5 「君にとってはそうかもね。」



「なぁ、夕!お前も我らが同好会に入らないか?」


 先生が解散を宣言してすぐ、後ろの席の問題児石橋君が僕にそう話しかけてくるが、それより大事なようがあった僕は「ごめん」と一言断って、自分の用を果たすために席を立って帰り支度をしている彼女の席の前に立つ。今は、そんなことにかまっている暇はない。


「ねぇ、倉井さん、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 倉井さんはゆっくりと顔を上げ、僕の顔を見上げる形になった後、不機嫌そうに「何?」と聞いてくる。自分の帰り支度を邪魔されて不機嫌になる気持ちはわかるが、僕としてこの用事はとても大事だから知りたい。


「倉井さんは、さっき自己紹介で『一つの朝焼け』って名前で活動してるって言ってたけど、どうしてその名前にしたの?」

「別に、関係ない。」

「君にとってはそうかもね。」


 ただ、僕にとってそれは関係のあることなんだ。とても重要だと思うからこそ、こうして聞いているわけだしね。

 倉井さんは不機嫌そうな顔をさらにひどくするが、僕は気にせずに話しかける。


「ねぇ、名前をまねるなら他にもいろんな人がいるよね。どうして、その名前にしたの?」

「だから、関係ない。」


 倉井さんはそう言うと、鞄を掴んですたすたと教室を出て行ってしまう。だいぶ不機嫌そうなその様子から、その話をされたくないというはっきりした拒絶を感じる。ここで深追いしてもどうせ聞き出せないだろうし、仕方ないか。


「なぁ、夕。俺には何の話かわかんなかったんだが、お前、倉井さんを狙ってるのか?」

「違うよ。そういうわけじゃない。」


 恐る恐ると言った様子で僕に話しかけてくる石橋君に、思いのほかイライラしていた僕は冷たい返しをしてしまう。というか、今の会話で狙っていると思うものなのだろうか。


「じゃ、じゃあ、どういうわけなんだよ。」


 その質問に、僕は自分の頭に上っていた熱が冷めるのを感じる。確かに、他人にわかるわけないか。今のところ僕はただの頭おかしいやつだ。このまま頭おかしいやつでいるわけにはいかない。かといって事情を話すのも嫌だが、ここは仕方ないと割り切ろう。


「『一つの夕焼け』って名前で、僕は中学のころ絵を描く活動をしていた時期があったんだ。」

「一つの夕焼け?それって、倉井さんがさっき言ってたのに似てるよな。」

「うん。だから聞いたんだよ。僕はもうその名前を使わないだろうけど、いろいろと思い出のある名前だからね。勝手に似せられるのは気分が悪い。」


 それだけを聞くとくだらないと思うかもしれないが、僕にとってその名前は中学の頃にさまざまなことをした、思い出深いものなのだ。勝手に似せられるのは、描き手として許し難いものがある。今思い返せば、彼女の絵柄は僕の絵に似ていたから、僕の名前をイメージしているのはほぼ確実だと思う。せめて、理由は聞かせてほしい。じゃないとなんかすっきりしないから。


「その話をすればいいんじゃないか?」

「――それは駄目かな。」


 もう、その名前はあんまり使いたくない。今は変なやつと思われないために仕方なく使ったけど、使ってると嫌なことを思い出すから使いたくないものだ。嫌なことと言うのも少し違うか。僕が駄目だったってだけの話だし。


「石橋君、今の話は他の人には秘密でお願い。守ってくれたら知り合いのモテモテ君にモテるコツを聞いてあげるよ。」

「まじか!分かった、絶対言わない!」


 正直、今のは思い付きで言ったことで本当に釣れるとは思ってなかったんだけど、まさか釣れるとは。こんな簡単に釣れていいのか?ただ、石橋君はやっぱり単純だな。これから先もこのネタを使えばどうにかなる気がする。困ったときには使わせてもらおう。どうせいつまでに教えるとは言ってないし。


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