第6話 【英語】文系と過去形

「...どうしたんだ?さっきからジロジロと」


「私、貴方が理科苦手だったこと正直まだ信じられないの。私を励ますために嘘ついたりしてないわよね?」


「そんなわけないだろう。中学の頃は周りからしっかりバカのレッテルを貼られていたな」


「うーん、定期テストで大体トップ5の貴方が言うとどうも説得力に欠けるのよね...」


「ついでに言えばこの高校だって補欠合格だ。運が悪ければ俺は今ここにはいない存在なんだぞ?」


「えー!それはびっくり。貴方が理系科目に目覚めたのって高校入ってからなの?」


「いや、入試では数学と理科は満点だった。社会と国語もまずまずといったところだな」


「じゃあもしかして補欠合格の原因って...」


「俺は英語が3点だった」


「どれだけ苦手なのよ!逆にどこ正解したのかが気になるわ」


「確か6問だけあった記号問題を適当に書いたら1問当たっていたな。選択肢も6個だったから、あの正解配置は同様に確からしい」


「今確率の話とかしてないから!想像以上に悲惨ね。今どき英語を試験科目に課さない大学なんてほとんどないのよ?苦手は絶対克服した方がいいわ」


「しかし、俺は現在完了と過去形の違いが分からずに4年間悩んでいる。このまま行くと大学受験でも英語3点で終わりそうな気がしてならない」


「終わらせないわ、私が教えるからそれだけは避けてよね。まず過去形は過去の動作のみに注目したもの。現在完了形は、過去の出来事が今に影響していて始めて使えるものなのよ」


「そこだ!そこが理解不能なのだ。そもそも現在に影響しない過去などない。ならば逆に過去形が要らなくなるだろう」


「いや、要るわ。確かに貴方の言うことも分かるけど、大事なのは話者がそう感じて要るか否かよ。I ate pizza.と I have eaten pizza. のニュアンスの違い分かる?」


「後者はピザを食べて胃の中で消化が行われていることを暗示しているが、前者は食べたのに影響がない。つまり食べていない、いや食べたか食べていないか分からない...分かったぞ!これはいわゆるシュレディンガーのピザであって」


「待って待って暴走しすぎ!さっき私の言ったこと思い出してみてよ」


「うーん、主観が大事となると、前者はピザを食べた行為のこと、後者はピザを食べた状態のことだろうか?」


「まあそうね!シュレディンガーのピザより全然ましよ。もっと言えば、『ちょうど食べ終わった』ってことを強調しているわ」


「なるほどな。たしかに屁理屈をごねる前に話者の伝えたいことを確かめる方が会話においては適しているな」


「やっと分かってくれたかあ。ちなみに貴方は、過去に理系の楽しさを教えてくれた友達とは今も連絡とってるの?」


「んーまあ、少し複雑な事情があってな。連絡を取ることも、もしかすると二度と会うこともできない」


彼女がはっと気づいたように身を引っ込めて、口に手を当てた。疑問に思いどうしたのか聞こうとした瞬間、彼女は頭を下げ出した。


「ごめんなさい、事情も知らないで」


「何のことだ?」


「私てっきりその友達がまだ生きているのかと」


そこまで聞いてようやく彼女の謝る理由が分かった。さて、どう説明したものか。


「まず頭をあげてくれ。君は何も悪いことはしていない。まず、俺のその友人はおそらく元気に生きているだろう。勿論会いに行けば歓迎もしてくれると思う。だが、会いに行けない理由があるのだ」


「理由って?」


「これは俺と同じ中学にいた数人しか知らないことだ。君に教えてもいいは思うが、易々と広める訳にもいかない...そうだ!ならばこうしよう」


とっておきの策を、彼女にぶつけてやろう。多分その友人が聞けば、喜んで賛成してくれるはずだ。


「君が次の定期テストで理科基礎の2科目と数学で1位を独占したら教えてあげよう」


「えー!それはかなりきついわ。私のとってる授業の先生、理科基礎なのに凄い難しいんだもの」


「君が文系科目を教えてくれれば、俺は理系科目を教える。そうやって足りない部分は補い合っていけば、きっと上手くいくはずだ」


「ほんとかなあ...」


「君はもう少し自分に自信を持て。君だって学年でトップクラスの秀才ではないか。それに君は俺の」


「推しなんでしょ」


食い気味に乗せてきた台詞には少しだけ熱が籠っている気がした。彼女ならやってくれるだろう。俺はそう信じて疑わなかった。


「分かったわ。やってやろうじゃない」

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