第19話  夜間飛行

 あっと言う間に距離を詰めてきた男が振り下ろす剣を、かろうじて日本刀で受け流した。

 しかし怯むことなくドイツ軍人は後から後から剣を振るってくる。

 この速さ、力。術で強化してやがる。この俺様が剣を受けるので精一杯だ。


「おい、テメェ! 馬車からいきなり襲ってくるとは、どういう了見だ!」

 俺は隙を作ろうとドイツ語で突っ込んだ。

「良く言う! パーティー会場でもずっと付け狙っていたくせに!」

 あれ、バレでたのか畜生。

 だが、ここでこんな血の気の多い護衛と乳繰り合ってる場合ではない。俺はハンスの動向を探らねばならんのだ。

 ということで、ドイツ軍人の死角で左手に煙玉を召喚すると、機会を狙って投げつけた。

「うっ」

 反射的に剣で切ったドイツ軍人の目の前で煙玉は炸裂し、白い煙で覆われた。

「残念だが、ここでさよならだ」

 俺は飛行術の術式を意識の中でイメージして、サッと夜の空へと上昇した。

 クソ、最初からこれで尾行すれば良かったか? しかしこの術は常に集中していないと駄目なやつだからな。

 十分周囲を見渡せる高さまで上昇すると、ハンスの馬車が走り去った方向へ向けて飛行を開始した。

 夜空には十一月の月が怜悧に輝いている。もう直ぐ師走だ。空飛ぶときはもっと厚着にしなきゃな。


「逃がさんぞ!」


 夜間飛行に気を取られていた俺は、空中でいきなり人の声を聞いて驚いた。

 背後を見ると、なんとあの長髪ドイツ軍人が後を追って飛んできていた。


 あいつの飛行術を使えるのか⁉


 すかさずドイツ野郎がこちらへ向けて指をさすと、青白い閃光が視界を覆った。

 俺は無意識に日本刀を手放した。

 光は刀に炸裂し、辺りが一瞬真昼のように瞬き、続いて衝撃と轟音が襲ってきた。

 目が眩んだ俺はそのまま空中から落下し、下にあった長屋の瓦屋根を突き破った。


「うわうわうあ‼ なんだなんだ⁉」


 俺が落下した長屋の住人が混乱して奇声を発していた。

 畜生ぉ、いてててて。

 瓦や木材やら瓦礫を押しのけ、俺は急いで外へ出た。

「どうした、雷でも落ちたのか?」

 そこは長屋が建ち並ぶ下町の一角だった。既に細い通りには近所の人々が轟音を聞きつけて、外に様子を見に出ていた。


 雷、そう正に雷だ。あいつは飛行しながら雷の魔法も使いやがった。

 結構複雑な魔法を同時に?

 あの若さじゃまずあり得ない。ていうことは、見た目と違って相当な齢の不死者か(俺やマグナス卿と同じ)、あるいは・・・。

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