第三話 魔王は警戒中です

魔王は石像になりました


 翌朝、メルヴィナは浄化のやり直しということで、再び祈りの間へと足を踏み入れていた。

 しかしその前に問題になったのが、メルヴィナの護衛として誰を残すか、ということである。


「メルヴィナ様が狙われている可能性がある以上、〝神官様〟を護衛にするのはまずいですわね」

「んじゃ、俺が残る」


 遅い朝食のあと、さあ今から行動開始だ、と教会の前でそんな相談をしていたとき。真っ先に手を上げたのは、ジルだった。これには全員が意表を突かれたが、そんな皆の視線を受けてもジルが撤回する気配はない。

 アランがすかさずメルヴィナを隠した。


「それはいったいどういうつもりで仰ったのか、ぜひともお伺いしたいですね。ジル・クラウゼ」

「あれ、呼び捨て?」

「答えていただきましょうか」


 アランからは抑えもしない怒気が溢れ出ている。自分の正体を唯一知る男だからこそ、アランはジルの真意を疑っている。そして昨日のことがあるからこそ、アランにとってジルは一番に警戒すべき対象となっていた。

 そもそもが、メルヴィナを守る役目を、よりにもよってこの男が他の男にくれてやるはずもないのである。

 

「いやまあ、俺だって色々考えるっつーか。これでも一応勇者だし?」

「勇者? あなたが? はっ、笑わせる」

「てめ、鼻で笑うってどゆこと!?」


 この二人は相性が良いのか悪いのか、メルヴィナは知らず溜息をついた。

 エレーナの提案は最もだが、それに簡単に頷くような護衛騎士だったなら、メルヴィナも兄エリオットも、さらにはヴェステル国王や王妃でさえ、あれほど苦労はしていない。


「あなたのような方が勇者では、この世界もすぐに滅びるでしょうね」

「いやいや、何言ってくれてんの。それおまえだからな」

「はたして本当にそうでしょうか。あなたは勇者のも知らない、仕立て上げられた勇者だというのに?」

「は?」


 何を言い出すんだ、とジルの眉間にしわが寄る。二人が睨み合っていると、とんちんかんな明るい声が割って入った。


「なんだなんだあ? おまえらひょっとしなくても三角関係? 羨ましいことこの上ないけど、だったらここは俺様が……」

「お断りします」

「反応はやっ」


 ヴァリオが全て言い切る前に、アランが先を読んですぱっと切る。素晴らしい切れ味だ。でも残念かな、ヴァリオには通じない。


「まあそう言うなって。メルヴィナちゃんも困ってるぜ? な?」


 急に話を振られて、メルヴィナは曖昧に笑ってみせた。

 このままでは一向に話が進まない。そう思ったメルヴィナは、では、と提案してみることにした。


「ここはエレ……」

「お断りします」

「そこも!?」


 再びジルの鋭いツッコミが入る。これには今まで傍観者に徹していたエレーナでさえ、呆れてめまいを起こしそうになっていた。


「何を驚くことが? 私は最初から申し上げています。私の剣が輝くのは、メルヴィナ様をお守りするときだけですと。メルヴィナ様を他人に預けるなど、それがたとえ女性であろうが男性であろうが、恐ろしくてできません」

「おまえのその執着のが恐ろしいわ!」


 いや、ここにもし、エリオットがいたのなら。「これの恐ろしいところはまだまだこんなものじゃないよ」と助言してくれたに違いない。が、残念ながら彼はいない。どうせ今頃は問題児アランから解放されて、悠々自適な王太子生活を送っていることだろう。

 仕方なくメルヴィナが前に出た。

 

「アラン、今日は昨日と状況が違います。それはあなたも分かってますね?」

「もちろんです。家畜以下の獣にすらなれない愚かな阿呆どもが、よもや私のメルヴィナ様を狙うなど……。だからこそ、他の誰にもあなた様を渡したくはないのです」


 地面に片膝をついて、請うようにメルヴィナの手を握る。幻術など使えないはずなのに、アランからはなぜか垂れ下がった犬の耳と尻尾が見えた。

 今までなら、こんなアランに最終的には折れていたメルヴィナだ。アランもそれを知っていてやっている。

 しかし、決意を新たにしたメルヴィナは、ひと味違った。


「アラン、その手はもう通用しません。今回あなたには、街の人を守る結界に専念してもらいます。それが〝神官様〟の役目ですから」


 これには、アランが限界まで目を開けた。まさかメルヴィナが本当に自分を外すとは思っていなかったのだろう。あまりのショックに固まってしまっている。

 ジルは「ざまあみろ」とどこか勝ち誇ったように笑っていた。


「じゃ、お姫様の護衛はおれ――」

「いいえ。コスド様にお願いいたします」

「え!?」

「お。メルヴィナちゃんがついに俺の魅力に気づいた、みたいな?」


 ジルが驚きの声を上げ、選ばれたヴァリオは意味不明なことを口にする。

 そんななか、やはりかなりのダメージだったのか、アランだけはいまだに魂を抜けさせていた。


「クラウゼ様は勇者です。街の方々に一番勇気を与えられる存在なのですから、そちらで頑張っていただきたいと思っています」

「いや、でも俺としては、その過剰な期待が嫌……」

「そしてエレーナ様は、広範囲な魔術が得意な方です。狭い場所よりも、広い場所でのほうが本領を発揮できるでしょう」

「あ、うん。俺のことは無視なのね」

「そうなってくると、コスド様が向いていると思うのです」

「確かに、メルヴィナ様の言うとおりですわね」

「俺も賛成。控えめな女が一番だが、可憐で苛烈な女も大歓迎だ」


 ――ぎゅむ。

 エレーナがヴァリオの足を踏む。


「ちょ、エレーナ嬢っ? 地味に痛い……」

「まったく。剣士に選ばれた者が、そうそう軽い発言をなさるものではなくってよ?」


 思い知らされるように、さらに足をぐりぐりとやられる。地味どころか普通に痛い。見た目は少女だが、怒らせると容赦ないようだ。ヴァリオは学んだ。

 すると、ショックで放心していたアランが、ようやく現実に戻ってきた。いつにも増して縋るような瞳でメルヴィナを見つめている。それはまるで、無実を訴える罪人のようで。


「メルヴィナ様、お願いです。どうか今のはただのお戯れだと仰ってください」

「戯れじゃありません」

「それならば私に何かご不満でも? ご自身から私を離したくなるほど、メルヴィナ様は私を要らなくなったと仰せですか」

「そうは言ってません」

「では、私に罰をお与えに? メルヴィナ様と離れてあんな男と一緒になど、そうとしか思えません」


 あんな男、のあたりでアランがジルに視線を移せば、「おまえにだけは言われたくねぇよ!」とジルの心からの叫びが飛んできた。

 もちろんアランはガン無視だが。


「そもそも、ヴァリオ・コスドだけはおやめください。その男のメルヴィナ様に対する数々の無礼……あなた様がお許しになっても、私は絶対に許しません」


 やはり食い下がってくる己の騎士に、メルヴィナは最終兵器を持ち出すことにした。


「では、アラン」

「はい」


 本当は、あまり使いたくはなかったのだけど。


「これは命令です。背くことは、私を蔑ろにすることと同義だと思ってください」

「!?」


 アランが今度こそ石化した。

 メルヴィナが命令をするのは珍しい。それを知っているアランだから、二重の衝撃を受けている。普段は使わない命令を使ってまで、自分を遠ざけたいのか、と。

 メルヴィナ至上主義のアランにとっては、まさに死刑宣告そのものだった。


「クラウゼ様、今のうちです。さあ、アランを連れて行ってください」

「え、ここでまさかの無茶ぶり!?」

「大丈夫です。たとえ我に返っても、『命令』がある限り突飛なことはしないはずです」


 思わず「突飛なことってなに」と訊いてしまいそうになったジルである。しかし、ことアランに関しては、聞かぬが吉ということが十分にあり得る。

 こうして彼らは二組に分かれ、不安の残るメンバー同士で役目を果たすことになったのだった。


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