第32話

 不穏な気配を感じて聞き返す。つづりちゃんは少し戸惑ったように続けた。

『大きな魔力の発生源が二つあるのよ、一つは講堂。どこからか大量に流れて込んできてるわ』

「きっとそれが洗脳装置からの指示だねー」

 走りながらサラッとかなでが言う。本命がいきなり特定できたみたいだ。

「ちなみにどこから流れてる?」

『ちょっとまって――あぁ、時計塔からだわ』

 バッと窓の外を見る。いつも授業の開始を告げてくれる釣り鐘は闇の中、音も出さず揺れていた。

「あれだっ」

「イインチョ、応答セヨ 応答セヨ」

『話は聞いた! すぐ向かうっ』

 よし、僕たちは敵を引き付けるため時計塔からできるだけ離れなくちゃ!

「ちなみにつづっちゃん、あとの一つはなに?」

『裏門の辺りからなの』

「裏門?」

 僕たちがいま走ってるところからは裏門は見えない。そんなところに何が?

『アタシのいる位置から肉眼で少し見えるんだけど、ボヤけてるのよ……月の下でまるで陽炎みたいな黒い影がただ立ってるの』

 その言葉にかなでがピクッと反応する。つづりちゃんは小さくあっと声を出した。

『魔力を放出したわ! 時計塔に向かって何かをしてる!』

「えっ、じゃあその影が真犯人!?」

 その時、いきなりかなでが後ろを向いて氷結魔法を放った。

「アイスヴァルト!」

 耳ざわりな金属が響き、廊下をふさぐ氷の壁が出現する。追いかけてきた生徒たちが足止めをくらって止まった。数歩先で振り返った僕はたたらを踏みながら叫ぶ。

「なにしてんの? そんなのすぐに溶かされちゃうよ!」

 足止めはすぐに破られるから、魔力温存のためにひたすら走って逃げようって言ったのはかなでじゃないか!

「一分だけ作戦会議。つむぎ、つづりちゃんと一緒に校長室へ向かって」

「へ?」

 思わず変な声を出すと、かなでは僕に向かって強化魔法をかけた。

「アクセラレーション」

 途端に体が軽くなる。真剣な顔をした彼は落ち着いた声音のまま指示を出した。

「委員長が洗脳装置を破壊した瞬間、校長先生を説得して結界を張ってもらうんだ。あの人の力量ならこの学校全体を守れるだけの結界を張れる」

「っ、キミは!?」

「オレは……裏門に行く」

 氷の壁が先輩たちの集中放火によって溶かされ始める。パキパキとひび割れる音が大きくなってきた。

「その『影』がすべての元凶だ。ここで叩く」

「なら僕も行く!」

「来るな!」

 滅多に声を荒げない幼なじみの怒声にビクッとする。かなでは少し微笑んで僕の頭をくしゃっと撫でた。

「ごめん、こればっかりはオレのいう事きいて。ワケは話せないけど、つむぎが行くとホントに危険なんだ」

「……危険?」

「うん、でもオレなら平気だから」

 長い付き合いだからこそ今の短いセリフで直感した。ここでこれ以上話し合っていてもかなでの意思は変わらない。今は一分一秒が結果を左右する。迷っているこの時間が――

 僕は後ろに二歩ひいて、こぼれそうになる涙をこらえながら言った。

「わ……かったよ、でもぜったいぜったい約束!」

「うん?」

「また四人で、元の学校生活を送るんだ!」

 高く澄んだ音が響き、氷の壁が破られる。

「そのためには誰ひとり欠けちゃダメなんだからね! ムチャしちゃダメだよ! キミは僕が居ないと何しでかすかわかんないんだからっ」

「――わかった、約束する」

 ドッと流れ込んだ生徒たちから逃げるため、僕らは別々の方向へ走り出した。握り込んだピアスをカチッと押してつづりちゃんを呼び出す。

「つづりちゃん! 今から僕と一緒に校長室へ向かって! 洗脳が解けたら校長先生に結界を張ってもらう!」

『了解、最短ルートで向かうわ』

『イインチョの方はどう?』

 かなでの呼びかけにも応答がない、けど耳を澄ますと増幅魔法をつぶやく声が聞こえてきた。集中して返事ができないのだろう。

『オレは後一分でつく。委員長、その時を狙って洗脳装置を破壊してくれ』

『アキュート――わかった』

 いったん通信を切って全速力で駆け抜ける。屋上から階段を下ってきたつづりちゃんと合流して、前にも来た応接室に飛び込む。僕たちは校長室へと続く鏡へと飛び込んだ。そこで僕らを待っていたのは――


 ***


 ザッ!と、校舎二階の窓から勢いをつけ飛び降り、かかとで土を擦りながら勢いを殺す。一度視界に入れてから離さずにいた黒い影は、裏門に沿うようにしてゆらめいていた。

「いい加減にしろ! これ以上干渉するなっ、破綻するぞ!」

 オレの声が届いたであろう影は、焦れるほどゆっくり門から離れた。少しずつその黒霧が晴れていき、中から人影が――

「!?」

 そこに現れたのは穏やかな眼差しをした一人の青年だった。予想とは違う展開に動揺するオレを見据えたままその男は……この国の王子と呼ばれる青年は口を開く。

「お望みの人じゃなくてゴメンね。騙すようなことをして悪かったよ」

「なんっ……まさか、奴は!」

 慌ててつむぎ達に連絡を取ろうとするも、鋭い光の光線が飛んできて通信機が破壊される。

「っ!」

「お察しの通り、【あの方】は、彼女たちの方にいる。だけどこうも簡単に引っかかってくれるとは思わなかったな」

 その男の顔をまじまじと見たオレは、冷水を浴びせられたかのように固まった。

「初めまして代理人、会えて嬉しいよ」

 自分とまったく同じ顔が、そこにあった。


***


 涼しい夜風が髪をなびかせる。私は己の中の魔力がどこまでも澄んでいるのを感じていた。不思議と緊張はしていない。

「妙なものだな。清々している」

 今も頭の中で警鐘を鳴らし続けている自分はいる。だがそれはかすかな羽音のように聞こえるだけだった。

「私は信じているぞ、つむぎ」

 そう言って頭上の鐘を見上げる。傘のように広がるその中心には、赤ん坊の頭ほどの大きさの魔力水晶がキラリと輝いていた。

「はぁぁぁ!!」

 右手を掲げて意識を集中させる。先ほどから増幅魔法をかけまくって張り裂けそうになっていた魔力が、大気中にバチバチと音を鳴らしていく。限界点に達した瞬間、私はパチンと指を鳴らし最大出力の雷を放った。

「ライトニングアロー!」

 放たれた雷の矢は鐘の中を反射し水晶に突き刺さった。ジジッと微かな音が響いた次の瞬間――


 パキィィ……ン


 澄んだ音を立てて魔導水晶にヒビが入った。落ちてくる破片を避けながら鐘から出る。

「これで洗脳は解けたのか?」

 つむぎたちに連絡を取ろうとしたところでふと裏門辺りに目をやる。かなでは一人の男と対峙していた。暗くてよく見えないがあれは……

「王子!?」

 次の瞬間、王子は動いた。手にした羽根ペン型の魔具を振りかぶり黄色い光線を放つ。

「何をしている! 避けろ!」

 私の叫びは届かなかったようだ。一ミリも動かないかなではその攻撃をモロにくらい膝から崩れ落ちる。

 そちらに向かおうと時計塔の階段に足をかけた私は、王子の次の行動に戸惑った。ピクリとも動かないかなでを担ぐように抱えかき消えたのだ。

「移動方陣? いや陣がない、どうやって……」

 通信機をONにするも、かなでからはザーッという雑音が聞こえてくるばかり。つむぎたちを呼び出しても応答がなかった。

「ええい、どいつもこいつも!」

 駆け出した私はとにかく二人の元へ向かうことにした。なにがどうなっているのだ!


***


 校長室で僕たちを待ち構えていたのは、ひどく奇妙な存在だった。黒いモヤのような、それでいて人のような形にも見えるマカフシギな生き物……と言って良いんだろうか。

「コイツよ! さっきに裏門に居たヤツは!」

 つづりちゃんの声に影がゆらりと反応する。僕はその影に包まれる人物に気づいた。

「校長先生!」

 小さな体は苦しそうな顔をしながら囚われている。影はもぞもぞと動いたかと思うと校長先生をベッと吐き出した。

「大丈夫ですか!」

 慌ててかけよると、ニキ校長はうーんとかすかにうめいた。よかった、生きてる。

「アンタ何なのよ……知性はあるの? アタシたちと会話できるの?」

 つづりちゃんが恐る恐る話しかけると、影はひどく聞き取りづらい声を出した。

『もちろん会話できるとも。はじめまして四季織しきおりつづり』

「な――んでアタシの名前」

 驚愕の表情をうかべるつづりちゃんをよそに、影は僕の方を向いた。

『そして琴ノ葉ことのはつむぎ。まさかこうして対面できる日がくるとは思わなかったよ。これはこれで感慨深いものだね。アイツの真似をしてみるもんだ』

 なんと返していいのか迷っていると、影はピクンと反応した。

『おぉ、なんとお望み通りの展開だ。代理人――いや君たちの間では調辺しらべかなでとか言ったかな? 裏門についたようだよ。そして叶江かなえひびきが洗脳装置を破壊したようだ』

「えっ……」

『ほぉら、早くしないとまた洗脳装置が復活してしまうよ?』

「そ、そうだった! 先生! 校長先生!!」

 慌ててゆさぶると彼女はゆっくりと目をあけた。

「んあ――? お、おぬしは!」

「先生! 説明は後でします、早くこの学校に結界を張ってください!」

「は、なんじゃと?」

「いいから張れーっ!!」

「ひぎぃ!」

 気圧された校長先生は、パチッと指をならした。そこから彼女を中心として聖なる光が広がっていく。

「と、とりあえず張ったぞ……?」

「ちょっと校長、まだつむぎを犯人だとか言うつもり?」

「ほへ?」

 校長先生は、そのクリッとした目で僕を見るとフーッと長いためいきをついた。

「そうか、そういうことじゃったか。まさかこのワシがあんな洗脳にひっかかるとはのぅ……」

「それじゃあ!」

 顔を見合わせた僕らは、喜びのあまり抱き合った。

「やったー!! 作戦大成功だよっ」

「やったわね!」

 こんなに上手くいくとは思わなかった! だけど、どこからか影のクスクスと笑う声が聞こえてきて動きを止める。

『とりあえずはオメデトウ。でもね、本番はここからだよ』

「どういうこと?」

 洗脳を打ち破って逆転したはずなのに、なぜか僕の心はひどくざわついた。なんでだろう、影がとんでもないことを言いだしそうなそんな予感が……


『真実を教えようか百人目の主人公つむぎ。本当の裏切り者が誰かを』

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