火花を刹那散らせ

月波結

第1話 川べりを吹く風

 川べりで草がたなびく中、向こう側を見ている。特に何かを、というわけではなくて体育座りのまま、向こうを見ている。

 ガーっという音をたてて、川の向こうに電車が走る。でも水面がそれまでより揺れることはないし、電車が走るくらいで変わるものなど何もないのだ。川は変わらない。


 わたしたち4人は俗に言う「幼なじみ」だ。

 同じ町で育って、高校は違えど同じ学校に行き、同じ価値観を持ち、とにかく、四つ子と言っても過言がない限りすべて「同じ」だった。


 だけど、時間は非情にも確実に経って、みんなを少しずつ変えていく。


 アーティスト志望の美汐みしおは今は専門学校で美大への受験を目指している。

 教職志望のがくは大学受験の勉強真っ只中だ。

 広夢ひろむとわたしは、同じ中堅の高校に進学したんだけど、まだ何も決まらない。まだ何も……。


 久しぶりに近所のコンビニに4人で集まる。街灯に、カナブンやら蛾やら、虫が集まっている。

 高校最後の夏休みだ。

 男子はハーフパンツにTシャツと申し合わせたように同じ格好だった。美汐はいつもオシャレで、ノースリーブのワンピースを着ていた。シャンプーの匂いのする、洗いたての髪……。


「美汐、お前さ、女なんだから夜、出る時は服装に気をつけろよ」

「なんでよ。気に入った服着て何が悪いのよ」

「……岳はみっちゃんを気にして言ってくれてるんだよ。夜道を歩く時、みっちゃんみたいに色っぽい格好してたら不審者に目をつけられるでしょう?」


「ヒロ、やさしー! やっぱ、岳みたいな頭の固いやつとは違うよね。つき合うなら絶対、ヒロみたいなタイプ」

「悪かったな、口が悪くて」


 みっちゃんはそっとヒロの腕に自分の腕を絡めて、岳のことを上目遣いに見た。……みっちゃんが本当はどっちかを好きなのは間違いない、と、このところ会う度に思う。気を引きたくて、あんな格好をしてくるんだ。


「だから。七瀬ななせみたいに手堅く、デニムにTシャツとかさ、男と間違うくらいの格好じゃないと」

「無神経だなー、お前。ナナはちゃんとお胸もある女の子だよ。わたしよりあるんじゃない?」

 みんなの目がわたしになんとなく集まってくる。


「あー、そんなことはないんじゃないかな、うん。みんなも中学まではふつうにわたしのスク水見たでしょ?」

「その後じゃん、体型が女らしくなるのはさ。ま、いいや、早く買うもの買って行こ」


 コンビニで買う約束してたもの、ジュースとアイス、それから花火。毎年、8月が来るとみんなで川べりの公園で花火をする。


「買い忘れない? あ、ライター!」

「親父のパクってきた」


 街灯が点いていてもほの暗い夜道を、川沿いに歩く。ススキの細長い葉が、さわさわとやわらかい音をたてる。ヒロはわたしの手を、ぎゅっと繋いで歩いた。……何も言わずにいつも通り、手を繋いだけれど、バレちゃったらどうするんだろう? バレたらどうなるんだろう?


 みっちゃんたちは受験の話をしている。岳がみっちゃんに勉強を教える約束。レベルが違うなぁ。

 不意に岳がふり向いて、わたしはヒロの手をパッと離した。

「お前らも勉強会、混ざる? まだ進路、決まってねーの?」

 わたしとヒロは目を合わせてお互い、何も言わない。


「ま、ゆっくり考えて混ざりたくなったら混ざればいいよ」

「ありがとう」

 岳はなんだかんだ言って、わたしたちの中ではお兄ちゃんポジだ。面倒みが良くて、本当はみんなを思いやっている。


 岳が前を向くと、またヒロが、さっきより強い力でわたしの手を握る。ぎゅっと。


 ヒロはそもそも言葉が少ない。

 でもわたしはヒロの彼女だ。ヒロはわたしの手も握るし、キスもするし、ごくたまに「すきだ」と言う。


 最初のうちはかなり焦った。


 ずっと平行線のように幼なじみだったヒロが突然変わったことについていけなかった。……わたしたちはどこかで「速さ」が変わっていたらしい。

だけど未だにヒロの「彼女」になった実感はない。幼なじみの延長線上にわたしがいただけなんじゃないかと思えて仕方ない。

わたしは? わたしはどうなんだろう?


ヒロを嫌いになることは絶対ないんだけど、そもそも男の子を好きになったことがない。

わたしの胸の奥の疼きは、これは恋のせいなのかもしれない。反面、何も変わらないでいられることを望んでいるわたしがいる。


ヒロはぎゅっと手を繋ぐ。まるでわたしを繋ぎ止めるように。見えない私もひっくるめてすべてを繋ぎ止めるように……。


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