第18話 女王らしさ

「まさか、フラッド様に来ていただけるとは思ってもいませんでした」


 鉱山内の坑道、自ら光を放つ鉱石が二人の男を照らし、導く。

 一人は、鉱山の近くの村に住む者。

 そしてもう一人。

 ガーランサスの騎士の証、白銀の鎧……ただ、その性能、外観は他とは異なる。

 そして背には金属の棒。

 長身、鋭い切れ目に金色の長髪。

 立ち寄った村では女性が色めき立つ麗しの男。


「そう言っていただけるのはありがたいですが、まだまだ若輩の身ですよ。……それより、よく我々にこのことを報告してくださいました」


「最近のアーレナイアは不穏ですからね。ガーランサスに火種を押し付けているようで、申し訳ないと思っています。ですが、この小さな村だけでは、背負えるとは……」


「こちらでもそれの確保を目標としていましたから、問題ありませんよ」


 村人はちらりと隣を歩く、騎士の横顔を盗み見る。

 同じ男でも見惚れるような整った顔立ちに、なぜか緊張感が漂う。


「流石はランクAのギルドの最高戦力にして、騎士の方々のトップ。頼もしい限りです。そして、あの御方の……」


「ありがとうございます。さて、行き止まりに近付いているように思えますが、そろそろですか?」


 その言葉と共に、二人は立ち止まる。

 坑道はまだまだ奥へと道が続くが、ひっそりと現れる横への分岐。

 目的地はその先。


 下へと向かうわずかな傾斜を感じつつ、フラッドは先導する村人に続く。

 「足元、気を付けてください」という言葉に、視線を下にやる。

 ガラスの破片のような透明な欠片が、奥へ進むほど多くなり、先への指針みたいだった。

 パキパキと踏み鳴らす足音が、ふと止まる。


「ここです」


「これは、見事な……」


 輝く鉱石が突き当りの壁を覆う。

 坑道照らすわずかな光を、反射し、いやこの鉱石は光を増幅させていた。

 背の高いフラッドと同じくらいだけ、むき出しになっており、まだ一部分であることが分かる。


「刻鏡石とは似ているが、異なる物……いや、上位の存在か」


「おお、お分かりになるのですか。魔法に疎い私達には、巨大な刻鏡石にしか見えませんでしたが……」


「改めて、報告に感謝を。刻魂石こくこんせき……このことはカノン様に……」


 その時、かすかな揺れに、何かが落下したかのような音。


「む?」


 そして叫び声。

 一人の村人が、バタバタと走ってくる。


「ジョージさん!大変だ!入口が!」


「落ち着いて、大丈夫だ。はぁ、お客様がいる時に……」


「ッ!動かないでください!」


「へ?」


 駆け寄ってきた村人の、間の抜けた顔の横を、フラッドの武器が疾風が如く突き抜ける。

 何かを貫く鈍い音。

 村人が腰を抜かすのと同時に、背後で剣を振りかぶっていた鎧が剣を落とす。

 そして、騎士が討ち取ったそれは、霧散むさんし消えてしまった。


「ひええええ!!!」


「一体、何が……」


「……お二人は、私から離れないように」


 フラッドは武器を構え直し、暗闇を睨む。


「胸騒ぎが……。……カノン様」







 先日、歩いた道順を思い返しつつ、景護は階段を上る。

静かな空間に、己の動く気配だけを強く感じる。


「えーと、ここだったか。アリア様の部屋は」


 城という巨大な建物だからか、中々、人に会うこともなく無人の廊下で扉をノックする。

 名前を述べると、優しい返事が聞こえたので、ゆっくり部屋へ入る。

 ベッドで体を起こし、柔らかい微笑みのご老人。

 アリア様……先々代の女王様の手招きに従い、近くの椅子に座る。

 景護がこの部屋に来るのは二回目だが、高価な物が溢れるこの空間は、何かを壊さないか心配で緊張していた。



「景護さんとまた少しお話を、したくて。ごめんなさいね、お呼び出ししてしまって」


「いえ構いませんよ。基本的に暇な人間ですから」


「ふふ、あらそう。じゃあ……」


 メイドさんが持って来てくれたお菓子を食べつつ、他愛のない話をする。

 異世界の話、道具や魔法、材料や術式、この町ガーランサスの歴史、そして景護のこれまでの冒険について。

 何よりアリアが興味を持ったのは、元の世界の話。


「やはり、電気というものはすごいですね。そちらの世界を支えているようですが、合わせて使われる機械という物も想像できません」


「ははは、俺の説明が悪いのかもしれませんね。ただ、とにかく人の知恵と努力の積み重ねですよ。過去の偉人というのは本当に素晴らしいと思います。どの世界でも」


「そうですね。私も未来の人々に、どう思われるか考えると、楽しさ半分不安半分かしら」


 上品に微笑む、かつての女王を眺める。

 聞いた範囲では、彼女の評価は高く、再び表舞台に立って欲しいと願う人々も少なくはない。


 それに比べると……。


 ノックの音。

 メイドさんが外を確認し、アリアに耳打ちをする。

 彼女が頷くと、外で待つ人を招き入れる。


「失礼します、お祖母様ばあさま。お体の調子はいかがでしょうか?」


 景護は言葉を失う。

 ファンタジーな世界も慣れたものだと思っていたが、まだまだ新しい出会いは多いらしい。

 一言で表すならお姫様。

 青いドレスを優雅に着こなす美しい女性。

 水色をベースとした不思議な色の髪に、金色の瞳。

 

 ただ、こちらを見つめるその不安そうな瞳は、年相応の女性のものだった。


「ええ、問題なく元気元気。ごめんなさいねカノン、来客中なの」


「……そちらの方は?」


「国坂景護さん。異世界からのお客様よ」


 その名前を聞くと、カノンの眉がピクリと吊り上る。

 

「ああ、あの。三人目の宙の祝福シエルレガロの方でしたか。私の呼び出しを無視し続ける」


「あっ」


 思わず声が漏れる。

 完全に忘れていた。

 勲章の授与式をやると、伝えられていたが、完全に寝過ごし、その後も女王に会いに行こうと思っていたらゴタゴタに巻き込まれて、完全に忘れていた。


「ええと、あのー」


「あら、そうだったの。ごめんなさいねカノン、そんな大事な用のある人を、私のお話にお誘いして、長い時間拘束してしまっていて」


「いいえ!そういう訳では。お祖母様が悪いことなんて、何も……。私が女王としての威厳が足りないだけです……。人、一人動かすこともできず……」


「もう、またそんな風に悩んでいるの?あなたは良くやっています。胸を張って、前を向いて。ほら、下を向かないで」


「あ、はい。ですが、陰ではやはり小娘とあなどられ……。話の重要な部分をお祖母様のところへ持って行く人も少なくないという噂も……」


「そんなことは、ありません。あなたの頑張りでこの国は動けています。大丈夫」



 女王様から叱責をくらうかと思っていたが、アリア様のお陰で助かったらしい。

 ただ、口も挟みにくい話が展開され、居心地も微妙な現状。


 メイドさんに視線をやると、棚の整理で忙しそう。

やたら物の多いこの部屋だが、彼女は手際よく整理整頓を進めていく。

 その近くの窓から差し込む日差し。

 今日の天気は晴天だったか。


 ぼんやりと眺めるそれは……。


「えっ?」


 ――不意に闇へと転じる。


 響く悲鳴。

 この現象は、この世界でも非日常の現象らしい。


 空照らす、暖かな輝きは一瞬で消え失せ、このガーランサスの城は夜に覆われる。

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