第15話  悪巧みは夜に

 エントランスで招待状を見せ、クロークで外套をあずけ、パーティー会場へと案内された。

 通された大ホールは、きらびやかなドレスと、きっちりとした正装の人々で溢れ返っていた。

 そこへ黒い服の給仕が飲み物をトレーに載せてやってきた。

「いかがですか?」

「うん、もらおう」

 俺はシャンパンを受け取り、一つを春日に渡した。

「ん? おまえ酒は飲めるんだっけ?」

「な、な、な、なんでトキジクさんは、そんなに慣れた感じで、堂々としてられるんすか⁉」

「はぁ? 今更何言ってんのおまえ。俺様が何百年生きてると思ってんだ?」

 こいつ、今にも目を回してひっくり返りそうだな。

「やっぱやめとけ。お子様は牛乳でも飲んでろ」

「おれはもう立派な大人ですよ!」

「バーカ、ここで変に酔っぱらってもらっちゃ困るんだよ」

 俺はシャンパンを飲み干し、グラスを返すと、牛乳をもらえるか訊いた。

「とりあえず、おまえはメシでも食っとけ。タダだから食い溜めしてこい」

「そんな厄介払いみたいに言って。だいたいどうしておれを誘ったんですか?」

「ああ? そりゃ、パーティーには連れが必要だったったから」

「それだけですか。それじゃ、おれじゃなくても良かったじゃないすか」

 むくれ顔をした春日は、ぷいっと料理が並ぶテーブルの方へ行ってしまった。

「なんだ? あいつ」

 取り残された俺様は、しばし茫然としてしまった。


「パートナーは大切にした方がいいんじゃないか?」


 突然背後から話しかけられ、驚いて振り向いた。

「おわっ、マグナス卿」

 そこには、黒い髪を後ろに撫で付け、これまた黒いタキシードで一分の隙もない姿をした、麗しきマグナス卿が立っていた。しかしその美しさは、人を寄せ付けない、冷たい氷の彫像のようなものだ。


 心胆寒からしめる。


 人込みの中とはいえ、まったく気配を感じさせないとは、厄介だね。

「やあトキジク君、来てくれたんだね。楽しんでいるかい?」

「そう見えます? まぁ今来たばかりですけど」

「早速、パートナーから置いてきぼりを食らった訳か」

「いや、あいつは・・・」

「彼がカスガ君?」

「はぁ」

「ユニークな子だ。大事にしなさい」


 なんでぇい、さっきから春日、春日って。言われなくてもわかってらい。


「まぁまぁ、そう意固地にならずに」

 卿は珍しく楽しそうに笑って、さり気なく付いてくるようにと場所を移動した。

 途中、ボルドーの赤を受け取り、俺はまたシャンパンにした。

 人波をすり抜け、二階へと上がり、窓を開けテラスへと出た。

 熱気に満ちた屋内に比べ、外はいささか寒い。しかし卿は平気なようだった。


「で? どうでした? 不死狩りの噂は」

 マグナス卿は何もかも承知の上なのだろう。

「これに見覚えがありますか?」

 俺は先日の半魚人騒動の折に、ドイツ野郎の衣服から落ちた記章を渡した。

「さて、どこかで・・・」

 完全にとぼけてやがるな。

「ドイツのクルップ社の社章です」

「あの、軍需産業の」

「不死狩りだかなんだか知りませんが、その現場に介入してきた奴が身に着けていた物です」

「河童ではなかったのかい?」

「はぁ? なんで河童だと思ったんですか? 俺、一言も河童なんて言ってませんが」

「いやいや気にせず続けてくれ」


 ホント狸だなぁ。


「四谷のお堀から現れた余りに不自然な半魚人、そいつを始末しに来たと思われる軍服姿のドイツ人。そいつの制服には『死の商人』と揶揄されているクルップ社のバッヂが。しかも最近の新聞によれば、先週からクルップ社の重役がこの皇国を来訪しているっていうじゃないか。これは偶然とは思えない」


「ふむ、では直接本人に訊いてみたらどうかね?」


 マグナス卿は視線で俺を誘い、テラスの窓を開けて再び屋内へ這入った。

 新鮮な外の夜気に馴染んだ後では、パーティー会場の熱気と様々な匂いで充満している空気に息が詰まった。

 その様子を見た卿が「なんとも退廃的だが、いろいろ面白いものがみられる貴重な場でもあるんだよ」と苦笑してみせた。


「ほら、あそこの、壁際の軍人の隣にいる男」


 卿がワイングラスを持った手で気だるげに指示した方を見る。

 俺は二階の手摺に肘を付き、さりげなく階下のホールを窺った。

 恰幅のいい白人男が、余り似合っていない髭を生やした東洋人の男と、和装の女を相手に談笑しているのが見えた。


「彼が、クルップ社の人間だ」

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