しい髪を誇る娘はそれはもう鬱陶しいほどに自慢していた。話を又聞きしたリーナはそこまでするかと呆れたのだが、思い出してみればクレアがそれほど丁寧に髪を手入れしていた記憶はない。

 洗濯ものの入った籠を持ったままクレアは自分の髪をじっと見つめて、それから薪割りをしているヴィオへと声をかけた。


「ヴィオ、私の髪の手入れって何を使っているんでしたっけ?」

「植物油に蜂蜜とか色々」


 クレアの問いかけにヴィオは迷うことなく答えた。その答えを聞いたクレアは満足そうに頷いて、だそうです。とリーナに笑みを浮かべる。

 そのやりとりにリーナは目を丸くした。


「クレアの髪ってヴィオが手入れしてるの」

「ああ、俺の趣味だ」


 薪割りを中断したヴィオはクレアの隣にならぶと得意気に腕をくんだ。クレアは隣でにこにこ笑っている。


「小さい頃からずっとですね。クレアの髪は俺が守るって」

「俺はクレアの桃色の髪が好きだから、いつまでも綺麗な状態でいてほしい。もちろん、髪以外も、クレアのことはすべて好きだぞ」

「私もヴィオのことが大好きですよ」


 クレアの髪を一房手にとり、愛おしげな顔をするヴィオ。愛の告白を当然とばかりに受け入れて柔らかく微笑むクレア。

 いつものことではあるが、さんさんと降り注ぐ太陽の下、こうもいちゃつかれると見ているこちらが暑い。周囲の温度が一度と言わず、数度くらい急上昇した気がして、リーナは手で顔をあおいだ。


 ヴィオとクレアはとにかく仲がいい。同じ紋章を体に刻んで生まれてくる異種双子という存在は仲が良いことで有名だが、その中でも周囲が呆れるほどだと聞いた。ヴィオがクレアの身の回りの世話を嬉々としてしたがり、家事なんかも一人で全部しようとするのは知っていたが、髪の手入れまで行っているとは思わなかった。


「色々っていってたけど、植物油と蜂蜜の他になにを使ってるの」


 このままだと永遠にいちゃついていそうなので声をかける。お熱い二人にあてられたくなかったのもあるが、単純に興味があった。知識欲は人一番強い自覚がある。


「季節とか、クレアの体調とか、気候にもよって変えてるな。よく使うものだと……」


 そういってヴィオは指折り数えて植物の名前を羅列する。リーナが知っているものもあれば初めて聞いたものもある。よくもまあ覚えられるものだと関心する量にリーナは頭がクラクラしてきた。


 ヴィオは勉強は苦手だと言っていたが嘘だ。クレアに関わること以外興味がないから覚える気がなかった。それが真相に違いない。


「それを日によって配合変えてるの?」

「そうだな。クレアの髪の調子に合わせて変えてる」

「私もそこまで細かな調整をしているとは思っていませんでした」


 クレアも知らなかったらしく目を丸くしている。きっとヴィオが楽しそうだからと好きにサせていたのだろう。


「研究すればするほど効果が出るから面白くなってな。クレアが薬草の調合にのめり込んでるのと同じ感じだな」

「なるほど……。参考までに今までの調合は記録にとっていますか?」

「忘れないようにはメモしてるけど、見たいのか」

「ぜひ」


 トントン拍子に進む会話にリーナはついていけない。ヴィオは頭を使うよりも体を動かしたいタイプだと思っていたが、案外クレアと似たところがあるのかもしれない。

 いや、長年一緒にいるうちにクレアの気質がヴィオにうつったのかも。そうリーナは考えた。


「クレア、夏場はあんまり村に近づかない方がいいと思うよ」


 弾む会話の合間をぬってリーナはそうクレアに忠告する。クレアは不思議そうに、ヴィオは少しの警戒を含めてリーナを見つめた。


「そんな綺麗な髪じゃ村の女の人、嫉妬しちゃうから」

「……そこまでですか?」


 夏場とは思えない、さらさらの髪を一房持ち上げて、クレアは首をかしげた。


「そこまでだよ」


 女の子らしくないといわれるリーナですらクレアの髪に見惚れてしまったのだ。それを手に入れるためにたゆまぬ努力を続ける者にとっては目に毒だろう。しかもクレア自身の努力ではなく、ヴィオから捧げられた愛の結果だ。


 いつか素敵な誰かと添い遂げたいと望む夢見がちな女性からしてみれば憧れであり、嫉妬の対象にもなりえる。ただでさてクレアとヴィオはよそから来た身だ。揉め事は少ないに限る。


 まさか、言動以外でも見せつけられるとは。そうリーナは苦笑を浮かべたが、お互いのことしか目に入っていないクレアとヴィオはそろって首をかしげた。

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