24

 翌日は寝坊せずに起きることができた。

 リュシーが「ピザを食べたい」と言ったので、以前即席で作ってそのままにしていた窯で、朝から焼いた。

 具を何種類か用意し、それぞれ好きなものを乗せたピザを一枚ずつ焼く。

 サンドイッチのときもそうだったけれど、リュシーは具を選んで作るものが大好きなようだ。

 リュシーだけじゃない。

 リックもハムやソーセージなど、肉系を嬉しそうに山盛りに乗せていたし、クレールも自分の畑で採ったものをたくさん乗せていた。

 パトリスとエドの分は私が乗せたけれど、好きなものを口頭で教えてもらったし、今度は二人も自分の手でできたらいいなと思う。

 ……エドは元の姿に戻らなくてもいいと言っているけれど。


 いつもの場所で、みんなで輪になって朝ごはんを食べながら考える。


 やはり昨日エドと話したことが、頭から離れない。

 エドはどうして元の姿に戻りたくないのだろう。

 パトリスが元に戻ったら、魔物の姿なのは一人になってしまう。

 魔物のときは不老だと言っていた。

 みんなと同じ時間を過ごさなくてもいいの?

 一人だけ生き残って、一人で魔物として生きていくことになるんだよ?

 そんなの悲しすぎる。

 絶対にエドと話をしなければ! 


 もぐもぐと口を動かしながらそう意気込んでいた私に、リックが話しかけてきた。


「コハネ、今日の体調はどうだ? 解呪を進めるのか?」

「そうだね。クレールは二回で解呪できたけれど、パトリスとエドは何回かしなきゃいけないと思う。だから、今日は元の姿に戻してあげることはできないけれど、もう一段階解呪しておきたいな」

「パトリスからして貰うといい」


 段階的なものだから負担は少ない。

 今日は二人とも解呪させて欲しい、と言うつもりだったのだが、エドがその隙を与えてくれなかった。


「おや、そうですか? では、お言葉に甘えましょう。コハネ、ごはんを食べたあとにお願いしていいですか?」

「う、うん……」


 話が進んでしまったので仕方なく頷く。

 エドに解呪したいと言っても、今は受けてくれる感じがしない。

 無理にお願いするより、パトリスに話を聞いてみてもいいかもしれない。




 朝ごはんを食べ、片づけを済ませると、みんなはそれぞれの用事をするために散って行った。

 畑仕事や大工仕事をしてから、また総当たり戦をするらしい。

 リュシーに応援に来てね、と言われている。


 みんなはパトリスの解呪を、今までのように見守るつもりだった。

 だが、「今日は元の姿に戻るわけではないので、見てもらう必要はありませんよ」とパトリスに追い払われてしまった。

 みんなは少ししょんぼりしていたけれど、私はエドのことを聞きたかったから、二人で話せるのはちょうどいいかも。

 ……と思っていたら、突然パトリスの鳥のような足に腰を掴まれ、私の体は空へと舞い上がった。


「うええっ!? パトリス!?」

「移動します。おとなしくしていてくださいね。暴れたら落ちますが、私は責任を取りませんよ」

「ええええ」


 パトリスに掴まれたまま、私は仕留められた獲物のようなスタイルで空を飛んでいる。

 景色が綺麗——なんて楽しむ余裕はなく、ひてすら怖い!

 それに……。


「パトリス、あのね! 私、ワンピースなの!」


 下半身がとってもすーすーします!


「大丈夫です。下に人はいませんから。覗かれるようなことはありません」

「それならいいか……って、よくないよ! 見られていなくても恥ずかしいよ!」


 暴れると落ちてしまうので、言葉で抗議をつづけたが、パトリスが止まることはなかった。


「ここでいいでしょう」


 しばらく進んだところで、パトリスは私を下ろした。

 体が冷えて寒いし、怖かった……!


「こ、ここはどこなの?」

「聖域内なので安心してください。でも、水辺に囲まれているので、団長や団員たちが来ることはない場所ですが」

「え?」

「誘拐するなら、助けが来ない場所に連れて行くのは当たり前でしょう」

「誘拐!?」

「はい。まあ、冗談ですけど」

「冗談かー……」


 どうしよう、パトリスと話すと疲れるぞ?

 リックたちがパトリスに怯える理由が見えてきたような気がする。


「ええ、邪魔をされず話がしたかったので。あなたも、私に聞きたいことがあるんじゃないですか?」

「!」


 パトリスの指摘にどきりとする。

 どうして知っているのだろう。


「要件の前に……。怪我は大丈夫ですか?」

「怪我?」

「一昨日、私をかばってくれたじゃないですか」


 一昨日というと……ああ、アーロン様の騎士が炎の魔法でパトリスを狙っていたから、それを阻止したときの話か。


「怪我っていうほどものものじゃないから放置しているよ。というか、私が阻止しなくても、パトリスは大丈夫だったよね!」

「そうですね」


 即答! そして声がすっごく笑顔!

 そうだろうけどね!

 なんだろう、この頬を「えいっ!」と引っ張ってやりたくなる感じ。


「ふふ。コハネの怪我損ではありますが、庇われたことは嬉しかったですよ。私は聖女という人種があまり好きではありませんが、あれであなたを信用してみようという気になりましたから。……怪我、見せてください」

「え? うん」


 聖女が好きじゃない? 信用してみようという気になった?

 色々凄いことを聞いた気がする。

 どういうことか確認したいけれど、パトリスが怪我を見せるのを待っているので、服の袖をめくって腕の怪我を見せた。

 すると、瞬時に私の怪我は跡形もなく消えた。

 パトリスが魔法で治してくれたのだ。


「わあ、パトリスの魔法がすごいね! ありがとう!」

「どういたしまして」


 私も聖魔法で治療をすることができるが、パトリスの魔法は精度が凄かった。

 無駄が一切なくて、とても綺麗な魔法だ。


「さて、本題に入りましょうか。率直に言いますと、昨日の団長とあなたの会話を聞いてしまいました。すみません」

「!」


 別に聞かれても困るようなことは話していない。

 でも、自分の気持ちや恋バナなどを聞かれていたと思うと恥ずかしい。


「聞いてしまったというか……まあ、わざと聞いたんですけどね」

「ええー……」


 木の上にいたりして偶然聞いたのかなと思ったが、そうではないらしい。

 ガッツリと魔法で盗聴したそうだ。

 盗聴は犯罪ですよ!


「団長を振った人のことは察しがつきましたか?」

「え? そう聞いてくるということは、私が知っている人? ま、まさか……パトリス!?」


 団長と副団長の禁断の恋!

 そ、そんな……詳しい話を聞かせてください!


「コハネ、凍ってみますか?」

「ごめんなさい」


 かなりドキドキしてしまったが、やはり違ったらしい。

 でも、可能性はあるでしょ!

 他に私が知っているみんなの関係者といえば……あ。


「もしかして、テレーゼ様?」

「そうです。まあ、振られた……というのとは違う気がしますが」

「!」


 エドが好きになった人は初代聖女様……。

 聖女と騎士団長といえば、とても近い距離にあったはずだ。

 二人の間には何があったのだろう。


「あの方もコハネのように異世界から召喚されてやって来た方でした。テレーゼ様と団長は、コハネと例の王子のような関係でした」

「私とアーロン様のような……婚約していたの?」

「はい。団長は王都騎士団の団長になることが決まっていましたが、聖女様の浄化の旅について行くことになり、聖女専属騎士団の団長となりました。旅をしている間、二人は恋仲になって婚約に至りました。団長は王子ではありませんが、王族の血を引いている方でしたので、国の賛同も得られていました」

「……そうなんだ」


 私はどうしたのだろう。

 何故かエドの婚約についての話を聞いてショックを受けた。

 昔のことだし、私にはあまり関りのない話なのに……。

 もやもやを感じつつも、続いているパトリスの話に耳を傾ける。


「浄化の旅も終わって、国にも、二人にも、平穏が訪れると思っていたのですが、幸せな時間は長くは続きませんでした」

「まさか、ダイアナのような人が現れたの?」

「いいえ、そういうのではありません」

「あ、そうか。魔獣が王都を襲撃したのね? その魔物を倒して、みんなは呪われちゃったのよね……」


 浄化が終わったということは魔物が出ないはずなのに、不幸なできごとだ。

 そんなことを考えながら話の続きを待ったが……。


「パトリス?」


 何故かパトリスは次の言葉を言い淀んでいた。

 しばらく沈黙が続いたが、「はあ」と息を吐くと、決意したように話し始めた。


「仰る通り、私たちは魔獣を倒して呪われました。ですが、魔獣が現れたのは、テレーゼ様のせいだったのです」

「……え。ど……どういうこと!? テレーゼ様が悪い人だったの?」

「彼女は悪人ではありませんでした。彼女はただ……元の世界に帰りたかったのです」

「!」


 自分にも当てはまる話にどきりとする。

 私だって帰ることができるなら帰りたい。

 でも……。


「元の世界に戻ることってできないのよね?」

「ええ。でも、彼女はあきらめなかった。団長とこの世界で生きていくことを進めると同時に、帰る手段も探していたのです」

「エドのことが好きで婚約したけれど、帰ることが出来るなら帰りたかった、ってこと?」

「そうなのだろうと思います。彼女にしか分からない苦しみや葛藤があったと思いますよ。私としては、どちらかはっきりしないことは、団長に対して不誠実だと思いますが……それは私の考えです。突然見知らぬ世界に連れてこられた彼女を責める権利は、この世界の人間にはないのかもしれない、とも思います」


 聞いていてとてもつらい。

 私は聖女様の気持ちが痛いほど分かる。


「元の世界には帰れない」と言われて浄化の旅に出て、必死に頑張った。

 アーロン様と婚約して、この世界で生きていくことを決めたけれど、たまらなく寂しくなって、帰りたいとこっそり泣いたことは何度もある。

 好きな人と一緒にいたい気持ちと、大切な家族の元に帰りたい気持ちで揺れ動いていたのだろう。

 それを「ずるい」とか「不誠実」だと責めることは、私にはできない。


「それで……どうなったの?」

「団長との結婚を目前にして、彼女は元の世界に戻る方法をみつけたのです。そして、それを実行してしまいました」

「でも、成功しなかったのよね……」

「ええ。彼女は聖魔法を応用して、異世界への扉を開いたのです。ですが、彼女がいた元の世界と繋がらず……開いた空間から、魔獣が現れたのです」

「まさかその魔獣が、みんなが呪われる原因になった……?」

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