第4話  真夜中のライバル

 さて、トキジクこと俺様は、真夜中近くに起きだし、あれほど連れてってくれと騒いでいたくせに呆れるくらい熟睡している春日を置いて、骨董屋後にした。目指すは四谷の外堀だ。

 もう市電など走っていないので、ちょいと御茶ノ水橋辺りまで行って、宵越しの客を待つ夜業仕の車夫を適当に見つけて乗り込んだ。


「四谷の停車場辺りまでやってくれ」

「あいよっ、喜んで! 旦那!」


 車夫は威勢のいい声と共に車を走らせた。

 人力車はお堀沿いの道を走っていく。堀の方はどんよりと暗く、静まり返っている。


「なぁ、兄さん。この辺で河童が出るなんて噂、聞いたことあるかい?」

 俺はちょっとした好奇心で訊いてみた。

「あれ、旦那、もしかして河童見物にでも行くんですかい? 四谷に」

「やっぱり四谷じゃ良く聞く話なのかい?」

「四谷もそうでげすが、このお堀沿いのいろんな場所で、らしですぜ」

「兄さんは見たことあるかい」

「いや、あっしはねえですけど、仲間内じゃ、身ぐるみ剥がされたとか、金を盗られたとか、いましたぜ」

「なんだ、それじゃちんけな追剥ぎじゃねぇか。姿を見たって奴はいねぇのかい」

「なんでも暗くて、しかしえらい生臭くて、肌がヌメヌメしてたっつうから、やっぱり河童なんでがすかね?」


 これくらいの話じゃホントのところはまだわからんな。だいたい俺だって河童見たことねーしな。長生きしててもね、無いものは無いの。河童って、ホントに皿みたくなってんのか? 頭の上。

 緑の皮膚に尖った嘴、指の間に水掻き、頭の上の皿。江戸時代には結構目撃もあったらしいが、最近じゃめっきり減ってきたっつう話じゃねーか。流石の河童でも、明治の東京は住み辛くなったか? いやはや、人間も罪深いったらありゃしねぇ。

 なんて考え事をしてると、通りすがりの暗い道端に、知った顔があった気がした。


「ちょちょ、ストップストップ」

「はい? すとっぷ? 何ですか旦那?」

 え、あれ、ストップ通じないのかよ。

「いや、だからちょい、止まれ止まれ、止めてくれ!」

 ようやく車夫は車を停めた。

 俺は車夫に金を渡すと、急いで来た道を戻った。

 確かあの二人は、あの時の・・・。


「よおう、お二方、こんな夜中にしっぽり逢引きかい? 眼鏡の坊ちゃんに犬の旦那」(※前作の異界篇を参照)


 突然声をかけられて、眼鏡の坊ちゃんの方は首をすくめて驚いていた。

 隣にいた犬何某とかいう坊主頭のデカイ書生は何の反応も示さない。


「うわ! 誰ですか⁉ 逢引きだなんてとんでもない⁉」

 ガス灯の薄明かりでもわかる慌てぶりと赤面ぶり、可愛過ぎかよ。

 しかし俺様のことを覚えてないのか。

「誰ですか、とは心外だなぁ。以前会ったことあるでしょうに。上野の公園で。よもやあの時の出来事を忘れちまった訳じゃあるまい?」


「あ・・・」

 一瞬、坊ちゃんの顔が曇る。


 現場に居合わせはしたものの、詳しい事情は後から伝え聞きでしか、あの上野公園での出来事は知らねぇが、大した事件だったって言うじゃねーか。居候の女の子も失ったって話だ。まだまだ心の傷は癒えてないらしいな。こりゃ思い出させちまったのはチト酷だったか?


「覚えていますよね、先生。教団に金で雇われた傭兵かぶれの追手の中にいた、よく喋る男ですよ」

 隣に控えていた犬の旦那が庇うように前に出てきた。

 まったく犬コロの主人への忠誠心には涙が出るね。

「そうそう、眼鏡の坊ちゃんが、再就職先を紹介してやるって言ってくれた相手さ」

「ああ、あの時の・・・生きていたんですね。良かった」

「ようやく思い出してくれましたかい。それにしても、この度はご愁傷様で」

 俺も鬼じゃない。上野公園の事件はいろんな界隈で噂になってたからな。一応俺も当事者だった訳だし。


「その傭兵かぶれが、こんな夜中にどういう用件だ?」

 番犬よろしく犬の旦那が険しい顔して訊いてきた。

 まぁそりゃそうだよな。前回は自分たちを追っていた者たちの一人が、こんな夜中に突然声をかけてきたとなりゃ、当然警戒するわな。むしろしない方がおかしい。


「まぁまぁそう興奮すんなって。あん時はあん時だって。俺の本業は探偵なんだよ」

「金を貰えばなんでもするんだろ? 信用出来んな」

「随分な言われ様だなぁ。しかしあんたらだって、こんな時分にこんな所で、いったい何してんだい。あ、もしかして本当に逢引きだったのかい? こりゃ失礼」

「だから違うと言っている!」

 ありゃりゃ、顔赤くしてムキになっちまって、主人と似て犬コロまで初心でやんの。二人まとめて可愛がってやりたくなっちまうだろ。


「実は、この辺りで、河童に襲われたって話を聞いたもので」

 眼鏡の坊ちゃんがすんなり答えてくれた。

 やっぱりか。こいつらこういう話には直ぐ首突っ込んでくるらしからな。今じゃ東京中で噂になってるぜ。俺の探偵業と被ってんじゃねーの? ライバルかよ。

 ていうか坊ちゃん素直だなー。ライバルにこんな正直に話してくれて。本当にお坊ちゃんって感じで笑っちゃうくらいだな。


「へー、そいつは奇遇だな。実を言うとこの俺様も河童の噂を聞いてだな」

 あれ、坊ちゃんの正直さに釣られて俺まで素直になっちまった。むむむ、侮れんな。恐るべし、天然正直者。


「守銭奴の探偵が河童の噂に首突っ込んできてどうするつもりだ?」

 犬コロの書生は相変わらず警戒しながら訊いてきた。

 突っ込んできたのはテメエらも同じじゃねーか!

 なんて口には出さないが、さっきから金金金ってうるせーな。むしろお前ら無償でやってんだろ? タチ悪ぃーなこの野郎。


「いやいやいや、そんなこと言いますけどね、金、大事よ? 世の中金がすべて、とまでは言わないが、金がなきゃ生きていけないぜ? どうしてくれんの、俺の生活費?」

「今は金のことはどうでもいい。訊いているのは、河童を探して、どうするつもりだ? ってことだ」

 なんだいなんだい、可愛げのないワン公だな。

 と、そこで、いきなり堀の下の方から、水の音が聞こえてきた。

 何か大きなモノが水中から上がってきた様な音だった。

 俺たち三人は議論を止め、揃って暗い堀の方を見た。

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