ショッピングモール・クエスト

@nasuda

きりばこ

「チカ? これでいいの?」

 あたしは、キーラは円筒形のガラスの筒を片手に、作業中のあたしに聞いた。

「そうそう、これ、これ、これが欲しかったの!」

 キーラから、ガラスの筒を受け取る。

「これさえあればもう、怖く無いわ!」

 段ボール、フェルト。それにエタノールとドライアイス。

 その他の細々としたパーツを眺めて、あたしは胸をはった。

「気にしすぎじゃないの? みんな何ともないのに?」

 キーラは形のいい眉根を寄せた。

 美人はどんな顔をしても美人だ、羨ましい。

人間トールマンだってみんな元気よ?」

「それは、そうだけど……これは気持ちの問題なのよ」

 グッとコブシを握りしめると、あたしは改めて集めたパーツを指さした。

「何でも作ってやってみよう! の精神よ」

「まあ、いいけど」

 キーラは、いまいちピンと来ない顔で答えた。

「何か手伝う事があったら呼んでねー」

 彼女はそう言って傍らの作業机に向かうと、椅子に腰掛けて呪文を唱えた。

「わたしはこっちで薬作ってるから」

 キーラの目の前にあるフラスコの中の薬品が、みるみる輝くとゆっくりと色を変えていく。

 何度見ても、現実感が無い光景だ。

 現実感が無い、と言えばそもそもキーラに現実感がない。

 とがった耳と、腰まである長い金色の髪。そして現実感が無いほどに整った顔。

 今は作業中だから髪をアップに結って、あちこち薬品が染み込んだ作業用のつなぎを来ている。それでも女のあたしが、見とれるほどの姿だからエルフってずるい。

 もっとも彼女はハーフエルフ、人間とのハーフだそうだ。

 同じつなぎ姿で、同じくらいの歳なのにこうも種族で差がつくといっそ笑えてくる。

「髪、延ばそうかな……」

 あたしは小学校に入った頃から、作業に邪魔な髪をばっさりショートにしている。

 まあ、同じ女、十六歳でも素材が違うからなあ。

「さあて、いっちょ始めますか」

 気合いを入れ直すと、あたしも作業机に向かって腰掛けた。

 まずは段ボールを貼り合わせる。

 本当であれば、発泡スチロールが適当なんだけどこの世界には石油加工品が無い。

 正確には灯油とか燃料に加工した物はあるけど、重化学工業が発展していないのでいわゆる合成樹脂とかは無い。

 幸いな事に紙の加工は行われているので、板紙を組み合わせた段ボールで発泡スチロールは代用出来る。

 必要なのは、加工が可能な保温材だ。

 毛布や毛皮、綿なんかの組み合わせも検討してはみたが加工の手軽さと、捨てても問題ない安価な素材と言う点ではやはり段ボールしかない。

 貼り合わせた段ボールの中心をくり抜くと、底に砕いたドライアイスを敷き詰める。

 ドライアイスは、ビールやアンモニアの生成過程で副産物として生産される。

 と言うかあたしの住んでいた世界、二十一世紀の日本でもそうだったらしい。

 こちらの世界では、ドワーフやエルフがえっちらおっちら作っている。

 昔ながらの手作りドライアイスだ。

 こっちに来て一月ちょいになるが、ファンタジーな世界でも、色々作っているのは感動的だ。

 次にガラス筒、筒と言っても底があるので首のない瓶のような感じだ。

 直径にすると二十センチぐらいの、両手で包み込める程度の大きさだ。

 あまり大きいと取り回しが難しい。一方で小さいと小さいで、すぐに全体が冷えてしまいこれまた難しい。

 あたしが今、作っているのは『霧箱』と言う放射線の観測を行う初歩的な道具。

 今いるこの世界に、どの程度の放射線が飛んでいるのか? あたしはそれが知りたいのだ。

 SFで未知の惑星に降り立つ話でも、『酸素・ガス・放射線』の有無を調べてから外に出るパターンが多いでしょ?

 多いって言うか、調べないなんて怖くない?

 とりあえず息が出来て、生きているのだからまあ酸素とかはオッケーなんだろうけど。

 放射線も一ヶ月無事に生きている所を見ると、まあ一シーベルト/h1時間あたりは越えてないのだろうと思うけど。

 ちなみに、いわゆる急性放射線障害で死亡した例をあげると、悪名高い『デーモン・コア』での臨界事故が有名。最初の事故では数秒のうちに約五・一シーベルトの放射線を数秒間浴びて一月後に死亡。二回目は約一秒のうちに二十一シーベルトの放射線を浴び九日後に死亡。

 目安として、一時間あたり一シーベルト以上を越える線量を浴びると人間は死亡すると言われている。そして法律では、管理区域内での年間被爆線量を五十ミリシーベルトと定めている。

 霧箱で放射線量を正確にはかる事は出来ないが、このポストアポカリプスな世界であれば霧箱で放射線の飛跡ががんがん観察できる。

 はずなんだけど。

 ガラスの筒の底に黒いフェルトをひきながら、あたしはため息をつく。

 キーラが言うとおり、この世界では何年もエルフやドワーフや人間が生活している。

 さすがファンタジー、核戦争も目じゃないぜ!

「マッドマックスでも、ふつーに生きてるしなあ」

 独り言をもごもご言いながら、横目でキーラを見る。

 見れば彼女の持ったフラスコから、青い煙がもうもうと立ち上っている。

 魔法で薬を作っているらしいがあれはどんな化学反応なんだろう?

 あたしはフェルトにエタノールを染み込ませる、ガラス板をかぶせて蓋をする。

「これで完成」

 ふーっと、ため息をついているとキーラが後ろからのぞき込んできた。

「あ、出来たのほーしゃせんとかを見る魔法?」

「いや、魔法じゃないし、科学ですし」

 あたしは軽くツッコミを入れると、霧箱を持ち上げた。

 さすがに、ガラスは重い。アクリルが、プラスチックがあれば……。

 ああ素晴らしき石油化学文明。

「ドア開けるよー」

 キーラが先導してドアを開けてくれる。

「ありがとう」

 あたしはえっちらおっちらと霧箱を手に、作業場を出てキーラの店を通る。

 キーラは、ショッピングモールモー跡を利用した町の薬屋の店舗兼住居に住んでいる。

 今は、居候になったあたしと二人暮らしだ。

 店からモールへ抜けると、まぶしい陽の光が差し込んでいる。

 見上げれば、天窓から青い空が見えた。

 天窓と言っても崩れた天井を補修したり、後から天井に穴を開けてガラス張りにしているので結構危なっかしい。

 行き交う人たちに挨拶をしながら、キーラの後ろについてショッピングモールの外に出る。

 重い霧箱をやっと地面におろせて、あたしもひと安心。帰りは分解して、二人で運べば少しは楽になる。

「さてと」

 あたしは霧箱をのぞき込む、ここの線量が高ければビュンビュン飛跡が見えるはずだ。

 シュッ、と切り裂くように長くて細い線が霧箱を切り裂くように流れる。

 続いて彗星のような尾を引いて、太い線が流れる。

 細い線は、宇宙から降り注ぐ宇宙線。そして太い線は弱いアルファー線。

 たくさんの細い線と、たまに現れる太い線に混じってくねくねとした線が時たま現れる。

 これがベータ線。

 アルファー線は、紙でも遮蔽できるぐらい透過力が弱いよわよわだ。一方でベータ線はプラスチック板ぐらいでで遮蔽可能だが、遮蔽物に当たるとエックス線が放出される。

 そしてエックス線の遮蔽には、鉛が必要となる。

 宇宙線とアルファー線は特に問題にならないんだけど、ベータ線とエックス線は厄介なんだけど……。

 一般的に一立法メートルあたりの空気、すなわち一キログラムあたりの空気に一千ベクレルの放射能があり、一立方メートルの霧箱には一秒当たり一〇〇〇回の飛跡が現れる。はず。

 一秒間にいくつなんて、カメラとスロービデオがないと数えるなんて、無理不可能。

 ただまあ、記憶にある、何度も自宅のベランダで繰り返した霧箱の実験と目の前の霧箱の飛跡の量は正直あまり変わらない様に見える。

 ひゅんひゅん飛ぶ宇宙線と、くねくねするベータ線。そして母指紋のようなアルファー線。こうベータ線とアルファー線がもっともっと霧箱を埋め尽くす、みたいな光景を期待していたあたしは、正直がっかりした。

 その反面、ここが安全だとわかりホッとした所でもある。

 しかし、とは言え。これで何でこの世界がこうなのかさっぱり分からなくなった。

 や、さっぱりって言うか。元々ぜんぜん分からないんだけど。

「チカー、すっごーい! なにこれ! どんな魔法?」

 始めて見る霧箱にキーラは大興奮のようで。

 その歓声を背中で聞きながら、あたしはかつてのショッピングモールを見上げる。

『イオン浦和美園』

 ここは、日本の埼玉でさいたまで浦和美園なのだ。

 おそらく、あたしが住んでいた二十一世紀から大幅に未来の。

 一つだけ分かっていることは、核戦争後の世界。では無いらしいと言うこと。

「ちーかー、なんか終わっちゃったよ!」

 あたしの旅は、いつ終わるのだろう?

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