忍び寄る漠然とした不安


 翌日、ダイニングにランドーと隣り合って席を取ってもらった瑠海は、昨日のバカな妄想を色々思い返していた。


 王子が恋した相手が人魚なんて、それが事実なら冗談では済まされない超一級的に深刻な話だ。


 テーブルの向う側では、フローラとローザンブルグが仲睦まじく赤ん坊にリンゴを擦り下ろして食べさせている。


 そしてもう一方では、王と王妃が秘かにそっぽを向き合いながら会話も無く食べている。


 シャルルは食事に手も付けず、溜息混じりに窓の外を見ていたが急に立ち上がった。


「父上、母上。縁談の事、お断りします。」


 突然の発言にダイニングルームは騒然となった。瑠海はシャルルの考えに見当も付かず、いや、思いっ切り付いてしまうだけに手が震えだした。


「何を言い出すの、こんな所で。」


「皆にも聞いて貰いたいのです。こんな気持ちのまま誰かを妃になど、考えられない。」


「貴方も18です。そろそろ婚約者を決めておいた方がいいと思ったのよ。」


 昨晩の家族会議の議題は、ランドーの予想通りだったようだ。


 瑠海は、シャルルが何と言うのかと気が気ではなかった。口が裂けても、彼の恋の相手が事もあろうに人魚などと、王や王妃に言ってはならないと思った。もし、それが知られたら、ランドーの立場はどうなるか分かったものではない。ただでさえ王の彼に対する感情はどこか捻くれているのに。監督不行き届きで失脚、そして投獄。もっと悪くすれば、追放、暗殺、なんて事にならんとも限らん。


「誰ぞ、心に決めた者でもおるのか?」


 国王は、内心物凄く神経質で短気なようだ。それでも、ローザンブルグの手前も有るのか、寛容に装いシャルルに言ったように聞こえた。


「いえ……そんな訳では……」


 シャルルの言葉に瑠海はホッとした。


「ならば、何が不足だと言うのだ。」


「まだ、早過ぎます。」


 国王は苛立たしそうにランドーを見た。


「補佐役として、不行き届きだなフィリップ。甥と言うだけで、少々重責に就かせ過ぎたか。これは以前から決まっていたのだぞ。もし、この話が壊れたら、責任を取ってもらう。」


「申し訳ございません、陛下。」


「父上、フィリップには何の関係も有りません。私の様な未熟者が、あの様に聡明な姫君と釣り合う筈が無いのです。何と言えばいいのか……天と地程も幼稚な私の元へ、姫が来て下さる訳がありません。」


 瑠海はあくまで平静を装う王を見た。王はランドーとシャルルの仲が元に戻った事が気に喰わないのかもしれない。二人の結束が堅くなれば国は安泰だと言うのに。


「これは昨夜も申した通り、国家繁栄の為の言わば契約だ。先方も承知しておる。」


 国王はキッパリと言った。


「気に入った娘がいれば、何人でも側室に迎えるがよい。ただし、正室はソフィー王女だ。よいな、シャルル。」


 唇を噛んで目を反らし、シャルルは席を立って部屋を出て行ってしまった。王妃は慌てる様子も無く立つと、彼の後を追った。国王はさして期待しているでもなく瑠海を見た。


「巫女として、何かよい知恵は無いものか?」


 いきなりお鉢が廻って来た。何気無い言葉だが、自分に向けられると更に妙なものを感じる声だった。試されているのだろうかと思い瑠海は、隣に座っているランドーを見た。


 思った通りにお答えしろ、と小声で言われたが、意見と言われても、他の人を密かに想い、縁談を渋る人を説得してその気にさせるなんて技はこの年で持ち合わせている訳が無い。とにかくこの場は穏便に、それしか無い。


「王女様に、殿下宛のお手紙をお願いしては如何でしょう。祝賀会の折りには、王女様は、中々殿下とお話が出来なかったご様子でした。お話が既に進んでいるのでしたら、きっと王女様は気に止めておいでです。それをお読みになれば、お優しい殿下の事です、縁談の事もご自分からお立ちになられるかもしれません。」


「気の長い話しよの……」


 王は退屈そうに溜息をついた。


 話を聞いていたローザンブルグが呟いた。


「……手紙ですか。それは良いですな。」


 それを補足する様にフローラが微笑んだ。


「叔父上、シャルルはまだ純情なのよ。だから、手紙の遣り取りから始めさせたらどうかしら。それで互いの気持ちが通じれば、何もかも上手く行くわ。もちろん燐国との結び付きも万全よ。ごり押しは逆効果よ。」


「そう思い通りに運ぶだろうか。契約とは言ったが、それではあまりに不憫だと思うて。」


 瑠海には、王のその言葉が何故か偽りに聞こえてしまうのだ。


「晩餐の折も、姫は殿下がお相手をなさらないので、とても残念そうなご様子でしたね。」


 二人の言葉に瑠海は心の中で手を合わせた。とにかくこの場はなんとか納める事が先決なのだ。シャルルを説得するにしても、今この場ではどうする事も出来ないのだから。


 国王は溜息混じりに言った。


「いずれは、どう転ぼうと輿入れは決まっておる。手紙か。それも一興かもしれぬな。」 


「ありがとう、叔父上。」


 瑠海も思わず頭を下げた。


「有難うございます、国王陛下。」


 王が席を外し、ダイニングを出て行くのを見届け、瑠海はローザンルグとフローラに深く頭を下げた。


「いい考えだと思うよ。吾輩もフローラを口説く手始めに手紙を使ったのだからね。」


 フローラはクスクスと笑い出した。


「兄上達がああでも言って下さらなければ、陛下も引きようが有りませんでした。私からも礼を申します。」


 ランドーの言葉に、一緒に再度頭を下げる。


 何かを棚上げして出来上がった仮初めの平和な空気に、瑠海は密かに身震いした。




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