第3話 『核』身元整理

身はとても不思議な出会いを思い出していた。

身がいる場所はあの方と身しか入ることが出来ないはずだった。

また身は人間のように決まりきった形を持っていなかった。

姿は常に変化し続け、またそれは人間にとって恐ろしいものだった。

それにもかかわらず彼は少しばかりの驚きとかなりの疲弊を混ぜ合わせた顔で入ってきた。

普段ならば有無も言わず亡き者へと変えていた。

しかしながらあの方はもう逃亡していて身しかいなかったため特に守るべきものもなく、また身自身話し相手を欲していた。

故に彼を歓迎した。

歓迎したといっても茶もなければ菓子もなく、机や椅子さえないため身の気分的なものからくる彼への態度でしかなかったが。

初めて彼が発した言葉は身の予想の斜め上を行った。


「私は死んだのだろうか?」


身は笑いに笑った、と同時に彼のようにユーモアで身を恐れない人間が増えたらなとも思った。


「今後貴方のことを故人と呼ぶことにしよう、さて故人の質問だが」


身はそこで一旦止めた。

単に身が彼のことを故人と呼ぶことにどのような反応をするのか見たかったからだ。

ただ彼の反応は淡々としていて味気ないと思えた。

そこには困惑や混乱などはなくひたすら身が続きを話すのを目で訴えかけてくるだけだった。


「もし故人が死んでいたとしたらここは地獄だろうか?いや地獄がこんなに静閑な場所なはずがあるまい」


身の話す通りであった。

ここは森の延長線上にあると同時に密閉された空間であり身の声以外物音一つ聞こえていなかった。

身は続けた。


「では天国か?いやそれも違う、何故ならここがもし天国なら身のようにおぞましきものはおらぬからだ」


彼は静かに聞いていた、目の訴えのようなものを残し続けたまま。


「故に故人は死んでおらん。貴方を故人と呼んでいるのは君の質問に対する身なりの歓迎を含めた皮肉と今後の関係に対するささやかな願いからだ。まぁ地獄と天国が死後の世界かは身にもわからんがね」


身はそう言った。

彼は少し納得したような表情を見せて言った。


「ではここはどこだろうか?どうも私は迷ってしまったらしい、よろしければ街へ戻る道を教えてほしい」

「ここは身達の住処のようなものだ。そして君の依頼についてだが...」


身はわざと少し考えるようなそぶりを見せ言った。


「よろしい道を教えよう。しかしながら物事には道理というものがある、簡単に言ってしまえば対価だ。別に難しく考えんでいい、ただ身の話を聞けば良い、それに少しばかりの意見もくれたらなお良い」

「わかりました、しかし私には時間があまりありません。この後急いで獣を狩ってお金を作らなくてはならないのです」


彼は少し緊張した面持ちであったが、身にとってそのようなことは些細な問題だった。

彼に話したいことを圧縮すればいいだけだ。


「故人のような若者と身のような老いぼれでは時間に対する価値というのが天と地ほどの差があることは理解しておる」

「そのようなことを言ったのではないのです、ただお金を作れないと今日泊まるべき宿や食べるべき食事をとることが出来ないのです」


あわてて彼はそのように否定した。


「別に故人の意見に対して言ったのではないよ、単なる自己暗示のようなものだ。身にはもうやるべきことなどないのだとね」


身は「ほぅ」とため息をついて続けた。


「話を戻そう。故人には時間があまりないと、それは問題ないほんの少しの時間でいい。身にはそれができる」

「あなたにはそれができる」


彼は身の言葉を噛み締めるように繰り返した。


「あぁ、それでは聞いてくれるか?」


彼は言葉に出さずに縦に首を一回振った。


「身はある方に仕えていた、その方はとても重要な職務を行っていた、その職務をやる上で起こる問題を解決することやあの方には行えないことなどを代わりに行うことが身の仕事だった。しかしながら仕事というのはさまざまな要因でいつか終わる。クライアントがいなくなるというのもひとつある。身達はまさにそれだった。それも代用の利かないものを完全に失った。いやこの表現はおかしい、代用の利かないものをこれから失うのだ」


そこまで話したところで身は話が矛盾していることに気がついた。

どうやら思った以上に身は壊れているようだ。

以前ならばこのように話の纏まらないことなどあり得なかった。

このまま話続けても終着点にたどり着ける気にはなれなかった。

ただひたすら彼の貴重な時間を無駄にするだけだ。

彼に伝えたい大まかなことは伝え終えたため大まかなヒントを与え締めた。


「先程の話は矛盾している点があるがその因果を見極め今後の故人の糧にすれば良い、話は終わりだ。身は疲れたようだ、故人は直ぐにこの場を出るとよい。真っ直ぐと進んで行けば迷うことなく帰れよう。それとここでの記憶は曖昧なものとなる。それでも故人は自身の確固たる意思で身の伝えたことの真意を考え出すのだ」


私がそういい終えると彼は少し困ったような顔を浮かべながら言った。


「私にはあなたの仰りたいことの意味が少しばかりも理解できません、それに私は新米の狩人に過ぎずなにも出きることはないと思います」

「故人には確かにまだ早かったのかもしれん、それでも来るべきときが来たとき理解できよう。それが何年後いや何十年後になるかは身にもわからんがね」


身はそういって微笑んだ。

彼はその後すぐに去っていった。

彼の去った後の空間は羽を失った鳥のように静かに佇んでいた。


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