聖女は魔王を見つけます
「さて、誰からやりましょうか。獲物は一、二……五人いますね。立候補はございますか?」
アランは、メルヴィナを横抱きにしたまま、宙に浮いていた。
突然現れたその男を、誰もが口を開けて見守っている。自身が浮くだけなら、中級以上の魔術師でもできる。
けれど、誰かを抱えてとなると、術式が複雑に変わってくるのだ。それを難なくやってのける男に、誰もが戦慄した。
「アラン様っ」
「ネロ、おまえは一番最後です。失敗は許さないと言いましたよね?」
「ひっ。え、僕も獲物に入ってるんですか!?」
何を当然のことを、とアランは虫けらを見るような目でネロを見下ろす。
「アラン、あまりネロをいじめてはだめよ。彼は私を守ってくれたんだから」
「なんですって?」
「だから、ネロは私を……」
「違います。どうしてメルヴィナ様が、ネロを〝ネロ〟と呼び捨てていらっしゃるのです? ――ネロ」
まるで「答えなさい」と言わんばかりの眼光だ。
「いやっ、えっと、それはですね……!」
ちなみにネロは、昔の任務失敗をアランに報告していない。
「えーっと、なんか、仲良くなっちゃった、みたいな!?」
「前言撤回です。まずおまえから始めましょう」
「なんでですか!?」
これにはメルヴィナが、いい加減にして、と止めに入った。
「今はそんなことより、あっちよ! あの魔術師二人を捕まえて」
「いいえ、ヴァリオ・コスドとアルマ=ニーア国王も捕らえます」
「そっちは後でいいから!」
「では、メルヴィナ様がかわいくお願いしてくださったら、私も聞き入れないわけにはいかないですね」
「そもそも私はあなたの主なのに!?」
「たまにはかわいくお願いされたいです」
「それが本音でしょ!」
「当然です」
いけませんか? とアランがしれっと答える。
しかし業を煮やしたのか、それともバカップルがイチャついてんじゃねぇと思ったのか、アランとメルヴィナ目がけて見えない矢が飛んできた。それは、風を極限にまで細くした、ファゼルの攻撃だった。
「ねえねえねえぇぇぇ。それ、その瞳っ。金色に光ったよねぇぇええ!?」
いや、彼の場合は、ただ単に興奮しただけだろう。アランの正体に勘づいて。
「金色っ。
ファゼルはついに小躍りしだす。
相方の魔術師は止める気配もない。
「……なんですか、あれ。変態ですか」
「あなたに言われたら彼も終わりね」
と、メルヴィナはいつもどおり返して。
見上げたアランの瞳に、本当に金色が混じっていることに気づく。
(うそ、でしょ……? 角度のせい?)
瘴気のない空は、太陽をさんさんと輝かせている。その光が反射して、金色に見えるだけだろうか。
「ちなみにメルヴィナ様、吹き飛ばされたのはどちらにですか?」
「え? えっと、たぶん、あの変態だと思うけど……」
「なるほど」
メルヴィナがアランの瞳を確かめる前に、アランが一瞬でファゼルの目前に転移した。
「うはっ。金いっ――」
「あなたは後でたっぷりと時間をかけて殺して差し上げましょう。それまで寝ていてください」
「あ、がっ……?」
ファゼルが呆気なく地面に沈む。
まるで雑草を刈り取るかのようだ。無感情に、無慈悲に、ただ刈らなければいけないから刈った。そういうように。
「おいおい、嘘だろ。反則だろ、その強さっ」
「あなたはメルヴィナ様に何をしました?」
「はいっ、はい! その人、聖女様の足をムチで捕まえて、逆さ吊りにしてました!」
ネロが元気よく答える。
その瞬間、目にも留まらぬ速さで男が天井に突き刺さった。
「わ、わー……アラン様すごーい……」
とか言いながら、ネロは今にもちびりそうだ。
「さて、他は?」
アランの瞳に促されて、ネロは「えっと」と口を開く。
「えーっと、そう! そこの王様が、聖女様のいの――」
「ネロ!!」
しかし、その先を言わせまいと、メルヴィナが声を張り上げた。
彼女はそれから、アランの頬を遠慮なく両手で挟んだ。
「もういいわ、アラン。捕まえてほしいのはあの二人だけよ。それより私、あなたに聞きたいことがあるのだけど」
「ですがメルヴィナ様、私はこれでも怒っているのです。今にも気が触れてしまいそうなほど。もしあのとき私が間に合っていなかったら、あなたは死んでいたのですよ? その原因を作った人間は、一人残らず殺したいです」
「物騒なことを言わないで。それに、私はちゃんと生きてるわ。あなたのおかげで。じゃあもういいでしょ?」
「それは結果論です」
「いいのよ、結果論で。終わり良ければ全て良しよ。それに、冷静になって周りを見なさい」
アランは、言われたとおり周りを見渡した。顔を掴まれているので、視線だけでだが。
「ぐちゃぐちゃだわ」
「ぐちゃぐちゃですね」
「誰のせいかしら」
「そこで地面に沈んでいる男と天井に突き刺さっている男でしょうか」
「そうよ。つまり、私たちのせいではないわね?」
「そうですね」
アランは、頭の上にはてなを浮かべた。
さすがのアランも、今のメルヴィナが言おうとしていることを察するのは難しいらしい。
するとメルヴィナは、妻のかたわらで腰を抜かしていた国王を、不躾にも鋭く睨んだ。
「アルマ=ニーア国王陛下。ということですので、私たちはここには来なかった。私も、私の従者も、そこにいる私の友人も。ここには来なかったし、ここではその魔術師二人が暴れただけ。よろしいですね?」
「メルヴィナ様……!? それはっ」
「あなたは黙ってて」
メルヴィナはアランの顔を離さない。
その瞳は、今やはっきりと金色に輝いている。この瞳を、彼らに見せるわけにはいかなかった。
今ならまだ、誤魔化しも効く。
「もう一度確認します。ここに、魔術師二人が侵入。彼らは王妃と王女を狙い、暴れた。コスド様は……まあ偶然城に寄っていたということにしましょう。ここは彼の母国なのですから。だから私と、アランと、ネロの三名は、この件について一切関わっていない。だから一切の追求をしないこと。代わりに、私もここであったことは、誰にも口外いたしません」
ようは、国王が聖女を狙ったなんて醜聞を見逃してやるかわりに、ネロとアランの正体についても聞いてくんじゃねぇぞと。
簡単に言えば、脅しているのである。
「あなたの奥様想いなところは素敵です。ですが、あなたの奥様が遺した娘のことを、少しは考えてあげてください」
「! 妻が、遺した……」
ここで初めて、国王が反応した。
一つの考えに囚われてしまうと、他に目がいかなくなる。それはメルヴィナもよく知っている感覚だった。
だから、あえて「奥様が遺した」と強調したのだ。こんな馬鹿なことをしてまで妻を蘇らせようとした男だ。その妻を引き合いに出せば、何かしらの効果はあるだろうと踏んで。
「では、よろしいですね?」
国王が力なく頷く。どうやら狙いどおりいったみたいだ。
失敗して、初めて自分の所業の非道さを思い知ったのだろう。自分の願いを叶えるため、娘を犠牲にしようとしたことを。
その様子を見たメルヴィナは、国王はもう大丈夫だろうと判断した。二度と同じことを繰り返しはしないだろうと。
「ネロ、いらっしゃい」
ネロを呼び、アランの頬から手を離す。
まだ納得してなさそうなアランに、メルヴィナは苦笑をもらした。なんて顔をするのだろう。飼い主に叱られた仔犬のようだ。この顔は、久しぶりに見る。
「コスド様」
メルヴィナは、最後にヴァリオに視線を移した。
「後始末はお任せします。ですが、それが終わったらちゃんと事情を説明しに来てくださいね?」
「はは、ほんと、メルヴィナちゃんには敵わねぇなぁ」
「あなたは最初から言ってましたもんね。嫌いなものはトチ狂ったジジイ、好きなものは
「そーそー。初心だろ?」
「ヴ、ヴァリオ!?」
ヴァリオがシャーロットの頭に顎を乗せると、シャーロットが分かりやすく頬を染めた。
それだけで、なんとなく二人の関係性が分かってしまう。
それを微笑ましく眺めた後、メルヴィナはアランに視線を戻した。
「じゃあお願いね、アラン。……できるんでしょ?」
何が、とは言わなくても伝わっているだろう。
アランは諦めたように嘆息してから、メルヴィナの肩を抱き寄せた。
「仰せのままに、私の愛しいメルヴィナ様」
三人は、そのまま空気に溶けるように転移した。
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