1.3

 ユキコに扮したサコは緊張した面持ちで扉の前に立っていた。

 青が強めにあしらわれたロングスカートのドレス。

 ボディラインを出しつつ、腰を高い位置に見せてくれる。


 サコはスカートの裾を掴んで直し、掴んでは直し緊張を和らげる。

 ここから先は後ろにいるメンバーに頼るしかない。

 何しろユキコは喋れない。


「頼みますよ、みなさん……!姫様の名誉、守った上で敵を絞り込みますよ」


 ミギトは恭しく礼をする。だが、その表情は狂犬のようだった。


「もちろんでございます。

 ユキコ様を我が物にしようとする輩がいれば捻り潰します」


 サコはユキコの影に隠れるようにほとんど喋らなかったミギトがここまでの闘志を心に込めていたと知らず意外だった。

 知られざる一面を見れて嬉しかったが口ではこう言った。


「きちんと言葉を使って交渉してください」


 チコはメイドに似合わぬ、格闘のリングに上がる前の野生児のような顔をして、右手に作った拳を左手に打ち付けていた。


「私も。必ずボコボコにするわ」


「あなたは喋っちゃダメですからね。バカがバレますから」


 そして、リサコ。リサコは騎士団の服ではなくメイドの服を着せられていた。

 スカートがスースーすることを初めて知ってしまった女装男子のように顔を赤らめ恥ずかしがっている。


「な、なぁ、わたし、これ脱いでいいか……?

 こんな、ひらひらな服、きてらんないぞ……」


「リサコ。しょうがないのです。二人いるはずのメイドですから。

 それになんでもするっておっしゃいましたよね?」


 サコはあえて厳しく突き放す。


「はうっ……なんとかならねぇのか?」


「なら、そこで今すぐ脱いだらどうですか?」


「脱いでいいのか?素っ裸でいいなら脱ぐぞ!」


「リサコ隊長。似合ってますよ。そのままでいきましょう」


「ん?そうか……?もしもの時動きづらいんだけどな」


 レイトはそんなリサコを見てちょっぴり嬉しそうだった。

 サコはそんなレイトにピーンとひらめくところがあった。

 この場ではそんなこと言わず、代わりにこう言った。


「レイト。あなたが頼りです。ミギトと二人でなんとか切り抜けてください」


 目を外してしまうのが勿体無いと言わんばかりに、少し不機嫌な顔になりながら、サコの方を向いたレイトは頷いた。


「わかってる。なんとかやってみる」


 サコはハァと息を吐く。


——ゴーストの協力がもっと早ければ、交渉やもしもの時の恐喝のカードを用意できたのに……。

——ないものは仕方ない。

——それに、私ができるのは筆談のみ。

——レイトやミギトに方針をこっそり渡すことはできてもそれだけ。

——あとはなるようになれって感じね。


「ユキコ・フォン・ラーティン!入場!」


 号令がかかった。ユキコに扮したサコは会議場へ入場する。


 王を交えた会議は円卓で行われる。

 これは伝統であり、この話し合いでは立場関係なく平等に話し合うと言う意識を表明しているものだと言われている。

 実際には、立場によって座る位置が決められており、王の座る椅子は他の椅子に比べて豪華絢爛に飾られている。

 初めてこの会議場をユキコと見たときには呆れてしまった。

 平等に会議を行うと言う精神はすでに失われていたのだ。


 サコはドワイト王に向けて一礼する。


 ドワイト・フォン・ラーティン。

 ラーティン帝国の王。

 政治に無関心な王として知られ、ものすごい大食漢である。

 椅子は一人で二つ占有している。

 その体重はすでに二百キロを超えているらしい。

 美食家らしいが、最近はその食事もほとんど一人でとるようになったようだった。

 リサコによると最近は人が変わったように何にも興味を示さなくなったらしい。


 その隣に座るのはユリコ・フォン・ラーティン。

 第一皇女。銀色の髪に美しい美貌。

 ほとんど声を発さない、物静かな点が特徴でありユキコとは似ても似つかない。

 だが、容姿はユキコにそっくりである。

 ユキコもあと二十年歳を取ればこんな感じになるだろう。

 この人も政治に口を出すことはない。庭いじりが趣味らしい。


 サコは長い礼を終え、席に着く。

 後ろにミギト、レイトが立つ。

 ミギトは執事の格好。

 レイトは黒い騎士団服をきている。

 どちらもピカピカである。その後ろにチコとリサコが待機している。

 もしもの時は後ろから飛び出す手筈になっている。


「アルスト・フォン・ラーティン!入場!」


 次の号令がかかる。

 ユキコが入ってきた扉から見て右側の扉が開く。

 先頭はアルスト。

 こちらも大食漢であり、明らかなデブである。

 EEで作るおもちゃなどが好きで、宮殿の倉庫一つを占領し、一人で誰の役にも立たなさそうなおもちゃを作っては遊んでいる。

 典型的なオタクであり、加えて自分が良ければいいというタイプだ。

 ユキコとは全くそりが合わない。


 後ろに続くのはピチピチのチャイナドレスのような赤い服に身を包んだリュッコというあるウトの専属医師だ。

 横の切れ込みは随分高い位置まで入っている。

 リサコ情報ではリュッコは切れ者らしく、人材を確保するのがとても上手らしい。

 場違いな甘い匂いを振りまきながらアルストの後ろに待機する。


 最後に、超巨大な大男が入ってくる。

 アルストの近衛兵団長。

 デクトという名前らしいが、いったいどこの出身なのか全くわからないらしい。

 レイトもかなりの大男だが、そのレイトが小さく見える。

 身長が三メートル以上あるだろう。

 明らかに用心棒といったところだ。

 会議場には武器の持ち込みが禁止されているが、巨大な金棒が似合いそうだった。顔は兜で見えない。


 アルストはユキコ(サコ)をちらりと見て、ドワイト王に礼をする。

 礼を終え、席に着く。

 彼の椅子も太った人用の大きなものが用意されていた。

 自信満々のアルストは座ると仰々しく背もたれに体を預け椅子をギシギシさせる。

 後ろに控えるリュッコが舐めるようにユキコ(サコ)のことを見る。


——何なの……?


 まるで、お宝のありかを知った盗賊のような表情だった。


「ミズコ・フォン・ラーティン!入場!」


 最後、誰も出てきていない扉からミズコが入場する。

 身長が百三十センチほどしかないので歩いている時机の上に出ているのは肩から上だった。

 だが、自身に満ちたその顔は年齢に似合わぬほどである。

 すでに亡くなっている第三皇女から生まれたミズコ。

 顔はどちらかというと東を匂わせるような童顔であり、胸もない。

 黒髪は会議室に差し込む日の光を受けてツヤツヤと輝いている。

 母親は美人とは言われなかったもののドワイトは死ぬ間際まで通ったらしい。


 彼女は王位を狙っていない。


——これが本当であれば気楽なものだが……。


 ミズコはユキコ(サコ)ににこっと笑いかける。

 ユキコ(サコ)も笑顔で返す。舐められてはいけない。

 すでに、会議は始まっているのだ。


 ミズコの後ろには青い騎士団服を着たキザな男が立つ。

 ミズコの近衛兵団長、エストと呼ばれる男だ。

 ミズコお抱えの騎士であり、リサコによるとその素性は謎に包まれている。

 唯一分かっているのは貴族出身でないこと。

 なんらかの能力を買われてそこに立っているのだろうけれど……。

 ミズコの場合は暇つぶしのためのおもちゃと言う可能性もある。


 私たちの情報はどこまで集められているのだろうか……。


 最後に国の権力の一部をドワイト王から分け与えられている大臣たちが入場する。


宮内大臣 エート・コンスタン:メガネをかけた神経質そうな男

科学大臣 ルビロト・ラトイスク:昔はイケメンだった初老の男

軍務大臣 ナデシコ・アームストロング:力こそ正義と信じるショートヘアの女

内務大臣 リト・ガウアー:最も若く最も貧乏。仕事も雑用ばかりのニキビが残る男

工務大臣 ブルーコ・オールディス:産業を一手に担うインテリ。濃い猿っぽい。


 全員、帝国大学出身のエリートたちである。

 その人選は王に一任されるがドワイト王は結局、前任者をそのまま使い、仕事ができなくなった大臣はその子供を仕事に当てさせていた。


 円卓にはドワイト王を北側に、西側にユキコ、南側にアルスト、東側にミズコが座っていた。

 それぞれの陣営には、それぞれ信頼を置く配下の者たちを後ろに控えさせている。


 南側の奥、壁際に大臣たちは並び会議の様子を伺っている。

 この会議で決まることが彼らの明日を決めてしまう可能性があるのだ。


 全員が決められた場所に着くと、会議場はシンと水を打ったように静かになった。

 ここにいる全員が一人の男の発言を待っているのだった。


 ドワイト王が重々しく口を開いた。

 特徴のある野太い声が会議室に響く。

 まるでカエルが喋っているようだ。

 とはユキコのたとえ話であるが、サコは言い得て妙だと思っている。


「さて、諸君。今日、お前たちを集めたのは他でもない。

 我が帝国を今後どうしていくのか、お前たちの意見を聞きたくてな」


 ユキコ(サコ)はドワイト王を見据える。

 全く無気力そうな表情。

 言っていることと本人の雰囲気の不一致がはなはだしい。誰かに言わされてる見たい……。


 そこで、ミズコが手をあげる。


「まず初めにお聞きしてもよろしいですか?」


「ミズコか。言ってみよ」


「はい。ユキコ様の声が出なくなったというのは本当ですの?」


 早速きた。ミズコの問いかけにミギトが手をあげる。

 しかし、その行為だけでミズコは理解したらしい。


「ユキコ様、本人がお答えにならないことが何よりの証拠ですわね」


 ミギトはミズコの発言に続けて答える。


「僭越ながら、ユキコ様のお声は一時的に失っているにすぎません。

 しばらく休養すれば、すぐにお声も戻られると思われます」


「でも、今は喋れないということね」


 ミギトができる返事はもう一つしかなかった。


「……はい」


「つまり、この会議ではもう発言できない。

 何を言おうと無意味ということになりますわね?」


 ユキコ(サコ)は心の中で舌打ちをする。


 ミズコは抜け目がない。

 どうせ、喋れないことなど知っていたに違いない。

 情報操作に長けた人物が彼女の裏にいることはわかっている。

 こちらの情報はほとんど筒抜けだろう。

 その上で、ユキコが喋れないことを再確認した。


 ユキコの発言権を奪うつもりだろうけれど、そうはさせないわ。

 ここまでは想定通り。

 必ず誰かがその話を持ち出すとわかっていた。


——ミギト、お願いしますよ!


「お待ちください、ここに一つ書類がございます。

 こちらは、ユキコ様がまだ喋ることができていた時に書かれたもの。

 陛下の署名もあります。

 この書類に関しては有効性がまだあると思われますが、いかがでしょうか?

 国王陛下」


 ドワイト王は書類を見る。

 ミギトたちが昨日、ユキコの机の上にある棚にずっと刺してあったものを取り出してきた書類だった。

 表紙にはドワイト王のサインがあった。

 ずいぶん昔にユキコ姫が使っていた書類だった。

 EE鉱石がほとんど無いことを王に知らせるための書類だったが、当時のユキコがその中にいろんな話をねじ込んである。

 内容を確認せずにサインする王に対して、自分に何があっても自分の意見を通すために作っておいた保険だった。


 この内容をうまく曲解すれば、ギリギリ議論をすることができる。

 今頃、話題にすることなどあの件以外にはない。

 それが、サコたちが考えた声を失ったことに対する対策だった。


「いいだろう。その書類に書いてあることならば意見として提出することを許す」


 ユキコ(サコ)はミズコを見る。

 けれども、対した表情は浮かべていなかった。

 頬杖をついてやり取りを聞いていた。

 彼女の身長に対して高すぎる机で頬杖を付いているので、顔が大変な形になってしまっている。


 彼女にとっては、ユキコたちの発言権がどうなるかなどあまり興味がなかったのだろうか。


 なぜ、ユキコの発言権を奪おうとしたの?


 サコはミズコの狙いがわからず混乱する。


 相変わらず全く読めない。

 日頃の生活すら秘密にされているって。


——情報統制され過ぎじゃない……?

——それだけ隠したいことがあるってこと……?

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