訓練3

 先ほどまで色々な感情が渦巻き気分が高揚していたのだが、化物を目の前にしたところで足が止まる。 大気が歪み、邪悪な表情で迫ってくる化物を一目見て先ほどまで滾っていた気持ちが一気にしぼみ、頭が冷えて冷静になったためである。


「あ…あぁ」


 言葉が出ない、ありえないほどに心臓は早く鼓動を打ち、体中から冷汗が噴き出るが、何故だか身動き一つとれない。 右手に握りしめた剣があまりにも頼りなく感じる。


 怖い怖い怖い怖い怖い。


 勇者の血が、いや生物としての防衛本能が目の前の化物はヤバイと大音量で警告してくる。 何故、私はミレイ姉さんの言う事を聞かないで突っ走ってしまったのだろう。


「あ……あああぁ」


 だが、後悔しても遅い。 目の前の化物が、もうそこまで迫ってきているというのに身体は恐怖で硬直して、その場から一歩たりとも動くことが出来ない。


 このままでは殺される。 そう思った時に澄んだ心地いい声が聞こえた。


「何故動かないんです? このままではアナタ死んでしまいますよ?」


 とっさに振り返ると、隣で不思議そうな表情をしている人物が立っていた。 その人物には、見覚えがある。 初日にオルガさんの隣にいた美人さんだ。


「あなたはメルスさんでしたよね? 何故ここに?」


「これは、あなた達だけではなく、私の訓練でもあるようですので、オルガ様に言われた通り逃げ回っていたのですが、もういい加減、疲れてきましたし、倒してもいいと思いまして。アナタも、そのつもりでこちらへ来たのでしょう?」


 確かにメルスさんの言う通りなのだが、私の戦意はもう欠片も残っていない。 この人は、あの化物を目の前にして何故そこまで平常心でいられるのだろうか。


「さて、おしゃべりはこのあたりで止めましょう。 来ますよ」


 目の前の化物は大きく咆哮すると、その大きな腕を振り上げ、メルスさんに向かって振り下ろした。 いや、振り下ろしたモーションさえも私には認識できなかった。 突如、爆発音が真横で発生して爆風で私の身体は吹き飛び、訳も分からず地面を転がる。

 周囲は粉塵に包まれて視界が悪くなったが、先ほどまでメルスさんが立っていた場所は地面が抉れている事は辛うじて確認できた。


「め…メルスさん?」


 まさか、死んでしまったのではないだろうか? いや、オルガさんの連れの方だったはずだなら本気で殺すような真似は流石にしないはずだろうが、それでも、あの攻撃を受けて無事でいるとは考えられない。


「本当に、オルガ様は加減をしてくれないなぁ。ヤバいなぁ、本気で殺す気だコレ」


 粉塵が収まるとメルスさんの姿がそこにはあった。 今の一撃をどうやって防いだのか全く分からないが。 メルスさんは頭をかいて余裕たっぷりに化物を見上げている。 その様を見て仕留めそこなった事に気が付いたのか化物が再び攻撃を再開した。

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