連載打ち切られた漫画家がアルマゲドンを終わらせる『模範怪盗ナトガイア』

イソベマシロー

第1話 連載打ち切られたら変な霊が来た

序章 


 ピーン、ピーン、とテレビドラマの中によく出てくる病室のシーンでよく見るような心臓の鼓動を伝える器械の明かりだけが部屋の中を照らしている。どうやら何人かの男女が上役らしい女性に報告をしているらしい。

「なんてこと! これだけの人数と時間をかけながらまったく手がかりなしってこと? 情けないわね。」

「そうは言われましても、思いつく方法はかたっぱしから・・・」

「おだまりなさい、霊界の『あの方』は、『こいつ』の強い霊の波動はあいかわらずこの現世から感じると仰せです。何としても『こいつ』の霊が霊界に行く前にこの現世で始末しなければ我々も『あの方』も終わりだということを忘れないでちょうだい!」

 彼女が『こいつ』と言いながら指さしたベッドの上には、どうやら年配の男性らしい人物が横たわり、心電図の電極や点滴の針などを取り付けられた状態で横たわっているみたいだ。

「とにかく急ぐのよ、そう、教授も・・・『こいつ』のパートナーも今必死に探してるはず、先に見つけられては厄介なことになるわ、急ぐのよっ!」

「はっ!」

 女性上司の命は絶対のようで部下たちは一斉に素早く散っていった。

「私としたことが、最後の最後で詰めをしくじったわ。やはり私の中にも『こいつ』に対する畏れがまだあったのかもね・・・。」

 ピーン、ピーン、ピーン、という音だけが変わらず聞こえる部屋からいつしか彼女も消えていた。


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 同じく地下室のようだが、こちらには機械的なものはいっさい見当たらない石の壁で囲まれたスペースで、かなりの年代物の遺跡の下のようだ。部屋の形式と壁に刻まれた文字から。日本ではなくどうやらアジアの南の方であることが窺える。

「どう?感じた?」

「うん、また感じた。これまでこんなことなかったよね・・・」

「あきらかに植物の霊たちがなんていうか、動揺してるみたいね。何かが起こったか、あるいはこれから起こるのかしら。」

「1000年近くも無事だったこの結界がたやすく崩れることはまずないとは思うけど、念のためしばらくは交代で見張ることにしよう、昼間は僕が見てるから夜はお姉ちゃんね。」

「アタシに指図しないで、あんた弟でしょ、でもまあいいわ、じゃあ今夜から夜はここで寝ることにする。」

「あ、いや、寝るんじゃなくて見張るん・・・」

「大丈夫よ、眠ってても異常があればすぐに気づくから、アタシは!」

 そう言うと、年のころならまだ二十歳ほどの姉は17か18歳くらいの弟を残して出て行った。


第一章 おかしな侵入者


 子供のころから漫画家になりたくってなりたくって、猛反対する両親をとりあえず安心させるために適当な大学には入ったものの、漫画ばかり描いては雑誌の漫画賞に応募しまくっていたので成績は惨憺たるありさまだった。当時結構流行っていた少年同士のボーイズラブをひと捻りして、守護霊とボーイズラブに落ちる少年を描いた漫画が妙に受けて、少年漫画週間雑誌の新人漫画大賞についに入選することができたのが一年前。その後、編集者に薦められて30ページの読み切り漫画を描かせてもらうことになり、ボーイズラブよりも守護霊の方にもうひと捻り加えて、軟弱な彼氏と付き合うのが嫌になった少女が、生前プロレスラーだった彼氏の守護霊に恋してしまう、という作品をギャグタッチで描いたのがまたまた好評で、大学中退して週刊漫画雑誌に連載を開始することになった。「新時代を切り開く新(心)霊漫画家!」などという大層な前置きも付けてもらって連載開始したのはいいが、出だしこそ珍しさも受けて好評だったものの週を追うごとに人気は急落して、ついに打ち切りを伝えられたのはわずか一週間前のことだった。その時はかなり落ち込んで何もする気にならなかったが、なんとかテンションが上がらない自分の心をだましだまし、あと50週くらいかけて書こうと思っていた色んな構想をこの最終回に無理やり詰め込みまくるという作業には随分神経を消耗させられたが、2晩連続の徹夜でようやく描きあげることができた。出版社の担当Kさんが原稿を取りに来るまであと2時間、いや3時間くらいはあるかな、ちょっと休むとしよう。あ、そうだ、先週面接したボクの人生初のアシスタントになるはずだった2人にもお断りの連絡をしないといけない、気が重いな。

 一応連載開始からの合計ページ数では180ページにはなってると思う、単行本の1冊分には達してるので、何か月か後に単行本として出版されて、それが一足遅れの大ヒットになり、根強いファンたちの要望により連載再開・・・な~んてご都合主義の妄想を膨らませながら徹夜明けにバニラの香り入りの紅茶をいただく。もっと若い頃には眠気覚ましにはもっぱらコーヒーだったんだけど、いつの頃からかコーヒーの刺激が強く感じられるようになり、淹れたての香りを嗅いだ後は一口二口飲んだだけで残すようになり、紅茶派に乗り換えてからどのくらいになるだろうか。でも実際コーヒーと紅茶ではどちらが体にいいのかよくわからない。一度ネットで調べてみようと何度も思いながら結局調べてなかったなあ、しばらく暇だろうから調べてみるか・・・

 などど考えていると、突然「ゾクゾクッ」という効果音がそのまま当てはまるような感覚に襲われた。あらためて見るまでもなく全身に鳥肌が立っているのがわかる。アパートの5階が自宅兼作業場なので、蚊も滅多に入っては来ないから窓はいつも開け放ってあるものの、明け方とはいえ9月初旬のこの時期には、涼しさよりもまだまだ蒸し暑さを普段は感じるんだけどなぁ・・・もしかして連載最終話を描き上げて気が緩んで風邪でもひいたのかな、最悪だ・・・畳の上にゴロリと横になりながら、あまり働きの良くない状態の頭でそんなことを考えていると、「あぁ、何だあれ・・・」妙なものが目に入ってきた。

 冷蔵庫の前をどこから入ってきたのか、葉っぱが横切っていくのが見える。何の葉っぱだろう、しかも2枚。忙しくひらひらしながら、下に落ちるのではなくて横に進んで行ってる。何だろうかこの動き方は、自然の法則を無視したこんな動きは形容するのがむずかしいな。しいて言えば、そう、鳥人間コンテストで懸命に羽根をバタつかせる挑戦者の動きに似てないこともない。う~ん、これは怖がるべきなのかな~、徹夜明けなんでボクの感覚がちょっとマヒしてるのを感じるけど、さて、実際こういう場合普通はどう反応するのがいいんだろう?

 やがてその「葉っぱたち」はボクの作業机のところまでたどり着いた・・・「たどり着いた」となぜ言いたいかというと、右に左にブレながらも、やはり何かの意思があって目的地であるボクの机を目指していたとしか思えない動き方だったからだ。この時点でボクも体を起こして胡坐をかいてその奇妙な侵入者が何をするのか見届けることにした。

 と、片方の葉っぱが机の隅に落ちた、が、もう片方は落ちずに、そのまま空中に静止してる。これは確実だ、何かの意思と力がなければ葉っぱが空中に静止するはずもない。もしかして虫が葉っぱを持ち上げるようにして飛んでるのでは、という可能性もあるいは、と考えてもいたのだが、静止した時点でその可能性も消えた・・・ってことは、これは間違いなくスーパーナチュラル! 超常現象じゃないのか! でも不思議と怖いとか逃げ出そうとかいう気は起きない。それどころか、なぜだかわからないが、かすかに妙な親しみまで感じるのはどういうことだろう。

「お・・・」

 と思わず声が出たのは机の上の鉛筆が動いたからだった。もしかしてこの目に見えない『何か』が葉っぱを落としたのは、鉛筆に持ち替えて何かを書こうとしてるんじゃないのかな? でも動きがぎこちない。葉っぱの動きもぎこちなかったが、鉛筆はさらに持ちにくそうだ。そうなんだ、「持ちにくそう」だという表現が適切だと思えるのは、鉛筆が削ってある方を下にして持ち上がっているからで、明らかに何かを書こうとしているとしか思えない。ここまできても怖さは不思議と感じない、やはり疲れてるのか、あるいは何かしようとして、うまくいかない不器用さが今の自分の境遇と重なって共感できたからなのか。


 だがここで問題が起きた。


 鉛筆の下にあるのは徹夜で仕上げたばかりの漫画の原稿。さすがにこれには黙っていられない!

「コラーっ!徹夜で仕上げた原稿になにすんだぁっ!」

 というボクの叫びが聞こえたのか、鉛筆の動きがピタリと止まった後、どうしたらいいんだろう、という感じでオロオロしてる感じが伝わってくる。人間味のある、意外にいい奴かもしれないな、コイツ。

「ホラ、しょうがない、スケッチブック開いてやるからこれを使いな!」

 はっきりとはわからないが、なんとなく嬉しそうな反応が伝わってくる気がした。小さな親切が喜ばれたようで悪くはないな。スケッチブックを開いてる時、鉛筆や葉っぱにも手が届きそうだったんで、ちょっと触ってみたい衝動にもかられたが、なぜだかこの奇妙だが人間臭い『何か』とはもしかしたら長く付き合うかもしれない、という思いがふっと頭をかすめて思いとどまった。まあ焦ることはないさ、どうせしばらく暇なんだし。

「ところで、紅茶は好きかな?」

 これがボクとその「何か」との奇妙な関係の始まりだった。


第二章 奇妙というより珍妙な会話


 その「何か」はいつの間にか持ちにくい鉛筆を直接持つのをやめて、どうやらより持ちやすいらしい葉っぱで鉛筆を包むように持ち替えて文字を書き始めた、頭いいかも。少しブレ気味だけど丁寧に一文字一文字書いているので読むには問題ない、几帳面っぽい性格なのかもしれない。


《はじめました、見ず知らずのタワシなんかのためにお心遣いかたじけない。》


 ・・・なんだこれは・・・


「・・・最初のメッセージからいきなり突っ込みどころ満載だなぁ、前半と後半で文体がかみあってないし、妙に卑屈になる必要もないし・・・う~ん、いきなり何はじめてんだよ、『はじめました』じゃなくて『はじめまして』だろ?『ワタシ』が『タワシ』になってるし、それに『かたじけない』なんて、オマエはサムライかよ。」

《オー! アイムソーリー!  サムライだった時もあったみたいでやす。何度か生まれ変わってるみたいなんじゃが、記憶がごっちゃんです。》

「え? 『記憶がごっちゃん』??? 記憶がごっちゃになってるって言いたいんだよな、たぶん。でもそうなのか、死んで肉体が無くなると前世とか前前世とかの記憶も蘇えってくるもんなのかな? なんか英語まで出てきてるし、アメリカ人だったこともあるわけ?」

《あ、アメリカン人ではなくてオーストラリアン人の旅籠(はたご)の女将でごわした。》

「えーと・・・もういちいち細かい事突っ込むのは疲れるからやめるよ、まあ意味が伝わりゃそれでいいとしよ・・・あ、女将さんだったってことはアンタ女の人?」

《男だったことも、女だったことも、子供だったこともありんす。》

 子供だったことも、って、う~ん、肉体がなくなると、男とか女とか老若男女とかの観念がなくなるってことか? いかん、いかん、細かなことに惑わされずに――いろいろ「コイツ」のこともっと知りたいという衝動はあるものの、ボクが確認すべき優先順位を見失っちゃいけない。

「『オマエ』が幽霊でユニークだってことは十分わかった、ユニークな会話をもっと楽しみたいとも思うけどね、でも一番大事なことを聞きたい・・・っておい、人が話してる時に聞かずにまた何か書いてんじゃねえよ!」

《霊蔵庫の中の牛乳が期限切れ    あ、こめんなざい。》

 ここで言うことかよ! あと、その漢字変換ミスでも出てきそうもない『霊蔵庫』ってのはたぶん冷蔵庫のことだよな、ちょっと頭の中で一瞬『霊蔵庫』をビジュアル化してしまったのは漫画家の職業病かもしれない、我ながら大した出来のビジュアルだったのでしばらく夢に見てしまいそうだ。あと、後半の濁点の位置とか微妙におかしいのも突っ込みたいけど、ここは我慢しよう、


「もうストレートに聞くぞ! ボクに何して欲しいんだ!?」

《別になにも。》

「え・・・? 即答でそれ? あ~、じゃ何でここにいるんだよ。」

《行くとこないし、またまた、あれ、おかしい? あ、『たまたま』でした、そうそう、そうじゃった、たまたまの料理だと、ワタシはたまご焼きが大好きヨ、コショウちょっと多めにかけるのがグッド。》

「たまごにそれていくなよ! たまたま何だったんだ!?」

《え、と、何の話でしたっけ? 朝ごはんの話じゃったろうか》

「・・・どうしてここにいるのかって話だろ、たまたま何があった!?」

《あ、そう、たまたまアナタが鉛筆を買うの見たから追跡し申した。》

「鉛筆?」

 予想外の答えにちょっと面食らったが、そういえばこいつ、これまで葉っぱと鉛筆以外に触れてないようだな。なぜ葉っぱと鉛筆なのかな?

「そういえば、ボクが画材屋に漫画の下書き用の4Bの鉛筆を買いに行ったのが3日前だったかな、ってことは画材屋で鉛筆を買ったボクの後をつけてきたわけか。でもどうして鉛筆で、どうしてボクが選ばれたのかなぁ?」

《実はワタシ、鉛筆以外の書くものにはキャンノットタッチみたいで。だから小学校に行っちゃったよ。でも小がくせー相手にこういうことすると怖がられたり泣かれたりエロうしんどいんで、やっぱり大きいの人がいい。ハウエバーバット、鉛筆を使う大きいの人って限られてくるんで、画材屋さんで鉛筆買う人を待ち伏せたとでごわす。》

「なるほど、そこがボクがたまたま第一号で鉛筆を買ったわけか・・・」

《いえ、実はアナタは3匹目の獲物、前の2匹はもっとずっと高そーなマンションの上の方の階に住んではって、葉っぱで羽ばたいて移動するタワワタシにはエレベーターが開いてる隙に入り込むことがよーでけへんのや、その点、アナタは5階に住んどるけど、エレベーター持っとらんきに。》

「ふ・・・ふ~ん悪かったなぁ! どうせボクはエレベータ付きのマンションに住めない貧乏人だよ!」

《いえ、そんな、悪かっただなんて、アナタがとても素晴らしく貧乏なおかげでお近づきになれてワタシは感謝してんだね。》

 こいつ、やっぱり結構な天然だな・・・。あれ、でも待てよ、ってことはその3日前からずっと・・・?

「ずっと部屋の中にいたのか? ずっとボクを観察してたのか!?」

《アナタがどんな生き物なんだか知りたかったとです。あまり神経質で細かいと、こんな風にお話もたぶん、キャンノットなんで。》

「その点僕ならおおざっぱで鈍感だと?」

《はい、まっことその通りじゃ、アリガトゴザイマース。》

 お礼言うとこじゃないだろう、でもだんだんこいつの性格に慣れてきた。

「でもやな感じだな~、トイレ入ったり風呂入ったりするのも見てたわけか!?」

《あ、いえ、見ようにも目がないのでアイキャンノットシー、見たくもねーですが。》

「え、そう・・・なの?」

《なんとなくわかる気がするのは、他の人たちは肉体がなくなると別の世界、たぶん霊界とかいうところに行くんやと思いやす、そこに行ければいろいろ楽に動けたりするんじゃないかと思うんじゃが、なぜかワタシはこの世に残っちゃってるみたい。目がないから見えへんし、耳がないから聞こえへんし、口がないからキャンノットスピークだし・・・あと、体、重さがないから歩いたりしてムーブできないし・・・だから羽根の代わりに葉っぱ持ってバタバタ振って移動してるアル。》

 あ~~~! なるほど! 気が付かなかった!

 いわゆる五感は体がないと感じられないわけだ! 体が無くなった霊がこの世にいる限りはこの世の物理的法則に従うと五感以外の感覚をうまく使えない限りはこの世界では不自由するってことなんだ。ふーん、でも葉っぱとか鉛筆とか、さわれるものもあるってことか・・・だから『コイツ』は触れることのできる葉っぱを掴んで鳥みたいに羽ばたくことで移動できるのか、たぶん重さはゼロか限りなくゼロに近いんだろうから・・・

「じゃあ、景色とかボクの顔とか見えてないわけ?」

《アナタの理解している『見える』というのとは違ってると思いますが、たとえばアナタの顔の凹凸がどんなものかは『感じ取る』ことは可能なのじゃ。》

「あれ、でもボクの言うことは聞こえてるんじゃないのか?」

《耳がないのでアナタのたぶん魅力的であろう声は聞かなくて済んでますが、あなたが考えてることはアンダスターンドなんだす。》

「なんかさりげなくとんでもないこと言われたような気もするけど・・・まあいい、考えたことががわかるってことはテレパシーっとことか・・・そうか、じゃあボクが口に出さなくても頭の中で思ったことは全部わかちゃうんだな・・・まいったな、ボクの考えは全てお見通しなのに、オマエの考えは書いてもらわないとわからないわけか・・・アチャー、なんか不公平、最悪じゃん・・・」

 その点はちょっと嫌な感じだけど、五感が無い状態でこの世に居るってことはマジで大変な苦労なんだろーなーってことは理解できた、ちょっと同情するなその点は。あ、こういうこと考えてるのも全部わかっちゃってるのかなぁ?

《はい、ありがとうございます。》

「やっぱりか! 黙れ! ちょっとは空気を読め、空気を。」

《え、スンマヘン、心は読めますが、空気の方はどうも読めないみたいなんで。》

「いや、空気を読めっていうのは・・・まあいいや、それよりもすごく気になってることがあるんだけど。オマエさあ、葉っぱと鉛筆はさわれるみたいだけど、あとはどうなの? 何か他にもさわれるものとかあるの?」

《自分でもよくわがりかねまずが、アイキャンタッチ植物や植物性の物みたいだす。》

 ボクはひょっとしてすごい体験をしてるんじゃないか? 世界のだれも知らない幽霊の本質を知ることができるのかも! こりゃすごいかも。

「そうかあ、幽霊ってのは植物にはさわることができるってことなのかな? それ以外の物質は通り抜けちゃうってこと? あ、そうか、逆に考えれば植物だけは通り抜けられないってことにもなるよね。」

《あの・・・その幽霊っていうのやめておくんなまし、ワタシけっこう怖がりで、特に幽霊の怪談話とか聞くと夜トイレに一人で行けないんだす。》

 いやいや、今まさにオマエがその幽霊なんだろう、ってつっこみたいけど・・・どうも話が進まんな。

「じゃ、幽霊じゃないとすると、オマエは一体何なの?」

《聖なる霊体や。》

 ・・・まあ、いいか。

「でもさあ、今もだけど、葉っぱと鉛筆で比べると、葉っぱの方が鉛筆よりも持ちやすそうにみえるけど、やっぱり鉛筆の方が重たいってことかな?」

《いえ、たぶん重さというよりも、同じ植物系物質でも新鮮な葉っぱと加工された鉛筆の違いだと思われます。なんとなくですが、私がこうして触れているのは物質の植物の方ではなく、植物の霊の方だという感じがしてます。また、確証はありませんが、私の考えでは動物の霊と植物の霊は根本的に違うのだと思われます。動物の霊は一つの大きなまとまった霊であり、植物の霊は細部壁に囲まれた細胞ひとつひとつに独立した霊があり、それが集合体になっているものだと思われます。だから細かく刻まれたり砕かれたりして加工品になったとしても、細胞が完全に破壊されない限りは、一つ一つの細胞に霊がそのまま留まっている、そう考えれば植物の加工品にも私が触れられるけれども、霊のエネルギーがより強く残っている葉っぱの方が加工品の鉛筆よりも持ちやすいということの説明もつきます。》

「・・・・・・」

《すみません、何かわたし木に触るような事言いました?》

「あ、いや・・・」

 ちょっと驚いたな、鉛筆に触ってることをちゃんと考慮して『気に障る』を『木に触る』と書いたとしたらかなりハイセンスのボケだが・・・いやいや、それにも驚いたには驚いたけど、もっと驚いたことは・・・

「いや~、今日初めて突っ込みどころのないまともな文章を、しかも長文で見た気がするんで、ちょっと驚いたんだけど、しかもその上いきなり学術論文みたいな文章が出てきたから、正直びっくりした。」

《それはどうも、恐れ入ったか。》

「なに?」

《あ、ちょっとまちげえちまった、『恐れ入りやした』と言いたかったんや。》

「いいよいいよ、細かいところは、ひょっとして偉い学者さんだったとか? だから専門分野のことについてはきっちり書けるんじゃないのかな?」

 いままでさんざん「オマエ」とか「コイツ」とか言っちゃってたけど、偉い学者さんだったとしたらまずかったかな~。

 《はっきり思い出せんのじゃが、研究室で植物の細胞を採取して顕微鏡でのぞき見して興奮してた記憶があるみたいじゃな。》

それはなんか別の場所をのぞいた経験と記憶が混ざってるんじゃないだろうかという気もするが・・・

「他の幽レ・・・聖なる霊体とは会ったり話したりすることはあんの?」

《はあ、それができればいいなとワタシも思ってるんですが、他の同じような方たちというのがいらっしゃるのかどうか、会(お)うたことないとです、あるいは出会っててもわからないのか。だから他の方たちもワタシと同じように植物系のものに触れられるのか、ワッチが特別なのかも実はよーわからんとでごわす。》

「ふ~ん、じゃあずっと独りぼっちだったんだなぁ。オマエが死ん・・・いや、聖なる霊体になったのはいつ頃なのかな?」

《よくわかりません。これも何度も生まれ変わっているために記憶がごっちゃんになってるからでしょうか、どうしてこうなったのかも、自分の名前が何だったのかも実はアイドントノウだす。》

 ふ~ん、色々大変なんだなぁ。でもだいたいわかってきた。まとめるとこういうことか。


(1)肉体と離れた後、普通は霊界に行くみたいだけど「コイツ」は霊界に行けずにこの世に残っている。

(2)何度も生まれ変わってきてるみたいだけど、これまでに転生したすべての膨大な記憶が混ざってしまって混乱している。

(3)肉体がないのでこの世で必要な五感が使えない。

(4)その代わりに第六感とかを使って五感の代わりに感じたり人の心を読んだりすることはできる。

(5)この世では唯一、植物に宿るまたは植物からできている物に残存する植物の霊に触れることができる。その植物の霊を通して植物あるいは植物性の物質をつかんだりするのもできるらしいけど、それは全ての霊に共通なのか「コイツ」が特別なのかはわからない。

(6)ボクについてきたのは特に何か望みがあるわけでもなく、たぶん寂しかったからだと思われる。

 ふ~ん、まあせっかく知り合ったのも何かの縁かもしれないし、このままここで放り出すわけにもいかないよなあ。でもひとまずは徹夜明けの空腹がこたえるので、ちょっと腹ごしらえもしなきゃならないから駅前のコンビニまで弁当買いに行くとしよ。


(第一話 終了)

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