ⅩⅣ    真の姿

「ちょ、ちょっと待って。俺やっぱり戻るよ。こんなの絶対に似合ってない、笑われちまうよ。」

「今更何を仰いますの。とてもお似合いですってば。」

「でも……」

 扉の外で何やら言い争う少女たちの声に、居間でひとり本を読んでいたイリスはふと顔を上げた。

「ぐだぐだとおっしゃってないで! さ、参りますよ。」

 結局、強引に押し切ったらしい。やがて重い扉が開いて、女騎士ガーネットがひょいと顔を出した。

「やあ、お嬢様のお召替えは終わったのかい?」

「ええ。あら、イリスだけ? お兄様は?」

 扉の陰から首だけ出したそのままの姿勢で、ガーネットは部屋を眺めまわす。イリスはのんびりと答えた。

「オニキスなら所用で出掛けたよ。でもすぐ戻るさ。」

 その答えを聞いたガーネットは少しばかり不満そうに、紅を差したように綺麗に赤い唇を尖らせる。

「いつもそうだわ。女の身支度は時間がかかるってバカにして。兄妹で出掛ける時も何度置いてけぼりにされた事か。」

「まあまあ、そんな事……」

「もういいわ。お兄様なんか除け者にして、イリスにだけ先にお披露目してあげる。」

 なだめるように何か言いかけたイリスを遮って、ガーネットは悪戯っぽく笑った。

「何をだい?」

 イリスは苦笑しつつ敢えて聞き返す。ガーネットは直接答えず、扉の向こうに声を掛けた。

「お入りくださいませ、ノエルお嬢様。さあ。」

 そこにおずおずと現れたノエルの姿に、イリスは少し目を見張った。

 上品な深い緑色をベースに、レースやフリルをあしらった夜会用のドレス。華やかな色合いではないが肌の白さを引き立たせ、胸元の指環のペンダントも映える。ほどいて梳いた髪は柔らかくカールして肩にかかり、化粧はしていないが頬をほんのりと桜色に染めた彼女は見違えるほどの美少女だった。

 イリスは言葉を失ったかのようにノエルをじっと見つめる。

「あの……、おかしくないかな? 俺、じゃなかったあたし、こういう格好するの、初めてで……」

 ノエルは俯いたまま小さな声で尋ねた。イリスはふっと微笑むと立ち上がり、そっと令嬢の手を取った。

「お似合いですよ、ノエルお嬢様。本当にお美しい。」

 あまりにストレートに褒められた所為か、ノエルの顔は一瞬で真っ赤になってしまった。微笑んだイリスの瞳がとても綺麗で優しい。自分は女で、男性に美しいと言われたのだと思うと……。ノエルは妙に意識してしまって恥ずかしくて目も合わせられなくなり、更に俯いた。ガーネットはノエルのそんな様子を嬉しそうに見ている。

 と、不意に気付いたようにイリスがガーネットに尋ねた。

「ガーネット。このドレス、見覚えがあると思ったら、もしかして。」

 女騎士はすぐにイリスの言いたいことが分かったらしく、笑顔で頷く。

「私が初めてお兄様に連れて行ってもらったパーティーで着たドレスよ。もちろんノエルお嬢様のような身分の方がお召しになるほど上等なものじゃありませんけど。」

「えっ」

 その言葉に、ノエルは急に焦ったようにガーネットの顔を見た。

「そんな……そんな大切なドレスだったの? 最初に言ってよ。お……あたし、すぐに着替える。汚しちゃったりしたら申し訳な」

「いいのです。そのドレスは差し上げますわ。私は動きにくいドレスなんて嫌いで、その次からパーティーでも何でも女騎士の装束を着けていますので一度しか着ていませんし。お嬢様に着ていただいた方が、きっとドレスにとってもいい事です。」

 ガーネットはノエルを優しく押し止めて、にっこりと微笑んだ。ノエルがまだ戸惑っていると、イリスもガーネットの言葉に同意するように笑顔で頷いてみせる。彼の顔が不思議と寂しそうな、複雑な表情をしているのに気付いて、ノエルはゆっくりと頷いた。

「そう言ってもらえるなら……。ありがとう、大切にする。あたしの、初めてのドレスだ。」

 嬉しそうに顔を綻ばせたノエルに、二人は優しく微笑みかけた。

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