side story

芽生え 前編

 自分の半身であり、可愛い妹ナルセの片割がルノディーノ家にやってくる。そう父からいわれたのはセツナが6歳の時。最初に抱いた感情は、好意的とはいえなかった。


 ナルセが異種双子という珍しい存在だということをセツナは幼くして理解していた。なにしろ多くの大人はナルセに珍しい生き物をみるような、不快な視線を向けていた。それだけでもセツナは腸が煮えくり返る思いだったが、ナルセの可愛らしい容姿を見ると大人たちは態度を変えた。上っ面だけの優しい笑顔を浮かべて、人間の幼子というよりは動物でも愛でるかのように下心丸出しでナルセに近づき、挙句の果てに無遠慮に触ろうとする。

 父や母も気にかけてくれたが限界がある。ナルセを守れるのは自分しかいない。自分がナルセを守るのだと、幼くしてセツナは決意していた。


 そんなセツナにとってナルセの片割というのは、歓迎できる存在ではなかった。

 ナルセがあのような不躾な視線にさらされ、危険な目にあうのは異種双子として生まれたからである。

 同世代に比べると聡明だといわれるセツナだが、全てを割り切れるほど大人にはなれていなかった。


 とくに、片割の種族が鬼だという事実が、セツナの警戒心を強めていた。

 鬼という種は傲慢で、頭が固い。自分たちのテリトリーから出てこない引きこもりだというのに、他の種をバカにし、近づいただけで暴力にでる。

 言葉の通じない野蛮人。そういった印象を持っていたセツナには、ナルセの片割としてふさわしい種とは思えなかった。猫又やワーウルフ。翼種といった人と共存している、愛嬌のある種族であればよかったのに。なぜ、よりにもよって鬼なのだ。そう父から話を聞いてから、セツナはずっと思っていた。


 セツナが片割に対して良い印象を抱いていないというのに、ナルセはとても楽しみしているようなのが余計に腹正しかった。

 ナルセに怒りをぶつけることの出来ないセツナは、片割がナルセにふさわしくなければ追い出してやる。そう密かに考えていたのだった。


 そうしてやってきた、対面の日。

 客間にてセツナとナルセ、母親は片割を迎えに行った父を待っていた。

 隣の椅子に座ったナルセはソワソワと落ち着きがない。質素な服を着ても十分に可愛らしいのに、今日は一段と気合を入れてめかしこんでいた。お気に入りのドレスに、お気に入りの髪飾り。髪もいつもよりも念入りにとかした姿は、兄の贔屓目を含めても十二分に可愛らしい。

 どうだ。うちの妹は可愛いだろう。と自慢したい気持ちと、会ったこともない相手のために着飾っているという不満でセツナも落ち着かなかった。


 かくして父に手をひかれてやってきた少年は、口が裂けてもナルセにふさわしいとは言えなかった。

 同い年とは思えない小さな体に、やせ細った手足。髪は手入れをしていないのかぼさぼさで、長さだけは腰ほど。切りそろえることもせずに適当に伸ばしたと分かる風体に、セツナは顔をしかめた。顔すら長い前髪で見えないというのに、怯えた様子で下を向く姿はみすぼらしい。

 

 鬼という種は大きい。気難しい。そう事前に聞いていた話とはまるで違う姿にセツナは眉を寄せる。目の前にいるのは本当に鬼なのか。そしてナルセの片割なのか。だとしたら何て期待外れなんだろうと、セツナは少年に失望した。

 こんな貧相な子供がナルセの片割だなんて、認められるはずがない。ナルセだってこんな相手ならすぐ目を覚ますだろう。

 そう思ってセツナは、隣にいるナルセを見つめた。自分と同じく失望の色を浮かべているだろうナルセを慰めなければ。そう思ったセツナが想像したものとは、まるで違う表情を浮かべてナルセは少年を見つめていた。


 お兄様、お兄様とナルセはセツナを慕ってくれている。双子というのを抜きにしても、仲の良い兄妹であると言われ、セツナ自身も疑う気すらなかった。控えめで可愛らしい笑顔は自分と両親にだけ向けられる。そう思っていたのに、ナルセは初対面のみすぼらしい少年に向けて笑顔を浮かべていた。

 それも、セツナが見たことがない。一目で嬉しさが伝わってくるような、可憐な笑顔だった。


 ナルセは唖然とするセツナに気づかず、椅子から立ち上がると少年へと駆け寄った。

 ビクリと肩を震わせる少年の手を迷うことなくとって、少年の顔をのぞき込む。男だというのにセツナよりも数センチほど小さな姿に、セツナは顔をしかめたが、ナルセは全く気にした様子がなかった。


「私、ナルセと申します。あなたはのお名前は?」


 会いたかった。そう全身で訴えながらナルセは柔らかな笑みを少年に向ける。その笑顔は初対面の人間に向けるものとは到底思えなかった。

 ずっと会いたかった存在に出会えた。世界で唯一の愛おしい相手に向ける表情。そうだと感じ取ったセツナは、ナルセに置き去りにされたような気持になった。

 生まれてからずっと一緒にいた、大切な半身。それがこの瞬間に、自分の元から離れて行ってしまった。そう感じて、どうしようもなく隣が寒い。


「……青嵐」


 セツナの気持ちなど気づかず、セツナを視界にすら入れず、少年――青嵐は小さな声でつぶやいた。

 長い前髪からかすかに見える瞳が、先ほどの怯えた様子に比べて安堵しているように見えた。青嵐もまた感じているのだ。ナルセが自分にとって半身だと。


 そこは自分の居場所だったのに。

 そうセツナは叫びたかった。

 ナルセのことなど何も知らず、ナルセを守る手段も持ち合わせていないというのに、何で当たり前のようにお前がそこにいるんだ。そうセツナの中で強い感情がぐつぐつと煮える。

 まだ6歳の子供であるセツナには、言葉にするにも受け止めるにも、その感情は大きすぎた。


 だからセツナは逃げ出した。

 手を取り合うナルセと青嵐の横を向け、微笑まし気に見ていた父の隣を抜け、部屋を勢いよく出て、廊下を走る。

 お兄様! という戸惑ったナルセの声が聞こえたが、いくら可愛い妹でも引き返す気になれなかった。

 先に自分を置いてったのは向こうだ。そう今まで思ってもみなかった、強くて醜い感情が浮かび上がる。


 これも、それも、あいつのせいだ。青嵐のせいだ。

 そうセツナは思いながら、がむしゃらに走った。


 これがセツナと青嵐の出会いである。

 こうしてセツナの中で青嵐という存在はナルセをかどわかした相手。という最悪な印象で固まったのである。

 そんな初対面を果たして、関係がよくなるはずもなく、セツナは極力青嵐には関わらないように生活するようになった。気まずさからナルセからも距離を置くようになり、いつも一緒に行動していた仲良し双子は、周囲が心配するほどバラバラに行動するようになる。


 セツナがナルセ、青嵐と顔を見合わせるのは食事のときだけ。その少ない時間すらナルセや両親に話しかけられてもおざなりな返事しかせず、さっさと食べて部屋を後にした。

 勉強用の部屋で本を読んだり、自衛のためにと教わり始めた剣術の練習をしたり。

 ナルセがセツナを探しに来ることもあったが、その時は必ず隣に青嵐がいた。その事実が余計にセツナを意固地にさせて、セツナは徹底的にナルセと青嵐を避けて過ごした。

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