第6話 押しては返す波のように

 夏の暑さが少し緩んだ午後は、ソーダ水にミントとレモンを添えたらそれだけでもオシャレな気分につつまれません?


 女性はいつでもきらきら。

 夏は素晴らしい。

 浴衣姿が美しい。後ろ姿は花のよう。

 嗚呼 夏よ、悩ましい。


 そんな日は特別をもう少し特別に彩る。


 商店街の角を曲がると懐かしい雰囲気に包まれる通りが現れる。そこには古民家をリフォームした白い壁の大好きなカフェのお持ち帰り専用のお店がある。僕はプリンと甘くないお酒に合う焼き菓子とこんがりと焼き目のついたチーズケーキを買う。

 

 こんな贅沢もたまにはいい。


 ずっと欲しかった新しく買ったマグカップに珈琲を注ぎ、夜を楽しむ。とても観たかった映画も上の空になる程のおしゃべりに僕は相槌を打った。


 夜の街頭の灯りのしたで鳴いていた蝉の声は、いつしか秋の声に変わる。


 あー、夏が、夏が終わっていくよ?

 さあてと、ちょっぴり急がなきゃね!





 自動販売機の横で、カレが少しびっくりした顔で僕を見ていた。あー……うまく言葉にならない。そんな僕にカレは優しく声をかけてくる。


「学校まで一緒に行こう」

「あー……」

「あ、ごめん……いやかな?」

「……ううん、大丈夫」


 大丈夫って何?

 素っ気ないフリ?

 いやいやいやいや〜違う違う!

 緊張から上手く言葉にならなくなったんだよ。本当だから!


 ちょっと、コレって、誰への言い訳?(きっと今の自分にだな)


 背の高いカレが真夏の朝日で眩しくて、表情がうまく見えなくて、僕は目を細めた。すると、小さくカレの笑う声が微かに耳に届く。


「あー……俺、おはようって言ったかな?」

「そう言えば、おはようって言うの忘れてたね」

「うん、そうだね」

「なんて言うか……その……ごめんね」

「ううん、大丈夫だよ」


 ゆっくりとしたカレの歩幅にあわせると隣に並ぶ形になった。きちんと隣を見るとカレがとても柔らかな笑顔で僕を見ていたことに気がついて、言葉に詰まりそうになった。

 

 貴方は、なんちゅう優しい顔をする人ですか?

 貴方って人は聖人ですか?


 もうすぐってくらいに、心の言葉がそこまで出かかっていた。頑張って自分!


 そこにタイミングよく(?)化学の石田先生(これもまた仮名)が教師には珍しいくらいの厳ついトヨタのチェイサーで横切って行ったと思いきや、車を止め、窓を開け顔を出した。


「櫛木ぃぃぃぃぃぃぃぃ! 朝からデートかああ? おまえも隅に置けないなああ〜うははは〜」とニヤついた表情でサラッと言いやがった!

 

 もちろんカレは曇った表情を前面に出した。


 なんてことでしょう! もぉぉぉぉ!

 余計なことを〜!


 カレは僕を置いて足速に横断歩道を渡っていきました。とさ。

 

 そりゃそうでしょうとも。やっと心を開きかけた所に、あのセリフですよ? 僕だってイヤです。本気で嫌です。なんでしたら末代まで呪います。本気ですよ? 石田先生……


 デリカシーとは?

 いい大人とは?

 教師なのに、そのセリフはアリか?


 いや、ナシでしょ!


 鋭く切り裂くようなプロレス技が、ざっくりと決まりましたよ? 心にざっくりと、それはもう……ざっくりと……ああ〜


 カレの後ろ姿を見つめて立ち尽くす僕は、どれだけ小さかったことでしょうね?

 いや、実際も小さいんですけどね?



 横断歩道の前で何分経ったのか、呆然としていると雅ちゃんが僕の背中を軽く押す。買ったばかりの肉まんとカレーまんを持って雅ちゃんはニコッと笑う。


「みやびちゃんのおごりだ! どっちでも好きな方を食え!」

 とびきり可愛い笑顔で僕をわざと下からのぞき込んだ。


 泣くぞ? そういうので僕はすぐに泣くぞ? やめて、それ以上はやめて。溢れそうだから。色んなモノが。


「肉まん……食べる。それと、オールドファッションは?」

「それ、今ここで言う? そんな亮にはカレーまんをあげよう!」

「カレーまん……肉まんが良い……」

「仕方ないな〜」

 そう言って、雅ちゃんは僕の背中をもう一度優しく押した。こういうのが一番嬉しかったし、とても助かった。下手な言葉はいらないんだって分かる瞬間だった。女の子で本当に優しくしてくれたのは雅ちゃんだけだったから。興味本位で近づいて馬鹿にしてきた奴らとは違った。


 本当の僕を知っても嫌わなかった。

 雅ちゃんは僕の太陽のような存在だった。キラキラではなくてギラギラでもなくて、暖かな陽射しのような人だった。


 僕の淡い恋物語は、前途多難のようです。

 やれやれだぜ。



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