第5話 身分証がないので兵士長が来ました。

「そうか、この先に街があったか。ちょうどいい。それで、相手の男をはどうだった?」

「はっ! かなり軟弱そうな男でした。多分40レベルも行ってないかと」

様子を見に行ってきたアミエルの報告を聞いた快斗は、問題もなく街に行けそうでホッとする。


ーーー男爵が治める街トーテルか。確か、『世界の果てには』にも男爵が治める街があったが、いかんせんかなり多かったからイマイチわからん。


「…ふむ、なら結構大陸中央部にいるのか?」

しばらくしてゆっくりと動き出す馬車の中、隣に座りなおったアミエルに報告を聞いて少し考え出す。


ーーー40レベル行ってないとか、ゲームだと2、3日あれば行くはずなんだし、それにNPCもそんくらいうじゃうじゃいたんだがなぁ。


「…他にはあるか?」

「他にですか? 確か自分達は護衛の任務を受けた者とは言っていました。 『翼のなきドラゴン』って名乗っておりました」

「…護衛の任務、って事は冒険者組合の者か? 」

『世界の果てには』では基本的に護衛の任務についてるのは冒険者組合に所属している冒険者に依頼が来ることが一般だ。


冒険者組合は国を問わず、全ての国や街、村に置かれており、基本的に中立的な立場に置かれている。

所属する際に、自分が属する国を書く必要があるが、それは形だけに過ぎない。

戦争の際には依頼があれば自分の属する国に雇われて戦うことが一般的だが、強制ではない為逆に敵国に雇われると言った形もある。

それで国が組合に抗議をする事はない。


国としては、モンスター退治、商人の護衛、雑用など様々な利益を生み出す組合に国を去られると困る為だ。

組合は中立的な立場である為、組合トップの理事会で決議を行う事でいつでも国から去ることができる。


ーーー冒険者か。今の俺達に住民票なんてものもないし、国籍もない。組合に所属して地位を得る必要もあるか。


「…それにしても『翼なきドラゴン』ってダサいな」

「翼がないドラゴンなんて火の中に飛び込むスライムと同じくらい雑魚ですからね」

快斗は窓から流れる景色に平穏を感じつつ何と無くボソッと呟く。

快斗はゲーム内でグループを組んだこともなく、あるとしても臨時パーティを組んだぐらいだ。

だからどうっていうこともないが、快斗は自分で有ればもう少しマシな名前をつけるだろうと考えるのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆

「おぉ、ここが男爵が治める街、トーテルか。随分大きいな」

「そうですね。男爵と言うくらいだからもう少し小さい街かと思いましたが」

あれから数時間馬車の中で過ごすと、目の前に大きな城壁を持った街が見えてきた。

快斗の持ち物欄の中には回復や、特殊効果を付与する食料や飲み物があるが、普通の食べ物がなかった為、日をまたがずに街に着くのはかなり有り難く思っていた。


それに自分以外女性の集団の為、夜の寝床や風呂、トイレなどで困ることが予想された。男の快斗であればそこまで気にしないが、さすがに女性に野宿を強要するのは心が痛む。


途中から道がいくつも合流し出した為、快斗が乗る馬車の前後に幾人かの冒険者や商人、旅人などがおり、この中で異様な雰囲気を放つ馬車をチラチラと眺めていた。

外見からわかる高級な馬車に、女性だけで構成された兵士達。

それに、明らかに爵位を持つ御令嬢と見間違えるほどの美女達だ。

見ないわけがなかった。



大きな城壁中央に開かれた門があり、その脇では数名の兵士の格好をした男が入り一人一人に声をかけている。

どうやら身分証が必要らしく、それに馬車の場合は一人が中に入って荷物を確認している。


「身分証ってうちらありましたっけー?」

「さぁ、無いんじゃない?まぁ、前のところのは持ってるけど、多分意味がないでしょうし迂闊に出すのも危ないわ」

「えー、それじゃあ入れないんじゃ…」

「大丈夫よ、なくても多分冒険者組合に所属すれば入れると思うわ。前もそうだったじゃない」

外を歩くキャンティがその様子を眺めて不安になり、隣を歩く同僚に声をかけた。

どうやら同僚の方は結構楽観的な考えらしく、少し慌てた表情をしているキャンティとは対照的に、余裕の表情で口角を上げていた。


『世界の果てには』でもこう言った身分証がない人は、ステータス確認後、嘘発見器を使った人物像確認を行った後に、冒険者組合に所属することで街へ入れると言った仕組みがあった。

その知識を有しているから楽観的であり、もし万が一入れなくても、彼女は大将である快斗ならどうにか出来ると半ば確信に似た感情を持っているのだ。


ーーーまぁ、カイト様ならなんとかしてくれるでしょうけどー。


「す、すみません! み、身分証を確認してもよろしいでしょうか?!」

「こら、慌てんなっての。すまんな、こいつはまだ新兵でお嬢さん達のような綺麗な人に緊張してるんだわ」

快斗の馬車の番まできたので、ゆっくりと門番の前までくると、新兵である若い男が、顔を少し赤らめながら緊張した顔で近づいてきた。

それを止めたのは少し年を召したベテラン風の男。

高い身長に鍛えられた肉体が、兵士暦の年季を感じさせる。


「いえ、我々は気にしませんので」

「そうですか? じゃぁ身分証と、あと馬車の中を確認しても?」

「それは構いませんが、実は我々は事情があって身分証がないんです」

堂々と彼らに答えるのは先程キャンティと話していた女性兵士、フローラ・バレンタイン。

165前後の身長で、落ち着いた青く長い髪が毛先でカールしている。同じ青の瞳は、銀縁の眼鏡越しにでも知性を感じさせるほど透き通っている。

アミエル程ではないが、引き締まって長い足に、キュッとくびれた腰と服の上からでもわかるスタイルの良さが、一般兵士とはかけ離れている。


「身分証がないんですか…。本当ならステータスを確認して冒険者組合の登録を勧めるんですが、この人数では…」

ベテランの兵士は身分証がない事に、明らかに問題を抱えていることを半ば確信する。

流石にこれだけの立派な馬車に、美女揃いの護衛がいる中、スラム出の身分証がない人とは到底思えない。

盗賊に身分証を盗まれたと言うなら、女性が無事であるなんて世迷い言もいいことであり、売れば高値間違いなしの馬車も無事であるはずがない。


「そこをどうにかできないでしょうか?我々はただ街に入って休憩したいのです」

「そうは言われましても、流石にこの人数では我々の領分を越えそうなので…」

堂々とした顔ではっきり述べるフローラとは違い、ベテラン兵士もこれは自分の管轄を超えていると感じており、出来れば帰って欲しいと思っている。

普段であればもう少し強めに言い含めて返すこともできたが、今は流石にできない。

明らかにあの馬車に乗ってる者は一般人ではない。最低でも貴族の方と見ていいはずだ。

その為ここで無理に返して問題が来たら自分の首が飛ぶのは簡単に想像できる為、ここは自分より上のものに任せることにした。


「…では、こうしましょう。我々の上司である方を呼んでくるので、脇の方で少し待っていただけないでしょうか?」

「…それは構いませんが、脇で待ってろとは、随分と舐めた口聞きますね。あの馬車にっ」

「フローラー!す、すいません! わ、私たちは大人しく脇で待っていますのでっ!」

随分と下手に出た兵士だが、脇で待っていて欲しいと言う願いがフローラの癪に触ったらしく、知性のこもった瞳を一瞬釣り上げて声を上げる。

が、すぐさま隣に控えていたキャンティが、突然の出来事に慌ててフローラの口を塞いで馬車へと下がっていった。




「何をするのよ! キャンティ!」

「そ、それはこっちのセリフだよー。フローラだめでしょ、そんなこと言っちゃぁー。逆にカイト様の株が下がっちゃうよ」

「くっ、そうね。たしかに私が出張ってはカイト様に迷惑を掛けることになるわね。ありがとうキャンティ」

「まったくもう、じゃぁ私は今のことカイト様達に伝えてくるからちゃんと待っててねー?」

頬を膨らませて私怒ってますよと表現しているキャンティがフローラをじっと見つめると、流石にキャンティの言っていることが理解できないフローラではなく直ぐに反省する。

流石、初心者救済目的の召喚石であるからか召喚主、ここで言う大将への忠誠に似た慕った感情が強い傾向がある。


心を鎮めたフローラは馬車へ走っていくキャンティを眺めると、フローラにいきなりキレられそうになって唖然としているベテラン兵に内心で謝った。







◇◆◇◆◇◆◇◆

「そうか、やっぱり身分証もなしじゃ入れないか。それでどれくらい待ってればいいんだ?」

「正確なことはわかりませんが、た、たぶん十数分だと思います!」

「そうか、わかった」


ーーー身分証は前のは使えるかどうかわからない今、トラブルの元であるから出せないし仕方がないか。


キャンティの報告を聞いた快斗は少しがっかりとした表情で頷くと、それを見たキャンティが申し訳なさそうに眉を下げる。


ーーー本当はこんな壁の隅っこで待たせたくはなかったし、それ以上に隊長の目が怖いいい!!


快斗と目を合わせているときはいつも以上に穏やかな凛々しい顔つきをしているが、こうして快斗がキャンティと話すときは、脇でキャンティを不甲斐ない部下を見る目をしていた。


「どうしたんだ? アミエル」

「い、いえ、なんでもありません」

目を見開くアミエルをちらっと見た快斗は何か問題があったかと不安を抱き質問するが、アミエルは体を少し揺すりながら、遠慮気味に何でもないと答えた。


でも、その目は語っている。

私なら、もっと上手くできた、と。



コンコン。


キャンティがこれ以上どうやって言い訳しようと悩んでいると、馬車のドアが叩かれる音がした。


「失礼します。 どうやら上司とやらが到着したらしいです」

フローラだ。

扉をあけて顔をのぞかせたフローラが淡々と述べると、予想以上の速さに快斗を含める馬車の中全員は喜ぶ。

快斗は早く街に入ってゆっくりしたいと言う気持ちで、キャンティはアミエルの視線から逃れられる、アミエルは早くトイレをしたいと言う気持ち。


実は随分前からアミエルはトイレを我慢していたが、異性、快斗の前では口が裂けてもそんなことは言えなかった為、我慢していたのだ。


ーーーっく、早く街へは入れんのか! これではカイト様の前で無様な姿を晒してしまうことになる!


先ほどよりも眉間のシワが深くなり、身を固めるように体を硬ばらせる。


「俺が行こう。アミエル、キャンティ。付いて来てくれ」

『はっ! 了解しました!』

流石に上司を呼ばれたんだ、こちらも自分が出なくては失礼だろうと言う気持ちから快斗は馬車から降りる。

それに続くのは声が揃って敬礼したアミエルとキャンティ。

キャンティはそそくさと降り、アミエルは硬い動きでゆっくりと降りる。


快斗が降りると、明らかに他の女性兵士が隊列していて馬車の前に並んでいる。

どうやら向こうにいるらしいと感じた快斗は回り込むようにして前に出ると、先ほどのベテラン兵士と屈強な肉体をした男がいた。

190を超える大きな体に、鎧の上からでもわかる盛り上がった筋肉。黒く日焼けした肌は、外にいる機会が多いことを思わせる。


「貴方が上司という方でいいですか?」

「えぇ、合ってますぜ。俺はこのトーテルを治めるダーリン男爵んとこで兵士長してるものだ。ところであんたは? もしかしてこの女達の上司かい?」

快斗は穏便に済ませるため、出来るだけ相手に癪に触らないよう丁寧さをより心掛けた。


ーーーおいおい、めっちゃマッチョじゃん。それにこの街の兵士長って、なんでこんな大事になってるんだよ。


快斗の予定では門番のまとめ役みたいな人が来てちょっと検査して入れると思ってた。

しかし流石に、この大きい街であるトーテルを治める男爵の兵士長が来るなんて想像できない。


ダーリン男爵。それがこの街を収め、周辺の村々を統治している貴族の名前だ。

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