第18話

 それなのにかなでは気づきもしないで一人で先に行ってしまうし……

 すでに精神的にも肉体的にも参っていた僕は、十箇所目のチェックポイントでついにイライラが頂点に達した。がけっぷちのスタンプを取得し終えたかなでが、気楽に笑いながらこう言ったのだ。

「ラクショウラクショウ、こりゃ優勝も夢じゃないな。しっかりしろよ~つむぎ、オレばっか活躍しちゃうじゃん」

 楽勝? 僕に全部押し付けて、気軽にスタンプラリーをしてるだけのキミがそんなことを言う資格なんて――ッ

「いい加減にしてよ! 一番頑張ってないのはキミじゃないか!」

「ん?」

「一人で先に行っちゃうし、僕のこと全然気にもかけてくれないし……!」

 熱があるのに感情を高ぶらせたせいか、涙がにじんで視界が歪んでいく。感極まった僕は、ずっと溜め込んでいた不満まで一緒に吐き出してしまう。

「いつもそうだよ、僕はキミにちゃんとしてもらいたいのに、ふざけてばっかりで……テスト勉強もいくら教えたってまじめに聞いてないし、そのくせ努力もしないで実技はトップで」

 ずるい、ずるいよ。僕が必死になって努力している横をスルリとすり抜けて、コイツはいつだって要領よく先に行ってしまうのだ。そうだ、入学試験の時だって

「ずるいよっ、なんで、きみが、きみばっかり……!」

「…………」

 とめどなく溢れる涙をぬぐう。あぁもう、これじゃ僕がバカみたいだ。小さな駄々っ子みたい!

「…………」

「……?」

 反応がないことがふしぎで顔をあげると、そこにはいつもと雰囲気の違うかなでが居た。

 怒っているわけでもない。呆れているわけでもない。いつもニヤニヤ笑いを浮かべている口元が、この時だけは一直線に引き絞られていた。握りしめた拳は微かに震え、ゆっくりと口が開かれる。

「違う、オレは天才なんかじゃない。オレは、お前の……」

 その瞬間、ひどく心を揺さぶられた。怒りと哀しみが一度に僕の胸の中に吹き荒れたようで、知らず知らずよろめく。


 ――どうして、なんで! 今までのこと全部無かったことにするつもりなの?

 ――さよなら、次は、次こそは。


 どこか遠いところで、誰かが泣き叫んでいる声が聞こえた。


「   」


 こちらに手を伸ばしてくる『誰か』がひどく怖くて、無意識の内に後ずさる。

「――っ!」

「つむぎ!」

 途端にガクンと体が落ち込むような感覚が襲い、ふわりとした感覚が襲う。

 必死に手を伸ばす姿を見ながら、パチンと意識のスイッチが切られた。


***


 ザッ!


 空中でつむぎの手を捕らえ、崖から生えた木になんとかぶら下がる。

「ぐっ!」

すっぽ抜けそうな肩の痛みを何とかこらえ、大きく揺れる枝が収まるのを待つ。折れるほどではない太さな事を確認してから安堵の息を吐く。

「し、死ぬかと思った……」

 脇に抱えた小さな体を抱え直してから、ちょうど良く下にあった洞穴へと飛び移る。

「やめて、オレこういうドッキリ弱いから。脅かすのは好きだけど脅かされるのは弱いの、打たれ弱いの」

 ヒザから崩れ落ち、激しく動悸をうつ胸を押さえる。ままままマジで今のは危なかったったたた、たた。

「!」


 ヒュオオ……


 オレたちの気配を察知したのか、ゴースト系のマモノが洞穴の入り口に集まってくる。いったんつむぎを奥に横たえた後、羽根ペンを召還しそちらへと歩いていく。

「今とりこみ中なんスよぉぉー、お引取り願えますかぁー!」

 イラだちながら敵を排除すべく素早くスペルを空中に書き出す。その文字を絡め取るようにしてペン先に一点集中させると光の密度が高まっていく。それが限界まで達したところで正面に向けて放った。

「セレスティア!」

 マモノどもの中心まで飛んだ光の点は、その内の一体にぶつかると広範囲に渡って爆発を起こした。細かいチリに姿を変えた彷徨える亡霊たちは消え去ってゆく。

「っはぁぁ~」

 まったく、オレがスタンプラリー始まってから先回りで何匹倒したと思ってるんだ。さすがにキレるぞ。

(それにしても……)

 ドサッと入り口に腰かけ月を見上げたオレはぼんやりと考え込む。


 ――違う、オレは天才なんかじゃない。オレはお前の……


 なぜあの時、本当の事を言いかけてしまったのだろうか。あまりにも真正面から感情をぶつけられてしまったせいかも知れない。

(バレたら、許してはくれないだろうなぁ)

 うめきながら片ヒザに頭を乗せる。

 己が諸悪の根源なのだと誰が言えるだろうか。少なくともオレにはそんな勇気は無かった。


***


 ――ダセぇなぁ、結局は嫌われたくないだけじゃねーか


 どこからかボソボソと聞こえてくる声で、僕の意識はフッと上昇する。あ、あれ? ここどこ?

「……かなで?」

 洞穴の入り口でこちらに背中を向けている人物にぼんやりと声をかける。

 一瞬聞こえなかったのかな、と思ったけどパッと振り向いたその人物は、いつも通りにヒラヒラと手を振った。

「よーっす、お目覚め?」

「僕、崖から落ちたと思ったんだけど……」

「やりぃ、いのち一つ儲けたね。ちょうどよく木に引っかかってここに避難できたんだー。おっと」

 立ち上がろうとすると、またクラリとしてよろめいてしまう。慌てて支えてくれたかなでにペタッとおでこを触られて、大人しく座り込む。

「んー、やっぱり熱が上がってるな。ムリに動かない方が良いかもね。今夜はここに泊まろっか」

「だ、ダメだよ。集合時間に帰らないとみんなが心配するよ」

「あのねー、そんな状態でこっから脱出できると思う? いいやムリだね、チロがファイアドラゴンに進化するくらいムリだね」

 連れられて洞穴の入り口から崖を見下ろす。う、わ、意外と高い……もし登ってる最中にまた気を失いでもしたら――嫌な想像をブルブルと振り払い、観念した僕は小さく承諾した。

「わかった……今日はここで体調を戻す」

「それで良いのだ」

 良い子良い子~とふざけて頭を撫でられていた僕は、抵抗する気も起きなくて大人しく座り込んでいた。



 ホウ、ホウ、とどこかでフクロウが柔らかく鳴く声を聞きながら、少しすわり心地の悪い体勢を変えようともぞもぞと動く。

 こちらの体調を気遣ってくれているのか、かなでも静かに隣に座っていた。しばらくしてから僕はぽつりぽつりとしゃべり出す。

「あの……ありがとう、助けてくれて。さっきはちょっとおかしかったんだ。ヘンな声が聞こえたり、なんでだか分からないけど突然キミのことがすごく怖く思えてさ」

「……」

 長い前髪の向こう側から、じっと見つめらているような気がする。その視線から逃れたくて、洞窟の奥の方を向きながら早口で言い訳するように続けた。

「それと一人だけラクしてるだなんて言ってごめんね。キミだってちゃんとスタンプ探してくれていたのに……才能うんぬんだって、単純にうらやましくて嫉妬してただけなんだ。だから――」

 気にしないで、と言いかけた言葉は、頭にポンと乗せられた手のひらで止まってしまった。至近距離にある口から流れる優しい声が、耳を撫でる。

「『ありがとう』と『ごめんなさい』がちゃんと言えるつむぎが、オレは好きだよ」

 その言葉だけで胸がいっぱいになってしまって、コクと一つだけうなずく。そのままゆっくりと、あやされるようにポンポンと叩かれる。

「あ、あのねっ、僕からも言わせて」

「ん?」

「キミはいつもだらしなくて、フラフラしてるけど」

「……」

「でも、僕がホントに側に居て欲しいときに隣に居てくれるんだ」

 だから

「僕は、キミのそんなところが好きだよ」

 お父さんとお母さんが帰ってこなかったあの日も、屋根をわたって来てくれた。張り詰めていたのがぷちんと切れて、大泣きしたんだ。あの時すごくホッとしたんだ。暗い部屋に独りじゃないって思えたから。今もそう

「いつもありがとう」

 ピクッと止まった手が、頬に触れる。

「え」

 そのまま引き寄せられるように向かい合う形になる。いつも長い前髪に隠れて見えない素顔が、見えそうで

「かなで?」

「……」

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