第17話 炊飯器のスイッチ

 ただいま、パートが終わって一人の家に帰る、お茶を飲んだら、健一を迎えに行かないと。もう六時になろうとしているし……十月の陽は早いし。

 紅茶を入れて、それを飲む、そのひと時だけが私の時間。その時間もぜいたくだと私のママ友は言った。

 結婚する前はこれほど主婦の自由になる時間が少ないとは思っていなかった。知っていたら結婚などしなかった、というのではない。それでも朝食や掃除といった朝の家事が終われば庭の植物の世話、届いた手紙の選別、洗面台の掃除におトイレの清掃、その他健一さんや健太の後片づけにこまごまとした名前もつけようがない家事もある。

 だから私は、せめて朝の家事が終わった時間始まって、なんとか健太を迎えに行けるほどだけ働けるように面接の時言った。

「あぁ、いいですよ。優子さんみたいな年齢の人はだいたいそう言いますね」

店長は手馴れた態度でそういった。私は改めて平均的な生活をしているのだとどこかむしろ誇らしい気持ちになり、笑って聞いていた。

 それでもたった一日働いただけなのに、ひどく疲れて、家事がままならない。外に働きに出るのが何年ぶりだから?パートでこれでは、私に正社員はとても無理だ。いつの間に体力がこんなに落ちていたのだろう……いや、普段あまり運動していないしこんなもんかもしれない、それでも、卒業後会社では残業していた気がするけれど……そういうものだろうか?

 疲れている身体を無理に起こしてご飯の炊けている匂いに換気をしていったことを思い出す。出かける時に炊飯器のスイッチを入れておいたのは正解だった。そういえば健一さんはITの仕事をしているらしいけれど、ご飯のスィッチはスマートフォンから入れられるようにならないのかな。そんなことを言ってもきっと主婦の考えで、浅知恵と笑われるだろうし……。ともかく近くの学校の学童の施設まで健太を迎えに行った、

「ほら、迎えにきたわよ」

「あっ!先生ママだよ、そうか早く帰んないとおやつないのか……」

健太は笑ったと思ったらぐずっている。

「健太、帰ったら焼きおにぎりあるわよ」

そんなことだろうと思って、私はさっと焼きおにぎりだけあらかじめいくつか冷凍して来たのだ。

「やったー」

ありがとうございました、先生にそう言って私達は帰路に着く。

「その代わりそれ食べてちょっとお夕飯待っていてね、今日は何が食べたい?」

「え?おそうざい?」

健太は戸惑っている。

「ううん、でもこのぐらいの時間なら魚も肉も値下がりするから」

私は笑った、

「またから揚げ?」

それは健太が食べたいものだろう。

「ううん、じゃあおれハンバーグ食べたいな、お母さんの作った」

さて困った、私のわがままで働きに出たにせよ、この子には仕事に出る前のように変わらず暮らしていて欲しい。

「いいわよ、その代わりちょっと遅くなるわね」

「わかった、じゃ肉だ!」

スーパーに走り出す健太を私は咎める。

「こら、走っちゃダメよ、それに今日は秋刀魚のハンバーグにしようと思うの」

「えぇ、ちぇっ、魚かー。まぁママのご飯なんでも美味しいけど」

健太はやっと走るのを止めた。

 私はまだ明るい空に昇る満月を見るとはなしに見て帰った。

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