第42話  恐怖の館

 俺はマグナス卿との会見を控え、その前にいろいろ準備にとりかかった。

 まずは両掌に魔法陣の入れ墨だ。春日を助けるときに、両手の肉こそげ落ちちまったからな。新たに再生した掌にはもちろん魔法陣の入れ墨はない。だから再生する度に入れ直さなきゃならない。以前は職人さんにやってもらってたんだが、最近じゃ自分でやっている。その方がいろいろ好都合なんだよな。

 入れ墨に一日費やし、次の日はまだ後遺症でぼんやりしている春日に喝を入れて武器や魔法具の整備をさせた。

 最後の一日は休養と瞑想に当てた。術式を記憶に定着させ、いつでも使えるようにだな。


 そしてマグナス卿に会う当日。手紙には迎えの馬車を寄越すと書いてあったが、その通りに午後の三時にやったきた。

 箱馬車のタラップを使って乗り込むと、馭者は黙って出発させた。

 内装も豪華で、細部に渡って趣向が凝らしてある。ベルベットが敷かれた座席の座り心地も良い。つまり上等な馬車なのだ。

 幾つかお堀を越え、有楽町から日比谷を抜け、さらに増上寺の裏の方へ向かった。やがて広い敷地を持つ邸が連なる界隈に辿り着き、ようやく錬鉄製のアーチがついた門をくぐり、木々が生い茂る庭へと入っていった。


 馬車は車回しを経て玄関の前に停車した。馭者がドアを開け、タラップを下ろしてくれた。

 簡素だが重厚な石造りの洋館。灰褐色の壁には幾つもの窓が並んでいる。

 ポーチの段を上がり、堅牢そうな木製の扉をノックした。

 背後からは、噴水の水音が長閑に聞こえてくる。

 これからの会見に対する緊張とは真逆だな。

 少し間を置いて、扉は開かれた。


「ようこそう、我が邸へ」


 マグナス卿本人が似合わない晴れやかな笑顔で出迎えてくれた。

 相変わらず非の打ち所の無いダークスーツ姿。病的なほどに白い肌。

 この人、砕けた格好ってするのかな? 俺は現実逃避でそんなことを考えていた。

「使用人なんていないんすか?」

「今は丁度出払っているんだよ」

 え、怖い。普通に怖い。なんでわざわざ人払いしておいたの? 無人の邸宅でいったいなにが起こるの?

「あ、帽子と上着はそこに掛けてくれ」

 俺は案内されるままに、玄関ホールから客間に通された。


「ソファーにでも座ってくつろいでいてくれ。今お茶を持ってこよう。それとも、アルコールの方がお好みかな?」

 卿は意味ありげに尋ねてきた。

「じゃあ、酒で」

 わかった、といって卿は部屋を出て行った。

 なんだろう、毒でも盛られんのかな。


 客間は庭に面していて、広い窓からは西日に照らされた美しい庭園が見渡せた。

 初めてこの屋敷に来たが、特には日の光を気にしていないような造りになっている。吸血鬼である卿にしては、余りに無頓着じゃないのか?

 ていうか俺、ここに来てから疑問ばっかりだな。マグナス卿とは短くない付き合いだが、知らないことが多過ぎる。

 しかし、どんな理由があろうと、今回の件の、落とし前はきっちりつけてもらわないとな。

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