聖女だって悩みます


 結論から言って、王宮で開かれたパーティーは何事もなく無事に終わった。

 メルヴィナが代表して短い挨拶をし、後は皆、思い思いに交流を楽しんだようだ。まあメルヴィナは自国でもあるため、挨拶回りに忙しく、楽しめることなどほとんどなかったが。

 パーティーの開催を告げる最初のダンスにいたっては、本来なら神に選ばれたという聖女と勇者が踊ることになっていたのだが、ジルがどうしても無理だと辞退した。代わりは兄に務めてもらった次第である。

 ただ不思議だったのは、必死に断ってくるジルの視線の先に、なぜかアランがいたことだ。今までも男性と踊ったことはあるけれど、さすがのアランもそれに口を出したことはない。だから余計に不思議だった。ジルのあれは何だったのだろう。

 そんな些細なことは起きたけれど、何はともあれ、全体的には成功と言えるパーティーだった。


 そして今、メルヴィナは自室へと戻っていた。アランは用があるとかで、今はメルヴィナの近くにはいない。パーティーはまだ続いているが、明日の準備のためか、メルヴィナ以外も魔王討伐隊の面々は早々に与えられた部屋へと戻っている。

 ベッドの縁に腰かけて、メルヴィナは「はぁ」と溜息をついた。それは、魔王城へと出発する前の、全ての公務を果たすことができた安堵からだったのか。それとも部屋に戻ってくる前に、エレーナに言われたことを気にしているからなのか。


『メルヴィナ様、わたくしはね、ヴァリオ様の言いたかったことも分かりますの。ようは、そんなに肩肘を張らなくもいいということですわ』

『肩肘、ですか?』

『ええ。失礼ながら、どこか張り詰めておられるようでしたので。せめて旅を共にするわたくしたちの前では、気楽になさっては?』


 鋭い、と思った。やはり王宮で地位のある人間は、観察眼の鋭い人が多くて困る。そうでもないと、どこの王宮でもやっていけないのだろう。

 確かにメルヴィナは気を張っている。人の目があるときは、完璧な聖女でいようと猫をかぶる。

 民を思い、愛し、導く者。

 それが聖女として、メルヴィナが幼い頃から求められてきた姿だった。これが自分の役目であり、責任だからと。納得して、受け入れてきた肩書きだ。

 でもたまに、そのせいで孤独を感じていることは否めない。

 もしかしなくても、エレーナはそれを心配してくれたのだろうか。ヴァリオも。あのときは遠回しすぎて気づかなかったが、エレーナの言葉から読み取るに、きっとそうなのだろう。


(そんなことを言ってくれる人もいるのね)

 

 メルヴィナだって、本当は早く皆と打ち解けたいと思っている。

 ただ、メルヴィナのそれは、今や条件反射となってしまっているのだ。身内やアランといった慣れ親しんだ人以外の前では、どうしても取り繕おうとしてしまう。例外といえば、アランが人前でおかしな行動を取ったときだろうか。ツッコミどころ満載のそれには、大人しい聖女でいられないのだから仕方ない。

 それに、そんな関係が今では心地いいと感じている自分に、メルヴィナは思わず苦笑した。

 

(出会った頃は、あの変態ぶりに何度頭を抱えたか知れないのにね。お父様もお母様も、あのお兄様だって、今ではもうすっかりアランのことを信用してるけど、あの性格だけは理解できないってまだ心配してるし)


 それでも、今ではもうアランのいない生活のほうが考えられない。

 朝、アランのさわやかな笑顔に起こされて。

 アランが選んだドレスに袖を通して。

 最初は抵抗した着替えの手伝いは、いつのまにかアランの手によって手伝われていた。周りをどうやって黙らせたのかは知らない。けれど、アランにとって自分はただの敬愛するお姫様というだけで、恋愛云々といった感情は持ち合わせていないだろう。彼の瞳にそういう熱がちらついたことは、一度もない。

 過剰な忠誠心を持つ男。

 それがアランであり、これは周知の事実である。

 何度か無粋な――というより命知らずな――者たちが、本当は王女にただならぬ想いを抱いているのでは? と直接訊いたことがあるそうだが、その返答はずいぶん冷ややかなものだったらしい。

 曰く「私が、敬愛してやまないメルヴィナ様を? 愚かな。そんなことをわざわざ私に訊くとは、よほどこの世の深淵を覗きたいとお見受けいたします」

 その絶対零度の眼差しによる恐怖はあっという間に広がっていき、以来アランにその質問はタブーとされた。面と向かってアランにそう吐き捨てられた者たちが、しばらく寝室に籠もって出てこなくなったのはちょっとした余談である。でもだからこそ、周りもメルヴィナも、そういう警戒心はほとんどなくしていた。

 そして昼、アランが用意した食事を摂って。

 アランと共に公務に出て。

 夜は眠る前に必ずハーブティーを持って来てくれる。

 そうしてアランの「おやすみなさいませ」という優しい声を聞いてから、一日を締めくくるのだ。

 

(って、それだとなんだか私、保護者アランがいないと何もできない子供みたいじゃない。え、それはさすがにまずいわ。しかも、もしかして私、アランの顔を見ない日なんて――ううん、アランの顔を見ない時間なんて、一刻もないんじゃない!?)


 ちょっと絶句してしまった。本当に、気づかないうちに、公私ともにアランでいっぱいだった。ただメルヴィナも、アランがなぜそこまで自分を慕ってくれているのかは、実を言うと知らないのだけど。

 一度本人に訊いたことはあるのだが、そのときは微笑みで流されてしまった。思いきって二度目に訊いたときは「メルヴィナ様は私の愛を疑っておられるのですか?」と悲しそうな瞳で項垂られてしまったので、それ以降はもう何も訊かないことにしている。

 しかもアランの愛とやらを疑ったと思われたせいで、その後のメルヴィナは本当に大変だった。どこに行くにも何をするにも、アランが絶対に離れてくれない。一度は諦めてくれた入浴の手伝いも、侍女総出+王太子あに出陣、さらにはメルヴィナの必死の懇願があって初めて、渋々離れてくれたほどである。その翌日、兄エリオットの顔色が一気に疲れ果てていたので、いったい何があったのかと訊けば。


 ――ああ、大丈夫だよメルヴィナ。ちょっと憂さ晴らしに付き合わされただけだから。


 と、遠い目をして答えてくれた。最近兄はよく遠い目をするようになったと思うのは、おそらくメルヴィナだけではないだろう。その原因も知っているから、何も言えないのだけれど。

 砂埃や額に滲む汗からして、付き合わされたというのは剣の稽古か。メルヴィナはそう思ったが、実際はそんな生易しいものではなかった。本当にアランの憂さ晴らしという名の、ほぼ実戦といっても過言ではない戦いを、エリオットはたまに強いられている。そういうときは決まってメルヴィナとの間に何かあったときなのだが、エリオットとしてはいい迷惑だ。

 

「気楽に、か……」


 ある意味難題だわ……と座っていたベッドにそのまま背中から倒れ込む。ばふっと音を立てて、手触りのいいシーツの感触がメルヴィナを包み込む。

 明日はいよいよ、魔王討伐に向けて出発だ。

 せめて今日くらいはゆっくり眠ろうと、メルヴィナはアランのいない夜に少しの違和感を覚えながらも、襲ってくる眠気にまぶたを閉じた。


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