s1 ep1-3
一発終えて落ち着いた中野は、ようやくクリアな頭でふたりめの侵入者を認識した。
「ソイツら、誰?」
倒れた身体を足先でひっくり返している坂上の背中に一応訊いてみた。でも答えはなく、坂上は彼らの懐からスマホやカードケースっぽいものを抜いて引き返してきた。
それからジーンズを穿いてウエストの後ろに銃を突っ込むと、Tシャツの上にチェックシャツを羽織りながら別の言葉を投げて寄越した。
「いいか、俺が消えたらあんたは通報しろ。すでに近所の誰かがやってるかもしんねぇけど、とにかく警察が来たら、知らねぇヤツらがいきなり入ってきてドンパチやらかして、コイツらを撃った犯人は逃げてったって言え。どうやって入ったのか訊かれたら、たまたま鍵をかけ忘れてたってな」
「あぁ……うん?」
「言ってることわかってるか?」
「わかってるけど、そんなざっくりしてていいわけ?」
「いいから言うとおりにしてくれ」
「じゃあさ、逃げてったのはどんなヤツだったかって訊かれたら何て言おう?」
「任せる」
ドアの隙間から外を覗いた坂上は、ところでソイツら死んでんの? と中野が尋ねる間もなく滑り出るように姿を消していた。
ひとりで残されて──正しくは玄関にふたり転がってるけど、見知らぬ赤の他人の死体とくれば単なる物体に過ぎない──初めて、点けっぱなしのテレビの中でもドンパチが始まってることに気づいた。
緊迫したBGMに乗ってランダムに聞こえてくるのは、ついさっきリアルに耳にしたのとよく似た、マズルから噴き出す高圧ガスの爆発音だ。
中野は身支度を整え、ふたりの男を見るともなく眺めた。彼らの下には今、血溜まりが広がりつつあった。
厄介なことになった。
いろんな意味でそう思った。
これが手の込んだ悪ふざけでない限り、得体の知れない面倒に巻き込まれたのは疑いようがない。明日も仕事があるってのに、それも朝イチから大事な会議があるってのに、寝不足のまま朝を迎えそうな予感がする。
今夜はここで寝られるんだろうか? どこかへ移動しなきゃならないとなったら更に時間のロスが生じてしまう。
そもそも、この部屋に住み続けることはできるのか?
気になることは他にもあった。
玄関の三和土では、先週末に奮発して買ったばかりの本革のビジネスシューズが、あとから撃たれた人物の下敷きになっていた。型崩れが心配だし、いくら撥水コーティングされてるとは言え血の染みがついちまったらもうダメなんじゃないか──
が、起こってしまったものをあれこれ考えても仕方がない。
中野は溜め息を吐くと、スマホを目で探しながら考えた。
例えば、本当はこの男たちが正義の味方で坂上が悪の手先なんだとしても、だ。
コイツらのことは全く知らない。でも坂上のことなら多少は知ってるし、嫌いじゃない。だから坂上の味方をする。
中野の内側にあるのは、そんな単純な理屈だった。
通報の電話で、巻き添えを喰らって怯える不運な住民を装うのは造作もなかった。
通話を終えた中野はテーブルの上のボトルビールを一本洗ってゴミ箱に放り込み、もう一本を口に運ぶ途中で、ふと思いついて洗面所に入った。坂上の歯磨きセットを捨てるためだった。
同居人の存在は警察に悟らせないほうがいい気がしたし、歯磨きセット以外に彼の気配を仄めかすようなアイテムは特にない。
歯ブラシが差さったプラカップを手に洗面所から出ると、倒れていた男のうち片方が生命の残り滓を絞り尽くさんとする面構えで銃口をこちらに向けていた。
──死んだんじゃなかったのか?
疑問と空白が訪れた一瞬後、ソイツの額に黒っぽい小さな穴が開いた。
ハッと振り返った中野の視線の先に、液晶画面の向こうから銃を向けて寄越す映画の主人公がいた。その銃口から、わざとらしく漂うひと筋の硝煙。
──まさかアイツが撃ったのか?
半ば本気で思った直後、ベランダの出入口に立つ見知った姿に気づいた。
その手には、相変わらず黒光りする鉄砲がある。銃声を聞いた気がしないのは、テレビの音に紛れたのかもしれない。
「あれ? あんた、どっから来たんだ?」
「ベランダ」
窓の鍵開いてたっけ? とか、ここ二階だけどどうやって来たんだ? とか訊こうとしたけど、どちらもやめて、代わりに中野はこう尋ねた。
「忘れ物?」
「もしかしたら生きてたかもしんねぇって、途中でふと思って」
主語は多分、たった今仕留めた男だろう。
だけどそれって、戻ってきたときには手遅れだった可能性も大だよな? たまたま間に合っただけだよな? そうツッコもうとして、これもやめる。過ぎた可能性を口にしたところで意味はない。
「でも待てよ、狙われてんのは俺じゃなくて坂上、あんただよな? だったら、あの──」
と、中野は折り重なる侵入者たちのほうを親指で示した。
「死に損なってたヤツが俺を殺る必要はないと思うんだけど、アイツはなんで俺を撃とうとしたんだろう?」
「さぁ」
短い声は答えを知らないというより、教える気がないように感じた。
大股で玄関に歩み寄った坂上は、改めて男たちを足でひっくり返してからダメ押しのように彼らのこめかみ目がけて一発ずつ撃ち込んだ。
それから引き返してきながら、こう言った。
「あんたがなんでそんなに落ち着いてんのかは知らねぇけど、警察が来たらちゃんと怯えてみせろ」
「大丈夫、任せて」
「それと、この部屋はすぐにでも引き払え」
「やっぱり、そうなるよね」
「金庫のカネを遣ってくれ」
遣う気はなかったけど、わざわざ伝える必要はない。
「引っ越し先は近場でも大丈夫なのかな、駅の反対側とかさ」
坂上はイエスともノーともつかない目を無言で寄越した。
「だって別のエリアに引っ越したら、俺とあんたは中野と坂上じゃなくなっちまうよな?」
「──」
「今度は二部屋あるところに引っ越して、あんたのベッドも用意しておくよ」
だからいつでも来ればいい。そう付け加えるかどうかを迷ったとき、聞こえ始めたサイレンの音が瞬く間に迫り、気を取られた僅かな隙に坂上は姿を消していた。
代わりに、窓枠に挟まる白い小さな紙片が目に入った。
抜き取って開いたそこには、走り書きされた十一桁の数字が並んでいた。
単純に考えるなら電話番号だろう。そういえば自分たちはこれまで、互いの連絡先すら知らなかった。
ひょっとして、戻った本当の理由はこっちだったとか──?
考えて、まさかと打ち消したとき、外廊下の階段を駆け上がる複数の足音が響いてきた。
すぐにドアが慌ただしくノックされて、警察関係者を名乗る声が飛んでくる。
中野は紙きれを尻ポケットに突っ込んでから、ひとつ息を吸って怯える一般市民の顔を作り、応答を投げ返した。
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