火花を刹那散らせ

ゆあん

01

玲依れい!」


 自分を呼ぶ声に振り返れば、見慣れたスポーツカーが止まっていた。運転席で手を振っている男も、よく知っていた。


涼介りょうすけさん」


 小走りで寄っていけば、低音の効いたビートが漏れ出していた。涼介さんは額に乗ったサングラスが決まっていて、おおよそこの町の雰囲気にそぐわない、そんな都会的な男。


「どうしたんですか、こんなところで」

「ちょっとな。お前、そんなところ歩いて暑くないのか? 熱中症になるぞ」


 対して自分はタンクトップに短パン、サンダルという、田舎丸出しのファッションだった。汗もかいている。日差しでこんがり焼けた私の肌は、涼介さんよりも断然黒かった。


「大丈夫です、慣れてるんで」

「ふぅん、そっか。健康的でいいな。なんか用事あるのか」


 断る理由を探そうと思った。ふと視線を流しても、何も見つかりそうにない。


「散歩、じゃないよな」


 農地を貫いた街道は、いくつかの起伏とカーブを伴って延々と伸びていた。夏の日差しが眩しく、それを鮮やかな緑が照り返している。やることが無くて暇だったから歩いていた、と素直に言うのには抵抗がある。しかしこんな場所で他の用事なんて見つけられない。


「乗ってきな。送るよ」


 一瞬ためらったけど、結局乗ることにした。

 車内はエアコンが効いていて、少し寒いくらいだった。低いエンジン音がお腹に響く。動き出したかと思えば、景色は後ろに流れていく。家の軽自動車とは乗った雰囲気がまるで違った。なんとなく、住む世界が違うのだと感じた。


「しかしまぁ、なんにもねぇな、相変わらずここは」


 涼介さんのサングラスには照り返す太陽が反射していた。ハンドルまで伸ばした腕がたくましくって、男らしい。


「すみませんね、田舎で」

「はは、別に悪口言ってるんじゃねぇよ。俺は嫌いじゃないけどな。こういうところ」


 嫌いじゃない、か。それは、好きとは違うということだろうか。


「道なんか見てみろ。なんにもねぇ。そこにあるのは道だけだって感じだ。こういう所をこいつで走っていると、嫌な事とかそういうの、全部忘れられる、っていったらちょっと言い過ぎだけどな。気持ちいいよ。それこそ都会の排ガスの中をせせこましく走ることに比べたら」


 都会のせせこましさというのはよく分からなかったけど、それは涼介さんにとって逃げ出したくなるような場所だと言うのはわかった。来る必要もなくなったのに、こうして今でもこの場所に訪れるのがその理由だった。


「ふーん。そっか」


 景色は気持ちいいスピードで流れていた。途中、友達が彼氏と自転車の二人乗りしているのを見つけて、追い越し際、発見されないようにとつい身を低くして隠れてしまった。別に見られたところでやましいところがある訳でもないのだけど。なのに、見つからなかったことで胸を撫で下ろしている自分がいた。


「学校、行ってるか」

「行ってますよ。一応」

「なんだそれ。学校はちゃんと卒業しておいた方がいいぜ、まじで。世の中出てみればわかるけど、意外と学歴社会ってのもしぶとく根付いてるんだぜ、未だに。俺は心配してんだよ」


 と、まるでお父さんみたいな事を言うから、


「わかってるよ」


 と、娘みたいな返事をするしか無かった。



 涼介さんは、私の姉の旦那さんだ。姉が務めている都内の代理店で知り合った人で、都会的な感じと、出来る男の感じ、そしてヤンチャな感じを併せ持った雰囲気が印象的だった。私と姉は歳が離れていて、姉と涼介さんも歳が離れていたから、私と涼介さんは親子ほども歳が離れていた。家族となった後も、私を含めて親しく大切にしてくれた。私の中の男性のイメージが、大きく変わるきっかけになった人でもある。


 けれど二年前。姉が死んで。

 涼介さんと私は家族では無くなった。


 それなのにこうして、度々この町に現れる。

 私にはそれがどうしてなのかわからなかった。

 そして、どう接していいのかわからなくなった。


「そういえば、そろそろだったよな。あのオンボロ神社の祭り。えーと、なんつったっけ」

八幡はちまん様のこと?」

「おーそうだ、それそれ。まだやってんのかあれ」

「あ、そういえば今日」

「ちょうどいいな。ラッキーだわ」


涼介さんの自然なその言葉に、嘘が含まれているのが私にはわかる。


「玲依、一緒にいくか」


 この人が私を誘うのはただの気まぐれだ。もういない姉の代わりに、誘っているだけなのだ。


「考えとく」


 涼介さんの顔を見れなかった。窓の外を見ながら、私は跳ね上がる心臓が落ち着くのを待った。


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