第15話 戦果

 時間を気にせずに眠ることができる。

 これ以上の幸せがどこにあるのだろうか?


 まどろむ意識の中、景護はぼやけた視界を再びまぶたでさえぎる。

 ここは異世界。

 時間などに縛られることはなく、曜日を気にする必要も無い。

 それに、封印されていた強敵との死闘、そして撃破。

 ぐうたらする大義名分はあると自分に言い聞かせ、ベッドに潜る。

 とにかく今は休もう、そうしよう。


 ……。


 ……。


「……ん?」


 明らかな違和感で目を覚ます。

 体の上に何か……柔らかな……。


 視界を覆うは、まさに絹のように美しい白髪はくはつ

 胸に当てられるは、女性が有する男が手を伸ばしても掴めない柔らかき理想郷。

 己の頬に、雪のように白い頬が当てられ、耳元で囁かれる。


「おはようございます、景護様」


「……あったわ」


「……?何がでしょうか?」


「幸せ……男の」


「……?景護様のお陰でわたくしは今、幸せですけど……」


「それは良いことだ。おはようセツハ、それにしても大胆になりすぎじゃあないか?」


 景護は体を起こしながら、自分に覆いかぶさっていた真っ白な女性を、優しく抱える。

 セツハの赤い瞳は熱を持って、景護を見つめる。


「あなたは、私の閉ざされた今までを壊し、可能性広がるこれからを与えてくださった恩人。二人きりのこの状況、どうして、この好意を隠す必要がありましょうか。いや、ない」


 そう勝手に自己完結すると彼女は、強く抱きしめ、こちらの胸に顔をうずめる。

 

 そんな姿を眺めながら、考える。

 ……これまで、ずっと孤独だった彼女は人に甘えたいのだろう。

 そう思いながら、透き通った白髪を軽く撫でる。

 こんな一日も悪くはない、そう思ったその時。


「国坂景護ォ!お、面白い装備できたから、買わないか?っていうか、買え!私、お金が今、……お、お、お、お前ぇ!昼間っから、な、な、破廉恥ハレンチ!」


 勢いよく開けられたドアから、騒がしい来客。

 裁縫と変装術のスキルで、魔女のようなドレスローブにピンクに染めた髪の夜見よみがこっちを指差しながら騒ぐ。



「セツハ、ここまでみたいだ」


「……はい……。月子様、申し訳ありませんでした」


 白い少女は、しょんぼりとうなだれる。 


「ちょ、いや、巫女ちゃんそんな顔……国坂ァ!」


「お前なぁ……。で、なんだ?装備って?」


「あ、ああ、これを見ろ!クキャキャ」


 夜見は空気を誤魔化すように、大袈裟に笑いながら持参した袋に手を入れ、そして。

 天に掲げるように取り出したそれは……。

 

「黒い布に、黒い毛糸だな」


「マントとマフラーって言えよ!」


「それ、月子様がお作りに?」


 目を輝かせるセツハから視線を逸らし、照れくさそうに夜見ははにかむ。


「ま、まあそう、です。裁縫ス、スキルのお陰で……」


「素敵ですね。ね?景護様」 


「ん?ああ、店で並んでてもおかしくない物だな。ところで、面白いってなんだ?魔法防御力でも上がるのか?」


「おいおい、国坂景護。それが、面白いって言うのかお前?まぁ、つけてみろ」


 景護は手渡された黒いマントを羽織り、マフラーを首に巻く。

 魔力の気配は、わずかに感じるが……。


「風が発生して、涼しいな」


「ふっ、甘い。角砂糖を口いっぱいに詰め込んだくらい甘い。鏡を見るんだ」


 糖尿になるわ。

 言われるがままに部屋に用意されていた、鏡の前に立つ。

 

「ん?」


 そこに映し出された己の姿。

 マフラーは慌ただしく逆立ち、マントは落ち着きなくバタバタとひるがえる。


「これぞ、ヒーロー!なぜかなびくマントに、なぜかうごめくマフラー……って、投げ捨てようとするな!」


「アホか、何の役に立つんだよこんなの」


 景護が、乱雑に二つの装備を外し、夜見に向かって投げようと振りかぶったその時。

 

「あ、この声、国坂クンに月子さん!二人とも、勲章の授与式にも出ないで、遊んでいたのですか!入りますよ!」


 風が急に発生し、二つの装備はドアの方へ吹っ飛ぶ。

 開くドア。

 授与式に出たであろう、めかし込んだ二ヶ崎にがさきが入ってくる。

 足元には、風を起こす謎の装備。

 膝丈のドレスのスカートは、美しく翻り……。


「なんだよ、役に立つじゃねぇか……」


「きゃああああああ!!!!!!」


 白。



 ……。


 二人は並んで地面に頭をつける。

 土下座。

 最大級の謝罪の姿勢。


「まったく!二人とも分かっていますか?女王様の呼び出しを……それに、呼びに行っても返事がないから、先に行っているのかと思っていましたが……。私だけでもらったから、一人で事件解決したみたいになってるじゃないですか!そして、何をしていたかと思えば!」


「す、すいませんでした。開発に夢中で今日って忘れてて。と、ところで、に、二ヶ崎ちゃん気合はいってるね。白に、おしゃれな……」


「月子さん!」


「は、はい!すいませんでした!」


 真っ赤な顔で怒る彼女を、なだめるために口を開く。

 向けられるジト目。


「今日中には、女王様のところへ行くよ。あの御方も忙しいだろうが、何とかするから」


「本当ですか?」


「本当、本当。な、夜見」


 話を振った共犯者は激しく頷き、肯定する姿勢を全力でアピールする。

 さらに、そこで傍観者であったセツハが助け舟を出してくれる。


「双葉様、お二人も反省していますから、そろそろ……」


 一つ息を吐き、二ヶ崎は軽く額を押さえる。


「……はぁ、分かりました。お見苦しいところをお見せしてすみませんでした。セツハ様」


「いえ、初めて見た、その、と、友達のやりとり。わたくしには、素敵な思い出になりました」


 純粋な瞳、無垢な笑顔に、それ以上の言葉は無く、この場はお開きとなった。


宙の祝福シエルレガロの紋章と立場を使って女王様に会う、そう息巻いて出て行った夜見を見送り、景護はのんびりと城内を歩く。

 あんな風に会いに行くと言った手前、女王様の居場所など見当が付かないと、口が裂けても言えない。

 綺麗に磨かれ、石が敷き詰められた廊下を静かに歩く。

 ふと、思い出す。

 これは、ゲーム風な異世界。

 

 ゲームの王様は、大体どこにいた?

 そう、上だ。

 階段を上ったその先で玉座にドンと座っているのが常だ。


 適当に歩いた後に、目に入った階段に迷わず踏み出す。


 人に聞かないのかって?

 ……あの異世界人、迷子だったなんて噂されると恥ずかしいし。



 そんなしょうもない意地を張りつつ、城を歩く。

 一つの扉の前を通りかかった際、ガシャンと何かの割れる音。


 この廊下に今、人の気配はなく、部屋の中の人が動く様子もない。

 念のため、そう思い景護は扉をノックする。


 返事はない。


「またしても風の悪戯いたずら。いや、そんな馬鹿な」


 静かに、扉を開ける。

 鍵はかかっていないことに、一抹の不安を感じつつ、中を覗く。


 視界に入ったのは……。


「大丈夫ですか!」


 うずくまったご老人、こんな状況でも、気品さと美しさをまとうおばあさんだった。

 彼女はこちらの存在に気がつくと、何かを指差す。

 棚の上には、何本も並ぶ緑色の液体の入った薬瓶。


 一本取り手渡すと、おばあさんはそれを飲み干す。

 床に砕け、こぼれた液体は同じような色だと気がつく。

 大きく息を吐き、落ち着きを取り戻した彼女を抱え、やたら豪華なベッドに寝かせてあげる。

 小さな声で「ありがとう」と呟き、寝息をたて始めたのでホッとし、とりあえず床の片付けに取りかかった。


 今更、この部屋の物……絨毯、本棚、机、ソファー等に高価な気配を感じ、椅子に座ることすら気が引けたので、壁にもたれ時間が流れるのを待つ。

部屋を見回すと、輝く鉱石や怪しげな液体も存在する。

ここの御婦人は、錬金術師かそれとも魔女か。

そんな馬鹿なと思考を巡らせる。


「何かありましたか、お嬢様。虫の知らせと言いますか、違和感が」


「ぐ、グラウスさん!?」


「おや、ふむふむ、なるほど。使いに出たあの子に、薬の本数に、慣れない片付け。私が鈍ったのか、それとも君が優秀なのか……。景護君、世話になったみたいだね」


 気配もなく、部屋に現れた見知った顔。

 この状況を素早く察した老紳士は、頭を下げる。

 

「あー、いえ、不審者として疑われなくて良かったです。ところで、この方は?」


「うむ、君に紹介するのも良いかもしれないな。彼女はアリア。アリア・ド・ルーラ・ガーランサス。先々代の女王であったお方だよ」

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