第45話

「なぁ、こういう考えはどう?」

「な、なに?」

「実は『影』は神なんかじゃなくて、ただの人間でしたってオチ」

「はぁっ?」

 ここに来て爆弾発言を落としたかなでは、不敵に笑ってた。

「だ、だって僕たち現に次元の狭間に行ったじゃないか!」

「あそこはこの地上のどこかに転移させられただけ。もしくはオレらが揃って幻覚を見ていた」

「世界が崩壊しかけてるし!」

「超人的な魔力をムダ使いしてるだけ」

「キミの存在は!」

「擬似生命体?」

 ポカンと口を開けていた僕は、ふいに笑いがこみ上げて止まらなくなってしまった。

「あ、あははははっ! なにそれ、こじつけじゃん」

「でも百%ウソとは言い切れないだろ? ほら、ヤツはペテン師だ」

 笑うだけ笑うと、ずいぶん気分はスッキリしていた。

「そうかな。そう考えるのもありなのかな?」

「うむ、大事なのは自分がどう捉えるかってことさ」

 ニッと笑ったかなでは、その笑みを穏やかな物に落としてこう続けた。

「オレはつづっちゃんと委員長にそう教えられた。たとえ自分がどんな状況でここに居るんだとしても『それがどうした』なんだ。大切なのはこれからどうするか。なんだって」

 スッと僕の頬に手をのばしたかなでは、残っていた涙を拭ってくれた。

「オレもつむぎの両親のことは覚えてる。大丈夫、あの人たちはちゃんと実在してるよ」

「……うんっ」

 頷き合った僕らは、再び階段を駆け上がり始めた。


***


 ところが、てっぺんにたどり着く前に異変が起こった。


 ゴゴゴゴ……


「な、なに?」

 いきなり地響きが発生し、かすかに足元の階段が揺れる。

「動いてないか、この階段」

 かなでの言う通り、通路自体が横に移動している気がする。てっぺんに見えていた明かりがフッと消え、そしていきなりそれがやってきた。

「うわぁ!?」

「どわっ」

 階段がいきなりカクッと横に折れ曲がり、変形し始めたのだ。

 しかも止まることなく、まるで生きてるヘビのように形を変えていく。

「ぎゃぁああ!」

「だあああっ」

 僕らは衝撃で転げ落ちていかないよう、床に這いつくばるので精いっぱいだった。振り落とされてしまうんじゃないかって思ったその時、唐突に変形が終わった。

「収まった?」

「うーわー、なんじゃこら」

 一本道だった階段は折れて先が見えなくなっていた。試しに曲がり角まで行ってみると、いきなり扉が現れる。

「別のところに繋げられたのかな?」

「あのまま行くとボスまで直結だったわけか。ちぇー惜しいことしたな」

 とはいえ、いつまでもそこに居るわけにもいかないのでとりあえず扉を開ける。

「っ!」

 バッと身構えるのだけど、いきなり光線が飛んでくるとかそんなことは無かった。

 薄暗くずいぶんと横長な建物の中みたいで、通路の脇に壁で区切られたいくつもの部屋が連続して並んでいる。

「どこだろう、ここ」

「うーん」

 幅広な通路の真ん中には吹き抜けが空いていて、身を乗り出してみると下に同じような階層が見えた。

 向かい側の通路も同じ構造みたいで一面だけ開いた部屋が大量に連なっている。

「この巨木の中で、人が住むための施設だったのかな?」

「にしてはプライバシーも何もあったもんじゃないな。生活するための設備があるわけでもなさそうだし……」

 確かに、部屋を覗き込んでみると千切れた服や小物が散らばって居るだけで、トイレとかお風呂とかベッドらしきものが見当たらない。

 と、その時、僕の足をチョンチョンとつつく何かがあった。

「ひぁっ!?」

「お? なんだこれ」

 驚いて振り向くと、黒いベストを来た白ウサギが居た。見覚えのあるそれに僕はひくりと顔を引きつらせる。

「こ、このウサギ……」

「知り合い? すげー、洋服着てるし」

「いや、似たのが王子の城に居て――」

 ところがそれを遮るようにウサギが喋り出した。

『ようこそハピネスモールへ! 何かお困りですか?』

「しゃべったー!!」

「っていうか多っ!!」

 物陰から同じウサギがゾロゾロと出てくる。彼らはちょこんと座ると前足をピッと胸の前でそろえた。

『ようこそハピネスモールへ! 何かお困りですか?』

『ご案内はこのわたくしにお任せください』

『ただいまハピネスカード会員募集中です、いかがでしょう?』

『四時からみんなの広場で号泣レンジャーのキャラクターショーが始まります』

『ハピネスモールでは車イスの方のバリアフリーも完備しております』

『レディスウェア【QueeN】でタイムセールが始まります! 秋物が最大七十%OFF!』

 どの子も一斉にしゃべり出すもんだから、頭がガンガンしだす。

「う、うるさーいっ!!」

「おわっ!」

 耳を抑える僕とかなでにウサギたちは容赦無く飛びかかってきた。

『ご案内を!』

『お困りですか!?』

 たまらず逃げ出そうとしたその時、足元にいた一匹を蹴っ飛ばしてしまった。

「うわっ」

 ウサギは着地と同時にガシャンと崩れ、白い毛皮の中からネジや歯車が飛び出す。

『ゴゴゴ、ゴ案内、ヲ』

 なのにグギギと首をこちらに向けてしゃべり続ける。その光景はホラーでしかなかった。

「ぎゃー!」

「なんだァあれ。生身じゃないのか」

 かなでに首根っこを掴まれ逃げ出す。それでもウサギたちは追ってきた。

『お客様! コンシェルジュへ危害を加えることは規約違反です!』

『お待ちください! ただいま責任者を呼んでまいります!』

「いいよぉ! 呼ばなくていいからぁっ!!」

 やだー! ぜったい夢に見るよこの光景!!

 その時、いきなりビービーと警報がなり出して、通路のランプが赤く回り始めた。

『警備センターに告ぐ、二Fさざなみストリートにて暴れるゲストを発見! ただちに応援を――』

 バタン!と、通路わきの扉が開き、銀色のカクカクした人形が出てくる。そいつらも警棒のようなものを振り回しながら、ウサギと一緒に追いかけてきた。

「なんなんだよいったいぃぃ!」

「あひゃひゃひゃひゃ、ウサギこえー!」

「笑ってる場合かぁっ!!」

 ハッとして前方に目をこらす。行き止まりだ!

「向かいの通路に移ろう」

「ダメだ、あっちからも来てる!」

 ついに僕らは追い詰められ、追手と向かい合う形になった。

「やるしかないっ、かなで! 複合魔法!」

「よっしゃあ!」

 バッと魔具を構える。のだけど。

「……あ、ダメだ」

「はぁっ!?」

 驚いて横を見ると、かなでは頭を掻いていた。

「オレ今、魔力ゼロ」

 つむぎに返したから、と呟く。

 ポカンとしている間に敵が飛びかかってきた。

「「そうだったぁぁああ!!」」

 横っ飛びでなんとか回避する。だけど分断されてしまった。

「焼けつむぎ! なぎ払えっ」

「わ、わかった! ファイ――」

 ところがその時、遠くから鋭い声が響いて来た。


「雷だ! そいつらは雷に弱い!!」


「わっ、わ!? ライトニングボルト!!」

 僕の雷撃魔法が凄まじい音で炸裂する。直前に変更したせいか狙いの定まらない稲妻が無差別に降り注いだ。

『『◯#€%8^×××……』』

 だけど返ってそれが良かったのか、今にも飛びかかってきそうだったウサギと人形たちがまとめて床に落ちた。

 そして声がした方で光がフラッシュする。

「やれやれ、危なっかしいわねぇアンタたち」

「怪我はないか?」

 見覚えのある姿に、僕はペタっと座り込んでしまった。

「いいんちょぉぉ、つづりちゃぁぁん!」


***


 無事合流した僕らがしたのは、敵もろとも感電させてしまったかなでを起こすことだった。

「……はっ! なんかもう全部バレてラスダンに乗り込む夢みた」

「おはよう、現実だよ」

 ポリポリと頭を掻いていた幼なじみは、辺りを見回した。

「ここは?」

 部屋の入り口で見張りをしていた委員長がそれに答えた。

「仮の篭城部屋だ。ガレキを積んで表面に電流を流している」

 そっと隙間から覗くと、敵たちがこちらに近づいてはバチッとはじき返されているのが見えた。

『お客様ぁーああアアアAAA??、』

 感電した一体がプスプスと煙を上げて小刻みに揺れる。その様子はなんだか狂気じみていて怖かった。

「これでしばらくは大丈夫だな。そちらは何があった?」

 そこでようやくお互いの情報を伝え合う。油断なく構えたまま話し出した。

「僕らの方は格納庫を通ってきたんだ。空を飛ぶ大きな機械が壊れてたよ」

「イインチョたちの方は何かあった?」

 かなでがそう聞くと、二人は揃って表情を陰らせた。あ……れ?

「大量の仏が居たわ」

「ほと?」

「扉を開けた瞬間、白骨化した遺体が大量になだれ落ちてきた」

「!?」

 どうやら委員長たちが通ってきたルートは穏やかでは無かったらしく、ガイコツがあちこちに転がって居たらしい。

「旧文明で何かあって滅びたのは間違いなさそうね」

「で、逃げ出せずに閉じ込められて死んだと」

「いったい何が……」

 その時、つづりちゃんの魔具がいきなりピロリン!という音を出した。

「!」

「な、なんだ、驚かせるな!」

「アタシが一番ビックリしたわよ! なに? 聞いたことのない音ね?」

 みんな顔を寄せて画面の中を覗き込む。

 そこにはこんな文字が踊っていた。


【!】最新のOSにアップデート可能です。実行しますか?

[はい][いいえ]

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