第17話  不安要素

 クルップ社の男は、次から次へと話し相手を替え、多くの人間と話し込んでいた。随分と営業熱心なこった。

 しかしどの相手もピンとこない。やはり最初に見たときに話していた男女が何か怪しいと、俺様の感がいっていた。

 当の男女といえば、一時間も前にパーティー会場から退出していた。それを追って、春日も会場を後にした。

 あいつにはくれぐれも無理をしないように、ときつく念を押しておいたんだが。


「いいか、あいつ等の行先が判明次第、直ぐに戻ってくるか、店に帰れ。余計なことは絶対にするなよ」

「わかってますって! 任せておいてください!」


 その張り切り方がすごく不安だ。


「ちょっとぉ、トキジクさん。今もの凄く不安がってたでしょう? おれがいったい誰の弟子だと思ってるんすか?」


 いや、わからない。お前はいったい誰の弟子なんだ? とりあえず俺は弟子など取っていない。雇っているのは居候の使用人だけだ。


「必ずあいつ等の悪事を暴いてみせますからね!」


 あの、聞いてた? 俺の話。後を付けるだけって言ったよね?


「おれ、こういう日のために、いろいろ必殺技考えてたんすよ」


 え、殺すの? ダメだよそんなこと。何言っちゃってんのコイツ。


「トキジクさんのため、明るい未来のため、一肌脱いできます!」


 脱いでどうすんだよ。お前の裸でどんな未来が幕開けるんだよ。


「では、行ってきます。また来世で!」


 おい、勝手に死ぬな。


 不安要素しかない。


 しかし、そんなことで気を散らしている訳にもいかない。俺は俺でハンス・ミュラーを監視しなければならない。

 それにしても、あの男、いったいどんな奴なんだ? 新聞では気にしていなきゃ見過ごしてしまいそうなちっちゃな記事でしか載っていなかった。ただ会社のお偉いさんとだけしか書いていない。


 何しにきたんだ。こんな辺境の島国に。世界規模の大企業の代理人としては、いささか扱いが小さくないか?


 ま、大体商談で来たんだと思うんだが、それじゃ何を売り込みにきたんだ?

 それが、あの不自然な半魚人に繋がるのか?

 ちっ、七面倒臭ぇ、胸ぐら掴んで脅し文句でも吐ければいいんだが、それは俺の流儀じゃねぇ。

 その内、必ず尻尾を掴んでやる。

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