第7話 第三工程・水源調達

 月面に厳密な意味での天然の水は絶対に存在できない。太陽光を受ける場所では即座に蒸発してしまうし、逆に永久影などの暗がりでは前述の通りのマイナス百七十度だ。カチコチに凍ってしまう。

 ならば少し妥協して、氷でもいいから見つからないのかというと、それも難しい。

 そもそも月は地球とは違い、最初期の段階で大量の水が生まれるような天体級の化学反応は起こらなかった。要するに、水の元になるような分子構造を持つ物質が極度に少なかったのだ。月面のほとんどの場所では、砂漠の砂のほうがマシな程度の湿り気――そう呼ぶことも適切ではないのだが――しかない。

 そんな中で過去に何度となく行われた月面探査によって見つけられた最後の希望が、月の極地に存在する二つの永久影地帯だった。

 水も水に近い成分の何かを見つけ出すことも困難な乾き切った月面において、「水らしきもの」が供給される唯一の方法は、吹きつけられる太陽風の供給する雑多なガスである。

 月面の表層物レゴリスが何億年という単位で吸着し続けてきた水素と水酸基のうち、強烈な日照に焼かれることなく氷(に近いもの)として生き残った最後のオアシスが、月の両端、つまり月面における北極と南極にあたる地帯に存在していた。

 この最後のオアシスから水という至宝を持ち返るためだけに、十二人の水生産チームが編成され、掘削機械と輸送車両を伴って出立していった。

マリウス丘から比較的近い月の北極の永久影まで、およそ二百キロ。そこに簡易的な掘削拠点を決め、太陽風からのガスをたっぷり吸着した、かろうじて水を絞り出せなくもない岩や砂を掘っては運び、掘っては運びすることで、どうにか水を確保することができた。

 「化学的に水に近い水酸基化合物」を手に入れるためだけにそこまで苦労してさえ、必要とされる量の水を地球から輸送し続けることに比べればまだマシなのだ。あまり上品とは言えない手法を採用して、可能な限りの水分を循環させてさえ。

 なにしろこれからここは、大勢の人が暮らす『基地』になるのだから。


 こうした作業にそれぞれのメンバーが奮闘しているうちに、いつしか第一次、第二次作業団合わせて二百名の建設者アーキテクタは、全員が月面に集結していたのだった。


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