第一章 3 feat.cooler

3

 スっ――と。


 音もなく引き抜かれたそれらは、黒と白という相反する色を纏っていた。

 右手には、吸い込まれそうなほどに深い漆黒の黒刀を。左手には、穏やかな午後の日差しを受けてキラリと光る白銀の脇差を構え、僕はスキルを行使する。


「スキル《隠密》発動。続けて、スキル《身体強化》発動!」


 この二振りの刀は、一般に“魔剣”と呼ばれる特殊な武器だ。

 この二振りは、僕が若い頃に迷宮(ダンジョン)と言われる、侵入者を排除する仕組みが未だに稼働している古代遺跡に挑戦して、奇跡的に獲得できたもので、普通の魔剣よりもずっと強力だ。


 魔剣とは、スキルという形で特定の魔法を無詠唱で行使できるようにしてくれるものを指す。

 この二振りは普通のものより高い効果のスキルが使え、何より複数のスキルがある。


 今使ったのは、黒刀のスキル《隠密》と、脇差のスキル《身体強化》だ。


 目の前で使っても見失いかねないほどの《隠密》と、身体能力が約3倍に向上する《身体強化》。

 どちらも燃費は良いが、効果が高いのでそれなりの魔力を刻一刻と消費していく。


 パンの木に正対して腰を落とし、黒刀の刃を返す。

 そして力強く踏み込み、一息に距離を詰める。


「スキル《峰打ち》発動――なっ!?」


 刀の峰を打ち込まんとした時、木の幹に不気味な顔のような模様が浮かび上がってきた。

 僕がそれを不審に思いつつも気にしないようにして打ち込むと同時に、蔓が僕に襲いかかってきた。


 黒刀のスキル《峰打ち》は、相手に気付かれずに峰打ちをすることで、相手を確実に失神させることができるスキルであり、眼の無いパンの木に対しては、視覚以外なら完全に遮断できる《隠密》と併用すれば無敵のはずだった。


「スキル《衝撃緩和》!スキル《斬れ味上昇》!」


 恐らくあの模様になにかあるのだろう。

 しかし、考えている暇は無い。


 脇差のスキル《衝撃緩和》と黒刀のスキル《斬れ味上昇》を即座に行使し、撤退のための迎撃を試みる。


 まずは左上から迫る蔓を脇差でいなし、ほぼ同時に右から迫る蔓を切り払う。そしてパンの木が少し怯んだところで逃げる――つもりだったのだが。


 左はいなし切れずに手が痺れて。その事実を受けて咄嗟に角度を付けた右は蔓を浅く斬っただけに終わって。迫りくる更なる蔓の前に背を向けて逃げ出すという選択肢は無くて。


 慌てた僕は、何とか迫る蔓に黒刀を合わせるが、直前で取り落としかける。それでも何とか握り直した黒刀は、刃が返っていて峰の部分を蔓に向けていた。


 もうダメだ――。


 そう思って目を瞑ってしまった次の瞬間。

 右手に衝撃が走り、直後にドサッという音がした。


 そして恐る恐る目を開けると、

 ――目の前には沈黙したパンの木があった。

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