ⅩⅩⅤ   濃紺の瞳

 扉が開き、促されるままに室内へ入る。そこで初めて顔を上げたノエルは思わず息を呑んだ。

 今までに見たこともないほど、とてつもなく広い部屋だった。先刻オニキスに連れて行かれた部屋も広かったが、ここは更に広く思えた。芸術品のように美しく繊細な、しかし華美な眩しさや厭味のない上品な調度も、この屋敷の持ち主の高貴さを想像させる。馬車から降りる直前に目が醒めたばかりで、ここが何処かも分かっていないノエルは、ただただぼうっと美しい空間に見惚れた。

 そっと隣を窺うと、ロビンがやはりぽかんとして辺りを眺めていた。感動と好奇心に、無邪気に顔を輝かせている。ノエルと目が合うと少しだけそんな表情を引っ込めた。ノエルはそんな弟にちょっと微笑みかけて反対隣りを見、ハッと現実に引き戻された。

「エディ……。」

 その少年の目は、前方を見つめてはいても、何も映してはいなかったのだ。広い部屋も、見事な装飾も……自分がどこにいるのかすら認識していないのかも知れない。意識は確かにあるのだが、何も感じず何も考えていない、心を失くしてしまったような、硝子玉よりも虚ろな瞳だった。

 ノエルの胸が疼く。

 オニキスは三人をソファに座らせると一度部屋を出て行く。やがて彼は、一人の青年と共に戻って来た。青年は複雑な表情でノエルをじっと見つめて囁く。

「ノエル。」

 視線が合った瞬間、ノエルは何か言葉に表しがたい不思議な感覚に襲われた。

 彼は、不思議な人だった。彼はノエルやエディとたいして年の変わらない少年のようにも、ずっとずっと年上の大人のようにも見えた。光を浴びて輝くブラウンの髪、すっと鼻筋の通った若々しい顔立ちの、爽やかで軽やかな印象。しっかりと頼りがいがありそうな肩、底知れない深い光を湛えた、知的で落ち着いた雰囲気を醸し出す瞳。まるで、ひとりの青年の中に活き活きと眩いばかりの春と静かで実り豊かな秋が上手くまざりあって存在しているような……。不思議で、魅力的な人だ。

 もう一つ感じたのは、胸が締め付けられるような懐かしさ。

 ロビンは半ば隠れるようにノエルに身を寄せると、そっと耳打ちした。

「あの人、ノエルとおんなじ目をしてる。」

 ノエルも頷いた。確かに二人の瞳は全く同じ深い紺色ミッドナイトブルーだった。それに、ノエル自身は気付かなかったかもしれないが、深く静かな光の中に時折浮かぶ悪戯っぽい煌めきも全く同じものだった。

 青年の後ろに控えていた騎士が恭しく礼をし、口を開いた。

「こちらはアンヴェリアル伯爵家当主、ミカエル=ダンヴェリアル様。ノエルお嬢様、お嬢様の実の兄君でいらっしゃいます。」

「お兄様……?」

 信じられない思いで、ノエルは目の前の青年を見つめる。彼は微笑んで頷いた。

「ノエル、やっと会えたね。……お帰り。」

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