砂星の舵取

あれくとりす

プロローグ

砂星の降る街

 空と地を繋ぐ柱の如く、無数のビルが立ち並ぶ大都会。

 

 人々は、時に電話をしながら、時に運転をしながら、時に何かを食べ歩きながら、ビルの間を我が物顔ですり抜けて行く。

 

『本日午前10時頃、仁賀村のサンドスター火山が大規模な噴火を起こしました。気象庁によりますと、火山は──』

 

「わっ最悪、アイス服に付いたんだけど」

「えー? トイレ行かなきゃじゃん」

 

 駅前の広場。

 アナウンサーが淡々と話す様子が映し出されたビルの麓で、若い女性が悪態をついた。

 

「このアイス、映えるけど食べにくいわー。あそこのクレープ屋に変えよ」

「そうだねー、ごちそうさまー」

 

 3色に彩られたソフトクリームは、ぐしゃっ、と音を立てて地面に打ちつけられた。

 その様子を見たスーツ姿の中年男性が、ふん、と鼻を鳴らして通り過ぎてゆく。それからは、潰れた2つのアイスに関心を寄せる人間は誰もいなかった。意図的なのか無意識になのか、人々は器用にアイスを避けながら歩いてゆく。

 

 アイスが溶け、3色の色が変に混じり始めた頃、1羽の鳩がその場に降り立った。もちろん、人々は鳩にも関心を寄せない。

 鳩の目的は、ソフトクリームのコーンである。どろどろに混ざったカラフルな塊には目もくれず、コーンの欠片だけを器用につまんでゆく。

 

 空腹を満たしたのか、鳩はやがて、人混みから飛び立った。バサバサと、翼が空気を切りつける音が人工音に入り交じる。

 鳩はそのまま、人混みの数メートル上を飛び、やがて上昇した。ビルの谷間をすり抜ける人々を見下すように、優雅に。細長く突き出た電波塔の脇を通り抜けると、女性の賑やかな声が聞こえてきた。

 

「さぁ、バードショーもいよいよ大詰めとなりました。日本一高い動物園の、日本一高いバードショー。クライマックスを飾るのは、ハヤブサの伊吹ちゃんでーす!」

 

 女性の声に少し驚いたのか、鳩は右に方向転換した。

 賑やかな屋上に目を向けると、先程の女性がグラウンドの真ん中に立ち、観客に囲まれながら声を上げていた。

「それではご覧下さい! とーっても早いので、瞬きは厳禁ですよー!」

 観客から笑いがこぼれる。

 女性から少し離れた位置に立つ男性が、疑似餌の付いたロープをぐるぐると回し始めた。それと同時に、観客の後ろから鳩と同じくらいの大きさの鳥が放たれる。その鳥は、観客の頭上すれすれを猛スピードで飛び、「おーっ」という歓声を呼んだ。


 鳥が疑似餌を追い始めた瞬間、アナウンスの女性が、「あっ!」と声を上げた。

 女性は上を見上げている。観客も、疑似餌を回している男性も、女性に続いて上を向いた。

 

「あっ…」

「えっ? 何アレ…」

 観客がざわめき始める。人々が指差す先では、四角く透き通った物体が、きらきらと輝きを放ちながら落ちてきていた。

 しばらく呆然とそれを眺めていた女性が、はっとして声を上げた。


「!! 星野くん、ルアー止めて!!」

 

 男性もはっとして、疑似餌を持つ手を止める。同時に、鳥の飛翔速度もダウンした。

 

 四角い物体は、高速度で落下し──

 

 吸い寄せられるように、飛んでいた鳥の体にぶつかった。

 

 アナウンスの女性は見開き、両手で口を塞いだ。男性は、口をぽかーんと開けながら唖然としている。

 観客達も、「あっ!」と驚きの声を上げた。

 物体と衝突した鳥はその場で動きを止め、眩しい光の塊となった。

 ざわめきが、騒ぎ声に変わる。

「何アレ!? 大丈夫なの?」

「おい、スマホスマホ! 動画撮っとけ!」

「ねぇ、さっきのってもしかして…」

 

 光の塊は人間と同じくらいのサイズにまで膨れ上がり、地面にゆっくりと落下した。

 観客の1人が、光を指差しながら呟いた。

 

「…サンドスター?」

 

 瞬間、光がぱっと飛び散った。

 光の中から現れたのは、先程までいたはずの鳥ではなく、1人の少女だった。

 黄色い軍服のようなジャケットに、茶色いスカートを履いている。何よりも特徴的なのは、頭から生えた翼と、腰の辺りから出ている尾羽のようなものだった。

 

 人間と動物の、中間的な姿形をした生き物──

 

 人々は、その存在を知っていた。

 

「フレンズ?!」

「あれってフレンズじゃん!」

「フレンズだ!!」


 観客から、次々と声が上がる。途端に人々はスマートフォンを構え、少女の撮影を始めた。

「さっ、撮影はお控えください! 撮影はお控えください! お願いします、撮影は…」

 アナウンスの女性は少女の前に立ちはだかり、慌てて釈明を始めた。しかし、観客席は女性よりも高い位置にあるため、女性が立ちはだかる意味はなく、人々は写真や動画を撮り続けている。

 

『青葉シティ動物園でバードショー見てたら、サンドスター飛んできたんだけど!!』

『ヤバい! 目の前にフレンズいる(゚Д゚* )』

『初めてフレンズになる瞬間見たw #青葉シティ動物園』

 

 トレンドのトップをあっという間に陣取った張本人は、人々の注目など気にもせず、その場に座り込んだまま、顔の前で両手を握ったり開いたりしていた。

 

「…何だ、これは?」

 

 両手を見ながら顔をしかめる少女に、疑似餌を持っていた男性が駆け寄った。

 

「おっ、オレのこと、分かる…?」

 

 必死に自分を指差す男性を見て、少女は首を傾げた。

 

「誰だ?」


 はっきり即答され、男性は眉をひそめた。少しうつむきながら、ぼそっと声を出す。

 

「…そうだよな……」

 

 落ち込む男性を気にも留めず、少女はゆっくりと立ち上がり、歩き出した。

 

「えっ、ちょっと!!」

 アナウンスの女性が、慌てて少女の腕を掴んだ。

「何だ?」

 少女は女性を睨みつけ、掴まれた手を振り払った。

「まっ、待って、どこ行くの!」

 また歩き始める少女を追いながら、女性は叫ぶように問いかけた。

 

「どこへ行ったって良いだろう、私の勝手だ」

 少女は涼しい顔で答えた。

 

 女性は「えーっ!?」と、肩を落とす。振り返ると、先程の男性が、よほどショックを受けたのか、うつむいたままその場に立ち尽くしていた。

 少女の方に目線を戻すと、少女は柵に手をかけ、下を見下ろしていた。

 観客は、揃って少女にレンズを向けている。

 

「待って! もし飛べなかったら、死──」

 

 女性が手を差し伸べようとした瞬間、少女はふわりと柵を跳び越え、そのまま落下した。

「あーっ!!」

 女性は柵から身を乗り出し、落下した少女を目で追った。観客も立ち上がり、ビルの谷底を覗き込む。

 瞬間、「おーっ」という歓声が観客席から上がった。

 

 少女はそのまま落下し続けるかと思いきや、すぐにふわりと宙に浮いた。そして頭の翼をはためかせながら、屋上よりも高い高度にまで上昇する。

 

 その一部始終に、観客は本来のショー以上の歓声を上げた。

 我に返った男性は全速力で柵まで駆けつけ、声を張り上げた。

「待ってくれー! 伊吹ーっ!」

 少女は振り返ることなく、そのままビルの向こう側へと姿を消した。

 男性はその場で膝をついた。女性は傾けていたマイクをくいっと上げ、スマホの画面を満足そうに見つめる人々に声をかける。

 

「ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございません…! 撮影した動画や画像は、ネット上には掲載しないようお願い致します……只今協議中ですので、もうしばらくその場でお待ちください…!」

 

 気の抜けたアナウンスをバックに、職員が数人グラウンドへ出てくるや否や、話し合いを始めた。

 

『サンドスター火山の噴火により、多数の動物園や地域で動物のフレンズ化が確認されております。フレンズを目撃した場合は、決して話しかけず、管理センターへご連絡ください。また、火山の麓には絶対に近づかないでください。サンドスターが人体に影響を及ぼす可能性がありますので、……』

 

 駅前の広場では、数人の通行人が足を止め、建物の壁に映し出された液晶を見ていた。液晶には、先程よりも少し動揺した様子のアナウンサーが映っている。

 

「わ、ヤバ! これマジで!?」

「何ナニ、フレンズ?」

 生クリームがぎっしりと詰め込まれたクレープを頬張りながら、女性がスマートフォンの動画を見せた。もう1人の女性は、目を丸くする。

「え、ウソ!? 青葉シティ動物園って、すぐそこじゃん!」

 動画は、柵を跳び越えて飛んでいく少女を撮ったものだった。SNSに投稿されていたもののようだ。

 

 2人がビルの液晶を見ようと顔を上げた瞬間、「えーっ!?」と「おーっ」の混じった歓声が、人混みを包んだ。

 瞬間、川のように流れていた人々の動きが、ぴたりと止まった。

 

「えっ、ちょっ、ちょっと佳菜!!」

 女性の1人が、上空を指差す。もう1人の女性は、慌てて顔を上げた。

「えっ、何……あっ!!」


 人々の目線の先では、先程、女性のスマートフォンに映っていた少女が、我が物顔で上空を飛んでいた。

 

 



 

 ここは、人とフレンズが共に生きる世界。

 

 

 

 しかし、ここ・ホートク大陸では──

 

 

 人とフレンズが、『共存』できていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る