第20話 死なないとは

「クニサカ、くにさか、……国坂……。こいつか。この体、君への憎悪、忘れられない」


「そうかい。俺には、一ノ宮との思い出なんて一つもないけどな」



 景護は、暗闇の中、級友の姿をした者を目で追う。

 黒い鎧に、幻影の如くぼやけた気配。

 闇と同化したその姿は、この漆黒の空間すべてが敵であるかのように思えた。


 夜にのまれた城の中、守るべきは足元に倒れた老紳士と、後ろの部屋の中にいる女性二人。

 強敵がここへ向かうと仲間から知らせを受けて待機していたが……。


「一ノ宮に憑いた神ねぇ……。異世界へ俺らを送ったあのじいさんか?」


「そうだよ。あの姿だと、君の世界の若者達はすんなりと受け入れてくれたからね、神の存在、そして異世界へ行くことを。……君達は魔力への抵抗もできない上に、性格は従順。入れ物としては最適だった。だが、こちらの世界で神の加護を受け取らず、私に刃を向ける君を送ったのは完全に失敗だったみたいだね」


「そいつは、悪かった……ッな!」


 電撃まとった刀一振り。

 闇をかすめ、空を切る。

 気配を探っても、この空間全てが、ヤツに支配されていて位置の特定はできそうにもない。


海を裂く奇跡の左脚ヴェレソルブ


 不意に現れた背後からの蹴りを、刀で弾く。

 一ノ宮の足があらぬ方向に曲がるのが視界に入る。

 そして、そよ風。

 顔に、水滴がかかったと思った瞬間。


『いかん!景護!伏せろ!』


「チッ」


 気を失っているグラウスを庇いながら、地に伏せる。

 頭上を水しぶきが掠めたかと、思えば……。


 城の壁が、綺麗に切り取られ、庭の木、城壁と直線上にあったもはずの物が、次々と崩壊する。


「ふぅ、この体ではこれに耐えられないね……」


 一ノ宮に憑いた男……アイザックはつまらなそうにぼやく。

 無防備なその姿に、十字斬を叩き込む。


 ダメージを与えたその部分は、出血することもなかった。

 だが、傷口には別人と思われる皮膚が見え始める。


「君は、友人……いや、顔見知りを殺すのにも迷いがないんだね。とんだ悪人だ」


「一ノ宮のためにお前を見逃すことは、正義とは思えないからな」


「……後悔しないのかい?もし、僕に勝てたとしても、友人を殺した罪を一生背負い、あの時、違う方法を選んでいればと、毎晩枕を濡らすのかい?」


 顔の半分がはがれ、別人が現れる。

 その表情は、景護を見下し、あざ笑うかのようだった。

 くだらない問答に、景護は不敵な笑みで答える。


「人間、どっちを選んでも後悔するもんさ。だからこそ、その時の自分の心に従うべきだ。そして進む。自分で選んで、先に進めばいいんだよ人間なんて。万能じゃねえんだから」


 光放つ、雷撃が如く突き。

 アイザックの顔を刀が貫く。

 充電が切れたかのように、混ざりものの男は停止する。

 そして……。


「すまない、国坂……」


 半分の顔、一ノ宮の顔が弱々しく笑う。

 洗脳が解けたのかと、刀を急いで回収する。


「……お前……」


「迷惑かけたな……。僕の体が、男に支配され、レディや他人を傷つけたなんて一ノ宮始いちのみやはじめのプライドが許せない」


「仕方ないだろ。異世界、魔法なんてものに巻き込まれたんだから」


「それでも、だ。それでも僕は僕が許せない人生を歩むつもりは、ない。二人によろしく伝えてくれ」


「何言って……」


 流れるような動作に、穏やかな口調。

 自然なことだと言わんばかりに、彼は微笑む。

 折れた刃を手に持ち、景護との戦いで鎧が外れた部分……腹部の傷口に……。


「介錯を頼む」


 刃物を突き立てた。


「……ったく、馬鹿が」


 刀を振りかぶり、狙いを定める。

 首。

 ここを断てば……。


「壊れた傀儡かいらいに付き合ってられるか!」


 一ノ宮から、黒い霧が噴出する。

 意志を持ったそれは、一瞬で弾け、霧散むさんした。

 首の手前で刃を止め、刀を鞘に納める。

 こいつは、死んで詫びるなんて思っていたのかもしれないが、介錯するつもりなどは無かった。

 ……単騎のみでのここへの襲撃。

 油断、慢心もあれば、一ノ宮を使い捨てるつもりもあったのだろう。

 己の攻撃の反動でボロボロになった彼を見る。

 他人に浸食されていた部分が元に戻っていく様子が確認でき、ひとまず安心する。


 


 

「うお、まぶし」


 それと同時。

 削られた城の壁から、差し込む日差しに景護の目は眩む。

 ヤツが去ったことで、魔法が解けたのか、闇は晴れ、夜が明ける。


「とりあえず……」


 近くに倒れた傷だらけの二人を担ぐ。

 

「治療を頼むか」


 人々がアイザックの魔法から解放され、騒がしくなる城内。

 その中で、景護は足を力強く進めた。



 

 医務室らしき場所でぼんやりとする。

 案内してくれたメイドさん、治療が専門であろう医務室にいた魔女。

 二人を運び終えた景護には、仕事もなく待つしかなかった。


 壁にもたれ、目を閉じていると……。


「グラウス!大丈夫ですか!?」


「カノン様、お静かに!」


 慌ただしく部屋に入って来た女王様は、治療している魔女の一喝でしゅんと小さくなる。

 彼女が落ち着きも無くうろうろする度に、美しい青色のドレスが揺らめく。



 そんなことをしながら、しばらく時間が経ったころに静かにアリアが入ってくる。

 

「お祖母様ばあさま……」


「そんな顔しないで。大丈夫、あのグラウスなんですから」


 アリアは涙目のカノンを撫でたあと、こちらへ振り返る。

 

「景護さん、混乱状態だった城内は少し落ち着きましたが、状況が掴めません。グラウスを助けてくださったのも、あなたと聞いています。何があったのでしょうか?」


 どう話せば良いものか……。

 口下手な景護は、言葉を迷う。


「……あー、実はですね……」


 全て話して良いものか?

 そんなことを考えながら、城が闇に包まれた後、操られた一ノ宮の襲撃について、見たことを話す。


 ただ、神を名乗った男アイザックについては伏せておくことにした。

 不安を煽っても仕方がない。

 これに関してはグラウスの意見を聞いてからにしよう。


 そう思っていた時。


「グラウス様!今は安静にしていないといけません!」


「……ゴホッ!ッガホ!……すまないが、景護君と二人で話させてくれ。景護君!いるかい?」

 

 仕切りになっていた白い布が外され、老紳士の呼び声が聞こえたので慌ててベッドに駆け寄る。

 彼の声に一番に反応したカノンが、心配そうに尋ねる。


「グラウス!大丈夫なのですか?」


「ええ、カノン様。お役に立てず申し訳ありません」


「いえ、いえ。あなたが無事で良かった……」


「後で必ずお話いたしますので、まずはこの者と二人にさせてください」


「……分かりました。あなたがそこまで言うのなら、必要なことなのですね」


 カノンがアリアと共に部屋を出るが、治療を行っていた魔女は最後まで反対していた。

 何かあったらすぐ呼ぶようにと、きつく言いつけられたことで、やっと出て行った。



「医者なら反対するのは当然だよな……。で、話とは?」



 ……。





 ……。




 話が一段落し、部屋を出るために医務室の扉に手をかける。

 そこで聞こえた話し声に、手が止まる。


「だから、グラウスは助かったと言っています」


「ですが、もうあの御方は、肉体が限界です。この国を支える方を失うべきではありませんよカノン様。フラッド様が確認に向かった刻魂石が本物なら……」


「ですから、あれが可能なのか、まだ分かりません。それに本人の意志も……」


「カノン様、この国のため、そしてカノン様のためなのですよ?ガーランサスはグラウス様、そしてアリア様を失うわけにはいかないのです。刻魂石は使うべきなのです。どうかご決断を」


「……あなたは、私の力ではこの国の先が不安だと言いたいのでしょうか?」


「……!いえいえいえいえ!まさか、そんな……アッ!これで失礼します!」



 景護が部屋から出ると、身なりのいい男は、慌てて去って行った。

 そして、曇った表情のカノンと目が合う。


「……グラウスさん、眠っちゃいましたよ」


「……そう……ですか。私も顔を見たら、戻ります」


「では、失礼します」


「国坂景護」


 カノンに呼び止められ、振り向く。


「はい」


「あなたの世界に人の不老不死は実現していますか?」

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